災難17 遠慮近憂
「うごがぁ………………」
な、なんて重さだ……。流石に大きいだけのことはあるな。
桜の木が倒れてこないのに不思議に思ったのか、真横にいる実坂井が目を開けて俺の顔を見る。
「な、どうして……?」
「どうしてもなにも、俺が聞きたいぜ!」
何故避けなかったのかをな! こんな自殺少女、俺は生まれて初めて見たよ。
俺は、必死になってその桜の木を元の位置に戻すように押し上げる。
「うおぉぉぉ――――――――――」
グズズズズ、バタンッ!
俺の地面を踏ん張る足音と、桜の木が元に戻っていく音が鳴る。
「ふぅ……」
桜の木を元の位置に戻した俺は、手についた土を払って一息つく。
なんとか無事実坂井を救うことができた。この病がなけりゃ今頃実坂井は運良くて病院で寝たきり生活だったろう。こういう面では俺の病。ありがたいのかもしれないな。
俺はつ土を払った手を腰に当て、目を細めて実坂井を見る。
「おい、実坂井?」
「なに?」
「なに? じゃねぇだろ! 前向け前!」
実坂井は、俺とは目を合わせず下を向いていた。
「…………」
俺が強く実坂井に言うと、実坂井は心配そうな表情で俺の目を見始める。
コイツ……なんでこんなに悲しい顔をしているんだ? 俺がなにかしたってのか? 俺はただ実坂井を桜の木から助けただけなのだから、どちらかというと感謝されるべきなのだが……。
「実坂井、お前……」
俺がドスの効いた声を上げると、実坂井は目を瞑って俺から目を逸らす。
「心配したんだぞ、この野郎!」
俺は、実坂井の肩を掴んで涙腺を曇らす。
「…………え?」
実坂井は、何故か驚いたように俺の顔を、目を大きく見開いて見上げる。
「私を、心配してくれるの?」
「当たり前だろうが! どこに人を心配しない奴がいると思ってんだよ! 確かに、今の時代他人を心配しようとするものなど多々いない。そんなことは百も承知だ。でもな? それは他人にしか感じられない気持ちなんだよ。家族や友達が目の前で危険な目にあっていたら、誰だって助けたいと思うだろ? それと同じなんだよっ!」
俺は、唾でも飛ばすような感じに実坂井に大きな声で言い放つ。こいつがどうしてこうも事故に遭いたがるのか、それは俺にはわからない。本能で事故に遭いそうになってしまうのか、はたまた自ら事故に遭遇したがっているのか……。でも、もう俺と関わった以上、俺はコイツを危険な目に遭わせたくない。だってそうだろ?
友達って、そういうものなんだろ?
俺は、最後に実坂井の肩を力いっぱい握力で握り締める。
「鉄落、痛い」
「お、おお、わりぃな」
思わず本気で力を入れてしまったようだ。やべぇよ、コイツの肩を壊しそうになったぜ。
俺は、実坂井の肩から両手を離しながら謝った。
「ううん、悪いのは私の方。ごめんね、危ない目に遭わせちゃって……」
そんなことを言う実坂井の目は、どことなく魂が抜けているような……そんな感覚にとらわれているように見えた。
「実坂井……」
どうしてそんな目をするんだ? 助かったから良かったじゃないかよ! 何が不満なんだ? その悩みを俺に教えてくれよ。一体何を悩んでんだよ!
俺は、そんな実坂井の目を見つめながら、ただただ心の中で呟いていた。
実坂井にとって、俺はなんなんだ? 事故から救ってくれた恩人? それとも、事故に遭おうとしたのを邪魔して厄介者と思っているのか? 俺にはその…………コイツの考えていることがわからない。
「とりあえず、学校行くぞ」
俺は、実坂井の横に並んでこの400メートルの桜並木を無言で歩き出した。