災難16 桜木現象
俺を緊張させる唯一の場所――桜並木――
俺は、今日も緊張の面持ちで鍛錬に辺りを見回しながら桜が満開の桜並木を歩いていた。
「さっきから、何を見てるの?」
口調が戻っている実坂井が俺のおかしな行動を見て疑問を問いかける。
何を見てるかって? そんなの事故の原因になったりするものがないかの確認だよ。俺は昨日、この桜並木で三回も事故にあったんだ。注意しないと大変なことになりそうだ。
「まあ、気にするなよ」
実坂井には俺の病は知られたくないので、黙っておくことにする。
「そう……でもなんだかおかしいよ?」
分かってる、それくらい。
今の俺は他人から見ればただの道を歩いている変態だ。この道はあまり学生が徒歩では通らないが、自転車では通る。だから奇跡に、ホントなかなか訪れない奇跡に、風が吹いているとき自転車をこいでいる女子生徒のスカートの中が見えてしまう時があるんだ。
その日は確か、いいことが起こりうる日と俺は勝手に決めつけている。
「おかしくても気にするな。俺はそういう人間だからな」
俺がそう言うと、実坂井はふ~んという感じに頷いたあと、俺の隣を黙って歩き続けた。
………………
…………………………。
ん~と……こうも静かになられるとなんだかとっても気まずいのだが、こういう時は俺から話しかければいいのかな?
桜並木を200メートル(半分)を超えた頃、俺はカバンを肩にかけながら実坂井の横顔を盗み見る。
薄ピンクの色をした艶やかな長い髪に、それにあったような桃があった頬。微かにある双方が制服を微妙に盛り上げている。そんな彼女の足はスラッとしていて身長を伸ばせば完全に女優。おっと、顔つきも幼げだから女優とは言わないかもしれないな。
俺は、そのまま実坂井の顔を見つめながら、ふと我に返った。
やばっ! なに俺は実坂井の顔をジロジロ見てんだよ。 変態か? 変態なのか? いや、変態だな。
うおぉ――――――――――――――――――――――――っ!
俺は、頭を抱えながら心の中で豪快に叫んだ。って、なに叫んどんねん!
俺が俺自身にツッコミをかましていると、急に実坂井が俺の方へと振り向いてきた。
「ん?」
「…………来る」
はい? 来る?
「あー…………」
「ルソック」
こらそこ! 繋げんでいいわアホ!
ていうか俺、「えー」て言おうとしたんだけどな……どうやら噛んでしまったようだ。一文字だけなのに。
「で? 何が来るって?」
俺は、実坂井が今さっき言った言葉に疑問を問いかける。
「アルソック?」
「いや、俺用事無いわ!」
「じゃあ、ゴキブリホイホイ専門主婦とか?」
「誰だよそれ! そんな奴がこの世にいんのかよ! いたら是非とも見せてもらいたいなぁ~、そのゴキゴキホイホイの腕さばきを!」
「……ゴキブリホイホイだよ」
う、うおぉぉぉぉ…………
実坂井に間違いを指摘される俺。てかなんだよゴキゴキホイホイって? GGHHって呼んだほうがわかりにくくていい感じがするじゃないか。
「で? 何が来るんだ?」
コイツ、さっきからアルソックだのゴキブリホイホイ専門主婦だの、最初の方は呼べば来るかもしれんが、二つ目は呼んでも来るかわからないやつだな。いや、そんなことを語りたいんじゃない。俺は今、実坂井に来るについてのことを聞いているんだ。
「あそこ」
俺が再び実坂井に聞くと、実坂井は俺の顔面を人差し指で示してきた。
「?」
俺の顔? 俺の顔から何か来るのか? それはなんだか怖いな。人間の顔から突如何かが現れるんだぞ? それはメッサ恐ろしいものだ。
「違う、極落の上……」
う、どうやら俺の心が読まれたようだ。それに、なんか下落から極楽になってるし――って、違う極落になってるし! なんだよ極落って? いい言葉なのか悪い言葉なのかわからなくなる言葉だなぁ? まあ、名前の指摘はもう疲れた。
俺は、実坂井が指差す俺の真上に喉仏を豪快に見せびらかすように顔を上げる。
ん~と、俺の目線の先には…………。
「ておい! なんだよあれ!」
「手負い? 手負いのルーキーは今日はお休みだよ?」
んなこと知らんわい! あと俺には全く関係ないじゃないか。それよりも先に――
俺の真上には、今にも倒れんばかりの大きな桜の木が斜めに傾いていた。やばい。気づかなかったぞ? てゆーかなんで俺の真上の桜の木だけがこんなふうになっているんだ?
「実坂井、そんな危なっかしいことさっさと伝えてくれよ! 早く逃げるぞ!」
俺は、すぐさまその場から駆け出す。だが、実坂井は俺とは逆にその場から一歩も動いていなかった。
「おい、早く退かねぇと死んじまうぞ!」
「……どうせ私がどいたところで、結果は変わらない」
「あい?」
実坂井の言っていることがわからない。声はちゃんと聞こえているわけだが、言っている意味がわからないんだ。
まさか動かない気か……?
「おい、しっかりしろ実坂井っ!」
数メートル離れたところから実坂井に叫ぶ俺。
「!」
俺の声に、ピクっと身体を飛び上がらせる実坂井。何を考えているんだよアイツは?
実坂井が動かなくとも、斜めになっている桜の木はギシギシと音を立てながら、さらに角度を増していく。
ちっ! 登校早々また事故に遭いそうになる気かよ! んなこと俺の病が黙っちゃいねえぜ!
そう思うと、不意に俺の頭の中が一瞬真っ白になったと思えば、俺の命令なんて気かずに無意識的に実坂井の下へ駆け出していた。
へっ……俺の病が発動するということは、これは事故フラグということなのか。そうでないと、俺の病は滅多に発動しないからな。おばあちゃんの時の発動は未だ不明なのだが……。
「実坂井――――――――――っ!」
桜の木が、とうとう力耐え、実坂井の頭上に倒れてくる。何に覚悟を決めたのか、両目を瞑って下を向く実坂井。ダメだ、実坂井を掴んであの桜の木を避けるのは不可能に近いかもしれない。
「だったら!」
俺は、実坂井の真横にすぐさま立ち、実坂井ではなく桜の木を両手で支え上げた。