災難13 猪突猛進
「おい、大丈夫か?」
『な、なななんで下落がそんなところにいるの!』
実坂井の動揺したような声が聞こえる。
下落って、脱落よりもひどくなった気がするのだが……。
「い、いや、俺言ったよね? 俺も風呂に入るって」
あれ、言ったっけ? そんな感じのことを言った記憶があるんだが……。
俺はすぐさま体を洗って、浴槽に思いきり浸かる。
『そ、そだった……』
育った?
そうだったって言ったんだよな。
『じゃ、じゃあもしかして……その……えと…………私の言ったこと……聞こえてた?』
「ああ」
『うわぁ――――――――――――――――――――――――――――――ん!』
実坂井と俺の間に立ちはだかるベルリンの壁(風呂の壁)を実坂井が叩きながら喚いている。
「心配するな。聞こえてたのは最初だけだ。あとのことは南無だったな」
あとのところが一番聞きたいところなのだけどね。
『…………最初、だけ?』
今度は、小声で俺に向かって聞いてくる。実坂井が今、風呂に顔を半分だけ浸かって俺に語りかけている様子が目に浮かんできて、俺の顔がニヤけ始める。
おっとっと、なにニヤけてんだドアホ! 落ち着け落ち着け~。
「ああ、最後なんて言ってたんだ? 俺の名前が出てた気がするんだが?」
『な、なんでもないっ!』
実坂井は、隣の家まで届きそうな程大きな声で叫んだあと、浴槽の水を使って暴れ始めた。
ああ、なにか聞きたかったのにな……。
まあいい、俺は出るとしよう。
浴槽から足を出し、風呂場を出て行く俺。
「まったく、どうせ口走ったんだから教えてくれてもいいのにな~……」
そう思いながらバスタオルで体を拭く俺。実坂井のところには、アイツの着替えがないので、俺が子供の頃に着ていた服を置いている。男物で申し訳ないが、仕方がないだろう。パンツも男物というのには俺も恥じらいがあるのだが……。
隣の部屋から聞こえる洗濯機の音を耳にしながらバスタオルで体を吹きつつ、妙に頭から離れようとしない実坂井の入浴シーンの妄想をしていると――
「ほ、本当に後の方は聞いてないんだよね!」
ドンッ!
俺のいる部屋の戸を蹴り倒して、実坂井が……タオル一枚すら羽織らず…………俺を睨みつけながら立っていた。
鍛錬に磨き上げられた白いツヤツヤの肌。 あまりないにもかかわらず、双方の胸は空中で無造作に揺れている。し、下は何も言わないでおこう。
「…………ちょ、お前何しに来てんだ!」
「……へ?」
実坂井の目つきは戻り、俺が震えているのを見て、自分の全身と俺の全身(俺のは見るなよ……)を何度も見返し――
「え、なんなの……? きゃ―――――――――――――――――――――――――っ!」
後ろを向いてしゃがみこんでしまった。
やばい、なんだよこれ……。人の妄想中に入ってくんなよ! しかもなんだよ……マジで見ちゃったじゃないか!
俺は、自分の顔が熱くなるのを押さえながら、タオルで全身を隠して実坂井に語りかける。
「その……すまん」
と、とりあえず風呂の中に戻るか……。
「あと、俺は最後の方は何を言ったのか聞いてない!」
聞かれたんだし、ついでに答えて風呂の戸を閉めた。
なんだよ、あの体つきは……身長の小ささを残せば、まるで女優のような体型じゃないか。
やばい、考えるな!
俺は、自分の理性を保つために――
「このやろ、溺れてやる!」
浴槽でしばらく溺れた。