魔玉でむふふ
今日は朝から気分爽快だった。
昨日の戦いの残り火が腹の奥底でくすぶっている。早く次の戦闘がしたい。戦いの感触を忘れないうちに早く。
宿屋での朝飯もそこそこに僕はギルドに向かった。
ギルドにはまだ他のハンターは来ていない。カウンターの奥で相変わらずサマージがコップを磨いている。
「こんな朝早く来やがって、また一人かよ」
朝から不機嫌そうなサマージにかまわず、気分よくあいさつをする。
「お早うサマージ、なんか僕むきの依頼はある」
朝からガンガン行けそうですよ
「バカ野郎、昨日はちっとばかし活躍したらしいがヒヨッコが調子に乗ると明日は魔獣の腹の中だぞ」
サマージ、心配してくれてるのか「調子にのって危ないことしたらダメなんだから」みたいなツンデレさんですか
ゾワゾワきた。サマージの声で翻訳してたら鳥肌がたったよ
「ありがとう、少し萎えた。じゃない、冷静になった」
考えてみたら僕が独断で依頼を決められるわけないじゃん
「せっかく来たから、なんかハンターの役に立つネタとかない」
みんなが来るまで暇だよ
「うぜえ若造だな。暇なら隣の解体屋にでも行ってこい。今ならトカゲどもの解体が見られるぞ」
それも新米には貴重な経験だとコップ磨きに戻ってしまった。
なるほど、プロの剥ぎ取りの技を見るチャンスだね。自分の狩った獲物がどうなるか知りたいし
「じゃあ、隣に行ってくるからみんなが来たら言っておいて」
「俺はてめえの伝言係りじゃねえ」
サマージが吠えてるが気にしない、社会見学の時間ですので
ギルドの隣には依頼によって討伐された魔獣の解体屋がある。大きなギルドのある町ではギルドの建つ通りに大小の解体屋が軒を連ね解体したての肉を売る肉屋まで並んでいるそうだ。
この町は魔獣の解体屋は一軒だけギルドの隣に建っている。
解体屋ハーマン。
そこでは今まさに大トカゲを解体している真っ最中だった。
フックで口から吊るされている姿はテレビでみたアンコウの吊るし切りみたいで、思い出したらお腹が減ってきた。
プロの技術は鮮やかで吊るしたトカゲをアゴから尻尾の先まで縦に切り裂きそこから皮と身の間にナイフを入れ流れるようなナイフ捌きであっというまにトカゲが丸裸にされてしまった。
これじゃあ技術を盗む隙もないよ
すっかり見とれていると解体屋の技師の一人が僕に気がついたようで話しかけてきた。
「なあ、あんたハンターだろ。首にさげてるオーブでわかったよ」
人の良さそうな青年だった。顔をみるかぎりオークっぽいが特徴的な豚鼻があまり目立たない。ハーフかも知れない。
「よろしく、僕は銀城。成りたての新米ハンターだよ」
何となく彼が気に入ったのでこちらから名乗った。
「まだオーブが真っ黒だから見てわかるよ。俺はザーボ、見習いを卒業したての解体屋だ」
よろしくと握手する。
「見たか、このトカゲ。あとからやる二匹は傷が多くて価値は6割ってとこだけど、この四匹はほぼ無傷で全身の皮が丸ごと取れたよ。金持ち連中に完全体の剥製にして5割増しで値がつくな」
「5割増しか、すごいけど装甲付き魔獣の皮を防具にしないのはもったいないな」
こっちの懐は暖かくなりそうだけどな
「防具にするなら傷だらけの二匹で十分だよ。だけどこれだけの上物を狩ってくるなんて、さすがダニロさんのパーティーだよな。もう緑になるのも近いって噂だよ」
緑?何それ
「なあ、僕はハンターになったばかりでよくわからないんだけど緑になるって何なの」
ザーボは驚いたように僕の顔をみる。
「なりたてでもハンターだろ。つうかハンターじゃなくても常識だろ」
この世界の常識はじいちゃんに習ったけど緑がどうとかは聞いていない。サマージも説明しなかったし
「僕の田舎にはギルドもハンターもなかったから知らないんだ。サマージもハンターになるとき何も言わなかったし」
「みんな知ってるからわざわざ説明しなかったんだよ。なら俺が教えてやるよ。銀城が首にさげてるオーブは今は黒いけど魔獣を倒していくと段々と色が変わっていくんだ」
僕は自分のオーブを手に取り太陽に透かして見たりしたが真っ黒だ。昨日はトカゲを倒したんだけど色が変わったようには見えない。
「昨日ダニロさん達とそのトカゲを倒したよ。でも真っ黒だよ」
あのオーガに不良品つかまされたか
「すげえな、銀城はダニロさんのパーティーに入ってるのか」
「ああ、魔法で後方支援を担当してる」
「魔法使いかよ、すげえ。いつからいるんだ、ダニロさんが新しい仲間をいれたなんて聞いたことなかった」
「正式には昨日から、なんせハンターになったのも昨日だから」
それでこの成果、すごいだろ
「マジですげえ、じゃあこのトカゲをダニロさんが倒したときに銀城もその場にいたんだ」
いたどころじゃないよ、ザーボくん
「あの無傷の四匹はほぼ僕が仕止めたからね」
尊敬してくれたまえ
「あ、ああ、はいはい。すごいね」
何だよその目は、疑うならいいよ。マギさんに聞いてみなさいよ
「そんなとこで見てるだけじゃつまらないだろ」
そんなことないよ、皆さんの華麗な手捌きに圧倒されて見いってますが
「あの傷だらけのヤツ、銀城が剥ぎ取ってみるか、あれなら多少失敗しても価値は変わらないし」
なんと、プロの指導で大物の剥ぎ取り実習ですか
「たのむ、やり方を教えてくれ」
こうしてザーボの指導で剥ぎ取りをなんとか終わらせた頃、マギさんがやって来た。
「お早う銀城、朝から熱心だね」
なんせこの世界の常識もハンターの知識も技術も足りないことばかりだからね
「お早うございます、ダニロさんは一緒じゃないんですか」
ブロンはどうせ寝坊だろうし
「ダニロは依頼を物色中だよ」
なにかいいのがあるといいな
「マギさんですね、初めまして解体技師のザーボと言います。ダニロさん達のパーティーの名声はこの町の者なら赤ん坊だって知っています」
赤ん坊は言い過ぎだろ、ザーボくん緊張で変になってるよ
「ありがとう、しばらくはフォトキワにいるからよろしくね。ザーボくん」
かっこいい、この人ってば天然の人たらしだよ
「それで魔玉の素材はいつごろ取りにくればいいのかな」
「はい、昼にはお渡しさせていただきますです」
ザーボ、ガチガチだね
「じゃあ、昼食を済ませてからうかがうよ」
なんでも様になってるね、マギさんが日本に生まれていたら今ごろ青年実業家になって成功してるんじゃないかな
「ザーボ、僕もまた後でくるから」
「またな、銀城」
「昼まで暇ですね」
マギさんに話しかける。
「ハンターは暇な時間と命懸けの戦闘のどちらかだから銀城も暇潰しの方法を覚えたことがいいよ」
「暇潰しもハンターの勉強のうちですね」
また1歩ハンターに近づいた
昼まではみんな思い思いに過ごしている。
ダニロさんはギルドて酒を飲み、ブロンは買い食い、マギさんは通りで話しかけられた女性とお茶をしていた。
僕はというと宿屋で部屋にこもりエアガンを愛でていた。
「エアコキ(エアコッキングという手動でピストンを引きバネの力で空気を圧縮して弾を打ち出す)は問題ないけどガスは残りがないや」
ガスガンは連射ができるけど専用のガスを必要とする、日本で買い込んでいたガスはもう底をつきかけていた。
昼飯を済ませて解体屋に着いたときみんな揃って僕を待っていた。
「銀城、遅いぞ。新米が先輩を待たせるな」
ブロンに言われるのはしゃくにさわる。
「すみません、遅くなりました」
「私達も今来たばかりだよ」
ブロンの野郎、ふかしやがったな
「全員揃ったな、じゃあ行くぞ」
ダニロさんは先頭を歩き解体屋の事務所に入っていった。
事務所といっても解体の作業台がいくつかあり、部屋の隅に書類棚と小さな机があるだけだ、椅子は事務員らしき痩身の男が座っている一つだけだたった。
「こちらへどうぞ」
痩身の男に招かれ部屋の隅の机のまえに僕達は並んだ。
「初めてお会いする方もいるようなので自己紹介させていただきます、番頭のリクです。さっそくですが。トカゲの皮、四匹が完全体でしたから50万ベスタでどうですか」
四匹だけで銀貨50枚ですか
「完品だろもうちっと色つかないか」
ふむ、と少し考えて
「いいでしょう。次に傷だらけの二匹の皮は6万てところですね」
銀貨6枚、これには異存はないのか黙ってる。
「肉はどれも問題ないので六匹で3万です」
「そんなもんだな」
これも一発OKですか
「合計で59万ですがきりよく60万でいかがですか」
おお、銀貨60枚。一般家庭の月収が銀貨16から20枚だから1日で3ヶ月分稼いじゃったよ
「トカゲ四匹完品だぞ。もう一声」
番頭さんとダニロさんがにらみ会う、こっちまで緊張してきた。
「62万」
「取引成立だ」
疲れたよ
ダニロさんたちはホクホク顔で事務所を出た。
「やりすぎじゃなかったんですか、今後の買い取りに響いたりしたら面倒なことになりませんか」
元役所の事務仕事だったから、こうゆう取引ってわかりませんけど
「あれでも加減した方だ。向こうと本気でやりあうなら70万からが勝負だぜ」
マジっすか
「次は魔道具屋でこいつを魔玉にするか」
事務所で骨と爪と牙を受け取り袋に詰めてブロンが背負っている。
「魔玉を幾つか使ったから補充しとかないと」
魔玉の管理はマギさんがしている。
「うちは銀城がいるから火属性に珍しい雷属性と草魔法がただで込められるな」
ブロンは笑いが止まらないぜとにやける。
「この際、銀城に雷魔法と草魔法の魔玉を大量生産させて他のハンター達に高く売りつけるってのはどうだ」
脳筋め、魔法を撃つのも魔玉にチャージするのも同じように魔力を使うんだ。ただでさえ魔力が少ないのにポコポコ魔玉を作ってたら半日もしないうちに倒れちゃうだろ
「ブロン、やり過ぎると魔法ギルドから睨まれるよ」
魔玉を作る魔道具屋は魔法ギルドの傘下だから下手するとうちのパーティーに魔玉を作ってもらえなくなるし、売ってもらえなくなったら生活に関わる。
魔玉は火種から旅の飲み水とかにも使われるからないと不便なのだ。
僕は火属性の魔法はつかえるが水属性と風属性が使えない
「人の魔法で濡れ手に粟とはいかないな」
そう笑うダニロさん。
お金に困ったときの非常手段として一応覚えておくけど
「じいさん、生きてるか」
魔道具屋につくなりブロンが軒先で呼びかけた。
そんな失礼なこと言って大丈夫なのか、さっき敵にまわしたらまずいとかマギさんにくぎをさされたばかりじゃん
「先代なら先月くたばったよ、ブロン」
店から出てきたのは中年のゴブリンだった。
しゃれになってないぞ、謝れブロン。この度は御愁傷様です
「ボーシェもブロンも縁起でもない。先代なら昼間会いましたよ」
このゴブリンはボーシェというのか、失礼具合がブロンといい勝負だ。でもマギさんは昼間は女性とデートじゃなかったっけ
「昼に先代のお孫さんに話しかけられてお孫さんの家に隠居してた先代に挨拶してきたんだよ」
さすがマギさん、貴方はパーティーの良心です
「ちっ、ばれてたか」
「まだくたばらねえか、たいしたじじいだ」
二人とも悪びれた様子もない、気にしたら敗けなのかも
「ボーシェでもいいや、こいつで魔玉を作ってくれ」
はじめから二人の言動なんか無視していたんだろう、なにもなかった様子でダニロさんがブロンの背負っている袋を指差す。
「もとの魔獣は」
でもいいや発言は気にしないのか、ボーシェ
「毒なし大トカゲだ」
「ならそれなりのもんしか出来ないぞ」
「大物は御無沙汰でな、数がいたんで魔玉をけっこう使っちまったんだ」
「まあ問題はないだろ、大きさはいつもの三センチ玉でいいのか」
「マギ、それでいいか」
「投げなれてるからね、その大きさで頼むよ」
マギさんがうなずく
「奥に持ってこい」
そういってボーシェはさっさとた店の中に戻った。
ブロンが袋を背負って後を追って店に入った。
大きさの指定が出来るのか
「マギさん、魔玉の大きさって好きに選べるの」
「素材よりも大きいとか小さすぎるとかでなければ出来るよ。見本があれば簡単に同じものが作れるし」
なるほど、つまりこのBB弾があればできるのね
「魔玉は真球ですか」
「そこまでは分からないな、中で作ってるから聞いてみたら。なんだったら銀城が自分で使うぶんは好きにしていいから」
行きます、行きます
僕は二人を追って店の中に入っていった。
魔玉の製作は始まっていた。
ブロンが袋の半分ぐらいの素材を取りだし魔法陣の描かれた2メートル四方の赤い布の中央に積み上げる。
まだ半分は残っているな、ならまずは見学させてもらおう
ボーシェは魔法陣に両手をかざし聞き慣れない言葉で長い呪文を呟き始めた。
主流の四大属性魔法とは全く別の系統の魔法のようだ。
しばらくすると積み上げられた素材が光だし魔玉となって崩れた。下には粉状のものもちらばっている。魔玉の大きさに足りない部分が粉になったらしい。
散らばる魔玉をかき集め別の袋に入れ、粉は瓶に詰めた。
「じゃあ残りもやってくれ」
といって残りの半分を魔法陣に積み上げる
「ちょっと待った」
見とれてる場合じゃない
BB弾をボーシェに見せて
「これと同じ物を作れるか」
ボーシェはBB弾をつまみあげて見たり、手のひらに転がしてみた。
「大きさは問題ないな、この見本があればその通りに作れるぜ」
「大きさだけじゃない、そいつの形も全く同じにしてほしい」
6ミリってだけじゃダメなんだよ
「形も、ただの球だろ」
違うんですよ
「ただの球じゃないんだ。そいつは歪みのない真球なんだよ」
そこがポイントです歪みやバリがあると弾道がそれるか、下手したら弾詰まりを起こすくらい精密に出来ているんだ
「出来れば重さも同じにできるかな」
弾ごとに重さが変わっても弾道が変わってしまうから
「よくわからないけど、この見本があるからなんとかなるよ」
やりました神様、エアガンの弾さえあればこの世界でハンターライフを全うして見せます
「たのむよ、僕のハンター人生がかかってるんだ」
ボーシェは冷や汗を流しながら、
「まあ、出来る限りのことはするからまかして。ただし魔玉が小さいから込められる魔法も下級までが限度だからね」
そいつは問題ないな、魔法を込める本人が並み以下だから、ははは
手前に見本の弾を置きボーシェが儀式を始める。
お願い成功して
また素材が光だし次の瞬間6ミリの魔玉となってバラバラと崩れた。
成功なのか、魔玉を1つつまみ上げ人差し指と親指の腹で転がす、歪みはないように感じる。次に
二人の死角になる背中に手を回しガスハンドガンのコルトガバメントのガスチャージ済のマガジンをアポーツし、二人には背中から取り出したように見せかけ魔玉を装填する。再び背中に手を回し今度はガバメントの本体をアポーツした。
魔玉もガスも入ったマガジンをガバメントに差し込みスライドを引いて弾を薬室に装填、この魔玉にはまだ魔法をチャージしていないので遠慮なく部屋に垂れ下がっていた仕切り布に向かって引き金を引く。
バシュ
狙い通りに当たった、続いて連射、バシュ、バシュ、バシュ、問題ないようだ、
完璧だ。
「最高だよ、完璧だ。ボーシェ、これからも頼みにくるからよろしくな」
テンションマックスでアドレナリンが鼻から吹き出しそうだよ
元サバイバルゲーマーが異世界でリアルにサバゲーしまくるよ
鼻息荒く、銃をめでていると、遠慮がちにブロンが話しかけてきた。
「いまのそれ何だ、なんか奇妙な形して貧弱そうな音をだしてたけど楽器なのか」
魔玉職人のボーシェは
「吹き矢で魔玉飛ばすヤツもいるけど、似たような武器なんだろ」
いい線いってるな、でもこの世界ではこれだけの細かい部品を作る技術はないだろうし、技術や情報を汚染しても責任がとれない
だから、
「これはここだけの秘密にしといてよ、おねがい」
「ハンターには奥の手の一つや二つ当然だしな」
話がわかるね、ボーシェくん
「口止め料の代わりに雷属性と草魔法をお値打ち価格で込めさせていただきます。ここは一つ持ちつ持たれつということでよろしくね」
「契約成立だ。俺もあんたの魔玉の製作は値引きするからよその店にはいくなよ」
ニヤリと二人で握手を交わす。
「俺だけ仲間はずれかよ」
ブロンがつまらなそうにそっぽを向く。
いじけるなよ
「俺達はパーティーを組む仲間だろ。いずれこの武器の出番が来るさ。パーティーで最初に知ったのはブロンだからな、出番が来たらあの二人の度胆をぬいてやるさ」
「そうゆうことなら異存はないぜ」
またニヤリと二人で握手を交わす。
待ってろよ、ぼくの愛するエアガン達。異世界でも大暴れさせてやるからな。