生と死と
次々と泉から姿をあらわしたのは体長5メートルを越える大トカゲであった。
数は4匹、パニクりながら岸に這い上がってきたトカゲどもはこちらに気がつくと狂ったように襲いかかってきた。
「手前のヤツから来た順にしとめるぞ。アゴと尻尾の一撃に注意しろ」
ダニロさんが指示をだす。
泉はそれほど大きくはなかったがトカゲが上がった岸は4匹バラバラだったのでこちらに来るまでの時間差が出来た。
「来たぜ、野郎共」
ブロンの蛮声を合図に最初の1匹との戦闘が始まった。
先制はトカゲからだった。
トカゲはダニロさんに突進し、大きく開いた口でダニロさんの胴体に噛みつこうとしてきた。
鋭い牙が並ぶ口の中は赤紫の毒々しい色をしている。毒はないと聞いていたが気味が悪い。
何よりこの口に噛まれたら僕なんて簡単に喰い千切られてしまうだろう。
しかしダニロさんは噛みつき攻撃を落ちついて後ろに下がることでかわす、そして空を噛んだトカゲの鼻っ面に剣で一撃を加えた。
怯んだトカゲの柔らかい脇腹にブロンがすかさず両手持ちの大剣で突きを入れる。
更に傷口を広げようと突き刺した大剣を横になごうとしたが、トカゲはその太い尾で弾き飛ばそうとしてきたのでブロンは大剣を引き抜きその勢いで後退してかわした。
「1匹相手をするので手一杯だ。マギ、魔玉の出し惜しみするな」
ダニロさんはトカゲとにらみ合いながら言った。
「わかりました」
二人の戦う様子を見ながら手を出す隙をうかがっていたマギさんがズボンのポケットから魔玉を取りだしすかさずトカゲの脇腹の傷口めがけて投げつけた。
魔玉は呪文がいらず、使用する魔玉に発動と条件を念じるだけで誰でも使える。
このときマギさんは魔玉に込められていた風の衝撃魔法を何かに接触したら発動するように念じていた。
投げられた魔玉は狙い通りに脇腹の傷口付近に当たりバシンという破裂音とともに衝撃波をトカゲに叩きつけた。
その衝撃で真一文字だった傷口はギザギザに裂け腸も飛び出した。
これだけの深傷を負いながらもなおトカゲは暴れながら二人に襲いかかってくる。
その間、僕は本物の戦いというものにただ見とれていることしか出来なかった。
そのとき、
「銀城、援護しろ」
ブロンの叫びによって我にかえった。
そうだ、僕はハンターじゃないか。同じパーティーの仲間じゃないか
魔法で援護しないと
しかし絶えず動きまわりながらトカゲと戦う前衛二人の間の射線には援護をしているマギさんがいる。初めての戦闘なので彼ら三人の動きというか呼吸が読めないのだ。
三人のそれ自体が完成されたフォーメーションなので参入したばかりの僕の魔法援護を考えた動きではないのだ。
なんとか射線を確保しないと
そうこうしているうちに二匹目のトカゲが乱入してきた。
ダニロさんと一匹目、ブロンと二匹目の一対一の状況となった。
「早く援護しろ」
ブロンの悲鳴にもにた要請をうけるが、魔法を撃とうとすると誰かが間に入ってくる。
時間がない、思いきって戦場を回り込んでトカゲの横をつこう
「マギさん、横に回り込みます」
戦闘中に黙って動くのはまずいだろう、一応声をかけてから右の藪に飛び込んで走り出した。
トカゲも僕の動きに気がついてないみたいだ。これで射線は確保出来た。
狙いは後からきたトカゲだ。
「巻き蔓、巻き蔓」
呪文によって僕の足元の伸び草がウネウネと蛇のように這いながら二匹目のトカゲの胴体と尻尾に巻きついて足止めする。
「でかした、銀城」
ダニロさんは後退しながら深傷を負った一匹目を誘導し、足止めされた二匹目から引き離した。
これでまたダニロさんとブロン対一匹目となり有利な状況となった。
トカゲも自分の不利を察したのか積極的な攻撃をやめ、ひっきりなしに口開けてあ威嚇し始めた。
二人の後ろから冷静に隙をうかがっていたマギさんは威嚇するトカゲの口の中に素早く魔玉を放り込んだ。
何かが口に入り込み反射的に口を閉ざしたトカゲ、次の瞬間ボフンと鈍い音がし閉じたトカゲの口の隙間から炎と煙が吹き出す。
マギさんは火の魔玉をつかったのだ。
口内を焼かれたトカゲはもがくように地面を引っ掻きまわしバタンバタン跳ね回りながらやがて血の泡を吹きながら動かなくなった。
ニュースとかでも火事の現場で高温の煙や空気を吸うだけでも気管や肺に火傷を負うと聞いたことがある。
まして火元が口の中ならただですむはずもない、とりあえず一匹撃破だな。
でも休む暇もなくダニロさん達は僕が足止めしたトカゲに向かって行った。
この分なら二匹目もなんとかなるだろう、残りのトカゲはと見回すと突然目の前の藪を突き破って牙の並ぶ巨大な口が現れた。
「うわっち」とっさに横っ飛びでかわすことが出来たが寿命が縮んだというか風前の灯火というべきか。同じことを二度やれといわれてもぜったいむりだ。無意識の偶々というぐらい我ながら上々の動きだった。
まだピンチは続いている。目の前のトカゲは僕を標的に選んだようだ。力をためてまた噛みつこうとしている。
足がガクガクして力が入らない、次は避けられないよ
もうダメかと思ったその時
「逃げろ、銀城」
マギさんの声が聞こえ、トカゲに次々と矢が射込まれた。
分厚い装甲を持つトカゲに矢は刺さらなかったが、トカゲの注意はそれた。
今だと、近くにあった木に必死で上った。
高さは心もとないがなんとか2メートルほど上に生えていた太い枝にまたがることが出来た。
木登りなんて子供のころ以来だが必死になればなんとかなるものだね
「マギさん、ありがとう」
命の恩人に礼を言うくらいの余裕は出来た。あとはこのあとどうするかなんだが、木の下でトカゲが待ち構えている。
ブロンさん達が助けに来るのを待ってもいいけど、身の安全を確保できれば、僕にだってハンターだという矜持がでてくるわけで、
「巻き蔓、巻き蔓」
とりあえずトカゲを押さえ込み、さらに
「電撃、電撃、電撃」
と上から電撃の雨を降らせる。
しかし電撃はトカゲの濡れた体表面から巻きついた草へと流れてしまう。そう言えば小学校の理科で電気は流れやすいところ通ると習ったような覚えがある。中高大で習った化学や物理はとうの昔に忘れてしまったので科学の知識は理科がうろ覚えくらいかな、一般の社会人なんてそんなもんだよね
なんて現実逃避してもトカゲさんはいなくならないし、火魔法は禁止だし打つ手なしだよ
そうしてる間もマギさんからの矢の援護は続いていた。
矢は全て弾き返されていたが偶然か狙ったのか1本の矢がトカゲの目に刺さった。
これにはトカゲもさすがに痛かったのだろう体を縛られながらも暴れ始めた。
電気は流れやすいところ通る、でも目に刺さった矢から電気が体内に入ったら効くんじゃない
ニヤリ、これはチャーンス
「マギさん棚ぼたでゴメンね、いただきました」
一匹くらいは僕も仕止めとかないとね
「電撃、電撃、電撃の3連弾」
この距離ならピンポイントでいけますよ
僕の電撃は狙い通りに目に刺さった矢を直撃、矢を伝って目へ、目から脳へ、そして脳は瞬時に焼き尽くされた。
トカゲは一瞬ビクッと反り返り両目から血と煙を吹きながら即死した。
「うおおー、やった、ごっつぁんゴーール」
人生初戦闘で獲物をゲット
ダニロさんとブロンもちょうど二匹目に止めを刺していた。
やったね
「油断しないで、あと一匹の姿が見えない」
マギさんが浮かれる僕に注意をうながす。
そう言えば全部で四匹いたな、仲間がやられて逃げ出したんじゃない
木の上から泉の周辺を見渡すがトカゲの姿はない。水面には仰向けで失神している二匹と魚が数十匹、もしかしたら泉の生態系を破壊しちゃったかも、ヤバイかな
なんて水面を見ていたら黒い大きな影がこちらに向かってくる。
「いました。泉のを泳いでこちらに向かって来てます」
とりあえず報告だ。作戦はダニロさんかマギさんが立ててくれるでしょ
「めんどくさいし、せっかく魔法があるんだ。銀城、また例の雷属性の魔法でバチバチやっちまえ」
ブロンさんがこっちに丸投げした。
いいのかな、マジで生き物の住まない泉になっちゃいそうだけど
「わっかりました」
泉のど真ん中で失神されても回収が大変だからなるべく岸から近いところで、タイミングをはかり
「電撃、電撃、電撃、ついでに雷火」
雷火はサービスです
バチバチバチバチジュワ
どうだろう
プッカー、と最後の一匹が腹を見せて浮かび上がった。
よっしゃ
「戦闘は終了だ、お疲れ様」
マギさんが僕に声をかけてくれた。
「雷属性すげえな、何だかんだで銀城1人で四匹倒したぜ」
ブロンに誉められた。
「初めて会ったときはハンターになるなんて無謀だと思ったんだがな。最初の実戦で機転をきかし自分の役割をまっとうした。俺達が保証するぜ、お前はいいハンターになる」
ダニロさん、ありがとうございます。人に、それも仲間に面と向かって認められるなんてすっごい嬉しいよ
「盛り上がってるとこに水をさすようで悪いんだけど、あれどうしたらいいかな」
マギさんが少し気まずそうに指を指した。
あれって水面で失神してるトカゲだよね
「ブロン、泳いで行って岸まで引っ張ってきて」
肉体労働はブロンの仕事でしょ
「銀城、お前は新入りで俺の後輩だろ。行け」
やだよ、失神してるだけで下手近づいたときにガブリなんて
「しかたない、私がいくか」
ダメです、マギさんはパーティーの大切な知性派仲間なんですから
「マギ、お前の矢にロープを結んで打ち込めないか」
なるほど、さすがダニロさんだ亀の甲より年の功ですね
「まだ35だけどな」
ですよね、なんか欧米人っぽいこっちの人は実年齢より上にみえるんだよね
「ロープを結ぶと威力も精度も落ちるから難しいね」
なるほど、なら別のものを引っかけるか絡みつかせるかして引き寄せないと、そのうち息をふきかえしちゃうよ
「なあ、銀城の蔓を使ったらどうなんだ」
ナイスだブロン、こういうときって得てして単純な人間な方が見落としがちな解決策を拾ってくれるんだよね
「なんかまた、失礼なこと考えてなかったか」
誉めていたんだよブロン
「じゃあ、一匹づついきますよ。巻き蔓」
草が水面下をするする伸びていきトカゲの口に巻きつく、
「じゃあ引っ張るぞ」
「「「よいしょ、よいしょ、よいしょ」」」
まずは一匹引き上げに成功だ
「みんな油断しないように」
さすがマギさん、いつでも注意深い。
でもコイツワニっぽいし、確かワニって口を縛られると動かなくなるんじゃなかったっけ
「口を縛られるとおとなしくなるの、聞いたことないけど」
でもワニの話だからトカゲは違うかも
「まあいいや、どっちにしろ危ないから口を縛らなくちゃいけないし、念のため尻尾も草魔法で地面に縫い止めて」
OK了解です
ダニロさんが仰向けで失神してるトカゲにまたがり剣を突き立てる。口を縛られてるせいか尻尾を地面に縫い止めてあるせいかわからないがビクビク痙攣するが思った以上におとなしい。そして突き立てた剣を体の中心線に合わせて縦に切り裂く。
裂かれたトカゲはもはやピクリともしない。
裂け目からはらわたを抜き次のトカゲを岸に引き上げる。
同じ要領で二匹目も捌き、最後の一匹を引き上げる。
「銀城、やってみろ」
うっす
僕はトカゲの腹にまたがる、思ったほど冷たくはなかった。それどころか命の温もりすらかんじた。剣を握る手に汗がにじむ
「迷うなよ、覚悟を決めて突き刺せ。迷うと手元がにぶって長く苦しめるし下手すりゃ切っ先が滑って自分を刺しちまう。力任せでもダメだ、剥ぎ取りで素材に傷をつけるのは二流の仕事だ」
お前は本物のハンターになりたいんだろ、ダニロさんの目がそういってくれてる。
そうだ、僕は本物のハンターになるんだ。だったら獲物にも最後まで真剣に向き合うんだ。
「いきます」
体の中心線、垂直に、力任せではなくコイツの体の構造をイメージしながら必要なところまで丁寧に、剣を突き立てる。
ズブズブ
なんとも言いがたい感触だ
そして真っ直ぐ後ろ足の付け根の間まで内臓を傷つけないように
「初めてにしちゃ上出来だ」
ふう、戦うより疲れたかも
そしてはらわたを抜き、ロープを繋いで血抜きのために泉に沈める。
他の戦闘で倒したトカゲにも処理をする。
ここで剥ぎ取りをしないのはこのトカゲに捨てる部分的がないからだ。
皮はなめせば防具や日常の革製品に、肉は食用に、そして魔獣の骨や牙は魔玉の材料になる。
念のため泉に電撃魔法を撃ち込みトカゲが残ってないか確認したら討伐終了だ。
「怪我人もなく依頼を果たせたね」
マギさんがにこやかに言った。
「ブロンは村に行って討伐終了の報告とトカゲを町まで運ぶ台車や人手を集めて来てくれ。久しぶりの大猟だ、とてもじゃねえが担いで運べねえよ」
「嬉しい悲鳴ってやつだな。手間賃はどうする」
「お前に任せるがか銀城のおかげで状態のいいものばかりだ、相場に色つけてやってくれ」
「おう、お疲れ銀城。俺が戻るまで休んでていいぞ」
「助かった、ホッとしたら腰が抜けたみたいでしばらく動けそうにないよ」
クタクタですがな
「慣れちまえば大丈夫になるさ、特に初陣は俺もそんな感じだったよ」
行ってくる、といってブロン足取り軽く村に行ってしまった。
そのあとのことはよく覚えていない。
気がついたらトカゲと一緒に荷車に載せられ町に着いていた。
ぼうっとしながらダニロさんがギルドでサマージに報告するのを聞き、それが終わるとマギさんが先に宿屋に帰ってねてていいからって、
言われるがままに心地好い疲れに身を任せ宿屋のベッドに倒れこむように眠りについた。
日本にいたころにはなかった充実た生をかんじていた。