戦闘開始
「おはようございます」
ギルドを大爆笑させた翌日、朝一番にギルドにのりこみカウンターにいたサマージさんに元気いっぱい挨拶をした。
このサマージさんこそフォトキワのハンターギルドの支部長であり、僕に昨日オーガと間違えられた被害者でもある。
種族はホブゴブリンといって人とゴブリンの間にまれに誕生するハーフである。その特徴はゴブリンの浅黒い肌と緑の髪をもち人族の平均を2回りは越える体格にある。
サマージさんはホブゴブリンの平均をさらに越えた大男だ。
ここの利用者は陰でオーガと呼んでいたが、大男のサマージさんに面と向かってオーガと言ったのは僕だけだったそうだ。
「朝っぱらからでかい声だすんじゃねえ、喰っちまうぞ。なにしろ俺はオーガだからな」
まだ根にもってる。誰かさんとそっくりだ
「昨日は本当にすみません」
そういや、この世界に来てから誰かに会うだびに謝ってる気がする
気をつけよう
「他の連中はどうした」
「まだ寝ています、昨日はあの騒ぎでハンターの加入の手続きをしそこなったんで僕だけ朝から来ちゃいました」
サマージさんはふんと鼻をならすと
「そこで待ってろ」
そう言ってカウンターの奥部屋に行ってしまった。
ワクワクしながら待つこと5分、戻ってきたサマージさんの顔に意地の悪そうな笑みが浮かんでいた。手には革紐を通した3センチほどの黒い珠とバーベキューに使うような長い鉄串を持っている。
急用を思い出しました
帰ろうとする僕の後ろ襟をカウンター越しに捕まれた。
「大丈夫だ、皆やってることだからな。たいして痛くはないから」
その串は使いませんよね
「ハンターになるには血の儀式ってのがあってな、この串でちょっぴり心臓から新鮮な血を抜いてこのオーブにかけるのさ」
グヒヒとオーガが笑ってる。
「イヤだ。そんなの絶体に死んじゃうじゃん。誰か助けてー、オーガにバーベキューにされるー」
「こらバカ、でかい声で騒ぐな。通りまで丸聞こえだろ」
オーガが慌てて僕の口をふさぐ。
「んんんー、誰かたんんんー」
「人聞きの悪いことを、いい加減に大人しくしろ」
イヤだ。死にたくない
力の限り抵抗していると、
「朝からギルドで何事だ」
制服姿のコボルトがギルドに現れた。
片手で僕を押さえつけ、もう片方の手には長い鉄串を握っているサマージを見たコボルトは、
「殺人未遂の現行犯だ。抵抗すれば切る」
そう言ってサーベルを抜いた。
「もう2度とこんな騒ぎを起こさないように、次は逮捕しますからね」
巡回中のコボルトの警官にくぎをさされてるサマージ。
「納得がいかねえ、俺はちょっとからかっただけだぞ。それを真に受けて本気で悲鳴をあげるなんて思うわけないだろ」
ふざけるな、死を覚悟しだぞ
「あんたの成りでそれをやれば誰だって叫ぶに決まってるだろ」
まったくだ、反省しろサマージ
「災難だったね」
あとからやって来たマギさんによって僕は保護され今は隅のテーブルで暖かいスープをすすっていた。
「あのオーガ、本気で僕を食べるつもりでしたよ。誰か討伐の依頼とか出してないんですか」
被害者は僕だけじゃないはずだ。連名で依頼をだそう
「サマージのおやっさんも悪ふざけが過ぎたな、こればっかしは銀城の気持ちがわかるぜ」
だよね、ダニロさんだってそう思うよね
ブロンの姿がないのは、まだ寝ているかららしい。
パーティーメンバーの危機だっていうのにのんきなやつだ
「オーガの剥製にされたくなかったら反省してくれよ」
コボルトの警官は帰りぎわにそういったが、サマージの方は「おととい来やがれ」と返した。
サマージは全く反省してないぞ
「ギルドの支部長ってあんな態度が通用するくらい偉いの」
お巡りさん相手に暴言はくか?
「ギルドの支部長はそれなりに権力はあるけど、あれで通るのはサマージさんの人徳だね」
「人徳のある人は心臓に鉄串を突き立てませんよ」
この世界の倫理観はどうなってるんだ
「私もあんなに楽しいひとだとは知らなかったよ」
「心臓に鉄串って、マギさん達もやったんですか」
だとしたらこの世界の人達の心臓スゴいよ。毛がはえてるなんてもんじゃないね
「まだ信じてるのかい、冗談に決まってるよ」
くそオーガめ
「おやっさん、今日は仕事に出るから銀城の儀式をすませてくれよ。急ぎでな」
こんな調子でやってたら今日もハンターになれないよ
「わかったよ、若造こっち来い」
しょうがねえなって顔でカウンターに魔法陣の描かれた布を広げ中央に紐を通した黒い珠を置いた。
「手を出せ」
ひい、今度は手首を切り裂いて血をとるとか
「ビビってないでこっちに出せ」
大丈夫何ですかってマギさんに目で問う
「心配しなくても大丈夫だよ、指にちょっと針を刺して血を垂らすだけだから」
なんだそれだけか、脅かしやがって
「わかったら出せ、こっちも暇じゃないんだよ」
僕を脅す暇はあるくせに
促されるまま「はい」と手を差し出した。
ブスッ
やる前に一声かけろ、痛いっ深く刺しすぎだ
「まだ引っ込めるな、この珠に血を垂らすんだ」
グイッと手首を掴んで魔法陣に置かれた珠に引き寄せる。
黒い珠に僕の血がかかると魔法陣がボウッと輝く、僕と珠との間に見えない何かの繋がりを感じた。
「コイツがお前のオーブだ。これで正式なハンターになったな
、こき使ってやるからしっかり働けよ」
そう言ってオーブを僕に無造作に放った。
キャッチしたオーブは艶めいてどこか温かかった。
これが僕のハンターの証、なのはいいけど
「痛いだろサマージ、何の説明もなしに進めるな」
「若造、サマージじゃねえ。サマージさんだろうが」
「死ぬほど驚かされたんだ。僕はこの先ずっとあんたに様はつけないよ。サマージ」
「このギルドの支部長相手にいい度胸じゃねえか」
ああ、と厳つい顔を近づけてくるがこっちにだって奥の手があるんだよ
「お巡りさん、オーガが襲ってくるよ」
「バカ、よせ。わかったよ、俺の負けだ」
素直でよろしい
「さっそく銀城の初仕事といくか。おやっさん、このトカゲのやつ貰っていくぜ」
静かだと思ったら、ダニロさんは依頼書を見ていたらしい。
「トカゲってどんなタイプなんだい」
マギさんも乗り気だから初心者でもいけるのかな
「体長5メートルで背中に装甲、鋭い牙、数は5匹ぐらいだとさ。場所は近くの村のそば」
「毒なしなら初挑戦にピッタリだね」
「決まりだ、ブロンを叩き起こして出発だ」
初めての魔獣討伐だ、この手足のムズムズは武者震いだよ
「おお、やってやるぞ」
腹の底から溢れ出す闘志が雄叫びとなって出てきた。
「うるせえ」
サマージにげんこつを落とされた。
ブロンを叩き起こして朝飯をすませた僕達は昨日通りすぎた村に来ていた。
魔獣となった大トカゲは皮膚も厚く背中には鱗が変化した装甲もあるため村の猟師には手が出せないらしい。
魔獣の定義とは精霊を食った生き物の子孫が大気中のエーテルと呼ばれるエネルギーを体内に吸収し変異してしまったものらしい。
変異は何世代もかけてゆっくりと進むため、世代を重ねるごとに個体数も増えていく。同種の群れを駆逐しない限り魔獣の絶滅はできない。
変異はその生き物の生態にそった強化と身体の巨大化に表れ、おまけに肉食や雑食の生き物の魔獣は凶暴で獲物と定めたらどこまでも追いかけてくるのだ。
逆に草食の魔獣はどこまで行っても草食で、余計な手出しをしなければヒトに危害を与えることもない。
今回の大トカゲだが、考えてみたら5メートルのトカゲってほとんどワニだよね、それともコモドドラゴン。
戦ったらどっちが強いんだ。
「心配するな、でかくても所詮はトカゲだぜ。狼だの熊に比べたらザコだよ」
ガハハとブロンが笑ってる。
「今回は矢がほとんど効かないから私も剣で戦うよ。銀城は後方から魔法で援護してくれればいいから」
「最初に言っておくが火の魔法は禁止だぞ。皮が焼けちまったら売り物にならねえからな」
つまり必殺コンボどころか雷火も禁止かよ、ブロン
「じゃあ、火属性の魔法は使い道が無いんですね」
修行したのに
「そうでもないよ、魔獣によっては剥ぎ取る部位のないやつとかもいるし。何だったらトカゲの口の中に火魔法を放り込むとか工夫次第だよ。今日も火魔法の魔玉を用意してあるから隙を見て口に投げ込むつもりだ」
そう言ってマギさんが小さな魔玉を掌に転がしてみせる。
「場所がわかったぞ、林を抜けた先の泉だ。距離は300メートル、
目と鼻の先だな」
「その近さでよく犠牲者が出なかったね」
マギさんが感心するようにいった。
「なんでもトカゲどもは泉からあまり離れないらしい」
ますますワニっぽい
「それって水にひそんで水を飲みに動物が近寄ったとたんにガブリみたいな感じですかね」
テレビで見たアフリカのワニを思い出しながら聞いてみた。
「よくわかったな、どうもそんな感じらしい」
ダニロさんに誉められた。地球での知識も役に立つみたいだ。
「なあ、だったらほっといてもいいんじゃねえか。水場からでないんじゃこっちも手出しできないだろ」
ブロンの言うことももっともだ、被害はないしテリトリーは水中じゃねえ
「そうもいかないんだよ。この村は昔からその泉の水で生活していたから井戸がねえんだとさ、カメに汲んでおいた水も残りわずからしい」
しぶい顔でダニロさんが答えた。
「だったらトカゲどもを泉から引きずり出す手を考えないとな」
ブロンが難しい顔で悩む。
マギさんもダニロさんもいい案が浮かばないみたいだ。
水中の敵を誘き出す方法か、エサで釣り上げるとか、岩をなげこむ?
泉に毒を流して一網打尽はダメか村の人が後で使えなくなる
魚なら爆弾を落としてドカンて漁の仕方があるって聞いたけど、この世界にはまだ火薬はないし
ドカンと一発か、水にドカンと
「あった、やつらを水から出す方法」
じいちゃんに習って良かったよ
問題のトカゲのいる泉に到着
「本当にうまくいくのか、こんな話聞いたことねえぞ」
ブロンがまだ疑ってる。
「私も聞いたことないけど、使える魔法使いも初めてだから銀城に任せるしかないよ」
「ダメなら出直せばいいだけのことだ。他にいい手が思いつかないしな」
そうはいってもダニロさんは乗り気のようだ。
「トカゲは5匹といってたけど、それは最低でも5匹ってことだから他にもいる可能性がある。みんな油断しないように」
マギさんが注意する。
「俺とブロンが前でマギは中央、銀城は後方から援護。間違って味方をうつなよ。それと水中に引き込まれたらおしまいだ、泉には近づくなよ」
ダニロさんがフォーメーションを決める。
あとは僕がトカゲを泉から追い出すだけだ
「みんな用意はいいね。なら銀城、やってくれ」
よっしゃ、マギさんの合図とともに魔力を練り上げ魔法をはなった。
「電撃、電撃、電撃」
放たれた3連続の電撃が泉に撃ち込まれバチバチという放電に泉が輝く
水中の敵には雷属性の魔法だ
放電のおさまった泉の水面に魚がプカプカ浮き始めた。そして大きなトカゲも2匹白い腹を上にして痙攣しながら浮かんでいる。失神しているようだった。
予想以上の成果に
「やった」
と歓声をあげる僕にマギさんが
「まだだ」
と鋭い声で注意した。
直後にバシャッバシャッと何かが水面を割って現れた。
4匹の大トカゲだ。
全部で6匹いたのだ。狂ったように水から這い上がってきたトカゲどもはこちらに気がつき襲いかかってきた。
初めてのバトル開始です