めじるしの鈴 柿沢の紅葉――鞄の鈴は、持ち主の恋が実らないのを七年、音だけで聞いています
わたしは鈴です。
目はありません。ですから、音で見ています。
小指の先くらいの真鍮で、赤い組紐に通してある。持ち主が人にそう説明しているのを、何度も聞きました。自分の形と色は、そうやって知りました。
旅行鞄の持ち手に付いていて、役目はめじるしです。空港のターンテーブルには、同じ音のする鞄がいくつも流れてきます。持ち主が自分のものを見分けるための鈴です。
音で見ると、世界はだいたい分かります。畳の部屋は声が丸くなりますし、山の上は風が先に来て人の声が遅れて来ます。ひとりでいる人は布の擦れる音しか出しません。人間が沈黙と呼んでいるものも、わたしにとっては何種類もあって、気まずい沈黙は衣擦れが多く、そうでない沈黙は本当に何も鳴りません。
七年前の夏、持ち主の藤谷ちはるさんは、初めての一人旅で鞄をなくしかけたのだそうです。似た鞄を取りかけて、係の人に止められた。そう話しているのを、あとで何度も聞きました。その翌日、駅前の土産物屋でわたしは買われました。三百八十円でした。
それ以来、ちはるさんが旅に出るときは必ず一緒です。旅は年に四回か五回。有給の取り方が上手な人です。
なくしかけた日から、ちはるさんには癖がつきました。走る前や、何かを始める前に、必ず一度、鞄の持ち手を握り直すのです。握り直すとき、わたしは鳴ります。
今年で二十九になりました。誕生日の夜、ひとりで、おめでとう、と小さく言ったのを聞いています。
会社ではキーボードを打つ音が一日中しています。金曜の夕方だけ、打つ速さが二割ほど上がります。
ちはるさんには座右の銘があります。
命は短し走れよ乙女。
毎年、新しい手帳の表紙の裏に書き写します。ちはるさんは字を書くとき口が動く人なので、七回とも聞きました。いのちはみじかし、はしれよおとめ。七回とも、走れよ乙女でした。
本当は命短し恋せよ乙女という歌です。三年目の冬に一度、居酒屋でお友達が指摘したことがありました。ちはる、それ恋せよだよ、と。ちはるさんは、え、と言って、三秒黙って、それから、走るほうがわたしっぽいからいいや、と言いました。
その日から今日まで、書き直す音は一度もしていません。
わたしはそれを知っています。けれど、鈴には口がありません。
十一月の頭に、柿沢へ行きました。紅葉が見頃になるのは十一月の頭だという記事を、ちはるさんは八月の終わりに見つけて、その場で宿を取っていました。二泊三日です。
宿の名前は霧屋といいました。湯の音が一日中している宿でした。廊下を人が通るたびに床が鳴り、その鳴り方で仲居さんか泊まり客かが分かります。仲居さんの足音のほうが軽いのです。
一日目の午後、山の上の寺まで行く路線バスで、ちはるさんは隣の人と話しはじめました。
わたしは鞄ごと膝の上にいたので、声がよく聞こえました。声のあいだの空白は、最初は三秒ありました。
隣の席の男が、古いカメラを膝に抱えていた。
それ、と言ってしまってから、ちはるは少し後悔した。知らない人に話しかける癖がある。旅先でだけ出る癖で、会社では一日誰とも雑談しない日がある。
「それ、フィルムですか」
「はい。父のなんですけど」
父の、という言い方に、わずかな間があった。使っていない人の持ち方ではなかった。もらったのではなく、譲られたのだと思った。
「わたし、一回だけ使ったことあります。現像に出したら、全部真っ白で」
「蓋、開けませんでしたか」
「開けました」
男が笑った。息を吸うほうで笑う人だった。
そういう笑い方をされると、こちらももうひとつ喋ってしまう。ちはるは自分のその性質を知っていて、知っているのにいつも止められない。
男は羽場と名乗った。柿沢には毎年来ているという。紅葉が目当てではなく、谷に霧の出る朝があって、それを撮りに来るのだそうだ。
「今年は出ますか」
「分かりません。出ない年は、三日いても出ません」
出ないかもしれないものを撮りに、毎年来る人なのだ。ちはるはそれを少しうらやましいと思った。自分の旅にはいつも、何かが起きてほしいという期待が入っている。
バスがカーブを三つ越えるあいだ、話は途切れなかった。途切れなかったことに、ちはるは自分で驚いていた。
空白は、二秒になりました。そこから短くはなりませんでした。
バスが寺の下の停留所に近づきました。
膝の上で、持ち手が握り直されました。
ちりん。
その手は、鞄には戻りませんでした。
ピンポーン。
その音は、鈴の音とは比べものにならないくらい大きなものです。車内の全員が一度そちらを向く音がしますし、次は停まります、次は停まります、という放送も続けて始まります。
羽場さんが言いかけていた言葉は、その下に沈みました。
何と言いかけたのかは、分かりません。ただ、息を吸う音までは聞こえました。あの人は言葉の前に必ず一度、短く吸います。吸ってから言わないことも、人間にはあるようです。
押してしまってから、あ、と思った。
降りるのはもうひとつ先でよかった。寺の入口は二か所あって、上から入るほうが楽だと、昨夜パンフレットを読んで、声に出して確認までしたのに。
隣で、羽場が息を吸ったのが分かった。何か言いかけて、やめた気配もした。次の停留所まで一緒にいられたのだ、と思ったときには、もう立ち上がっていた。
座り直すわけにもいかなかった。
二人はそのあと、別々に寺を歩きました。
わたしは寺の中の話し声を聞いていました。ちはるさんは誰とも話していませんでしたから、聞こえていたのは、自分で自分に言う独り言のほうです。
知らない人に話しかけるのが得意だと本人は言います。けれどわたしの聞いてきたかぎり、二度目からはいつも、向こうから声がします。
「押すのが早かった」
一度だけ、そう言いました。それから、もうひとつ。
「まあ、いいか」
ちはるさんはこの言い方をよくします。語尾が上がるので、本当に良いとは思っていないのが分かります。
二日目は展望台へ行きました。
柿沢の紅葉は、山の斜面が一面に色づくのではなくて、谷に沿って帯のように色が走る形なのだそうです。ちはるさんが宿のパンフレットを読み上げていたので覚えました。
展望台で、羽場さんとまた会いました。
わたしは足元に置かれました。地面に近いところで、二人の靴の音を聞いていました。
今朝も霧は出なかったのだという。羽場は、今年は駄目かもしれません、と言って、それから、でも紅葉はいいですね、と付け足した。
付け足したのだ、と思った。自分に気をつかっている。
「どちらにお泊まりですか」
「霧屋です」
「わたしもです」
言ってから、少し嬉しくなった自分に気づいて、ちはるは嬉しくなったことのほうを持て余した。同じ宿なら、明日の朝も会える。それだけのことで一日が違ってくる。
「写真、撮りましょうか」
お願いします、と言ってしまってから、髪を触った。触ってから、触ったことに気づいて、やめた。
三枚撮ってもらった。フィルムの巻き上がる音が、一枚ごとにした。デジタルではないのだ、と改めて思った。今日撮ったものを、今日見ることはできない。
一枚目のあと、少し間があった。風が谷から上がってきて、二人の上着が同じ向きに鳴った。
「もうちょっと右」
「右ですか」
「あ、いえ、僕から見て右なので、そちらから見ると左です」
「ややこしいですね」
「ややこしいです」
二枚目。羽場がふいに近づいて、位置を直した。近づいたぶんだけ、声が小さくなった。
この距離で話す人だ、とちはるは思った。近づいたら声を落とす人と、近づいても同じ音量で喋る人がいる。前者のほうが、たぶん、こちらの耳のことを考えている。
三枚目の前に、二人とも同時に笑った。何がおかしかったのかは、あとで思い出せなかった。おかしかったから笑ったのではなかったのだと思う。
同時に笑うというのは、わたしの聞いてきたかぎり、そう起きることではありません。七年で四度目でした。
「あの、これ、どうやってお渡ししたら」
来た、と思った。
鞄を取ろうとして、持ち手を握り直した。
ちりん。
そこへ、バスが一台着きました。
団体のお客さんでした。四十人ほどでしょうか。展望台は急に、靴と声とシャッターの音でいっぱいになりました。人と人のあいだを通って動く音、すみません、すみません、という声。
二人のあいだに、人が四人か五人入りました。
わたしの音は、その中では何の役にも立ちません。三百八十円の鈴ですから。
人が引いたとき、あの吸う息は、向こうの端で聞こえました。別の人に写真を頼まれていたようです。
追いかければよかった。
すみません、さっきの話ですけど、と言えばよかっただけだ。言葉にすれば十文字もない。それなのに、人が引いたときにはもう、その十文字を言うのにふさわしい間が終わっていた。
間というものは、誰も待っていてくれない。
それから五分ほど、ちはるさんの靴の音がしませんでした。すぐには帰らなかったのだと思います。
その夜、ちはるさんは宿の部屋で、撮ってもらった写真のことを考えていたようです。畳の上で寝返りを打つ音が、いつもより多かったので。
わたしは壁ぎわの床に置かれた鞄の上にいました。音の返りが近いので、壁ぎわだと分かります。湯から上がってきたちはるさんが、鞄の中を探して、また閉めました。何を探していたのかは分かりません。探し物をする音と、探し物のふりをする音は、少し違います。後者は手の動きが遅いのです。
明日の朝、ロビーで会えるかもしれない。そう言って、一度起きて、髪のゴムを二度鳴らして、また寝ました。
三日目の朝、ちはるさんはロビーのソファに座って待ちました。
朝食の終わる音がして、仲居さんの軽い足音が二度通って、玄関の戸が四回開きました。四回とも、あの吸う息ではありませんでした。
霧を撮りに出たのかもしれません。出ない年は三日いても出ない、と話していた人です。出る朝なら、暗いうちに出ます。
帰りの駅で会いました。
柿沢の駅は、ホームがひとつしかありません。特急は一日に四本しか停まらないのだと、宿の人が話していました。
ちはるさんがベンチに座って、鞄を隣に置いていました。わたしはそこから、駅の音を全部聞いていました。切符を切る音、自動販売機の落ちる音、遠くで鳴っている踏切の音。
羽場さんが来て、あ、と言いました。
ちはるさんも、あ、と言いました。
三度目だ、とちはるは思った。
三度も会うということは、たぶん、そういうことなのだ。そう思ってから、そう思った自分を少し笑った。旅先ではいつもこうなる。三度会えば運命だと思い、帰りの電車で思わなくなる。
それでも、ベンチの隣に置いていた鞄を、膝に移した。
寺の話をして、団体客の話をした。
「あの、昨日の写真ですけど」
「柿沢のお蕎麦、塩辛くなかったですか」
かぶせてしまった。わざとではない。写真の話になると、渡す渡さないの話になって、そうしたらこの十五分が終わってしまう気がした。
「あれは辛いんじゃなくて、濃いんです」
「同じじゃないですか」
「違います」
違うらしかった。違う、と言うときだけ、この人は少し強くなる。
霧は結局、出なかったという。
「来年も来ますか」
「来ます」
即答だった。来ない年がないのだ、この人には。
来年もここに来ようかな、と言いかけて、やめた。言えば、来年の十一月に誰かと会う約束をすることになる。約束をして、来なかったときのことを、ちはるはもう知っている。
この十五分のあいだ、声のあいだの空白は一度も一秒を超えませんでした。バスの日より、一秒縮まっていました。わたしはそれを数えていました。数えるくらいしか、できることがないのです。
特急が来ました。
二人は同じ車両に乗りました。ちはるさんが座ってから、羽場さんの足音が八歩ぶん先へ行きました。それきり、声は届かない距離になりました。
四十分乗って、乗り換えの駅に着きました。
降りるとき、羽場さんが後ろから追いついてきました。
短く、息を吸う音がしました。わたしの知っている吸い方でした。
「あの、よかったら」
来た、と二度目に思った。
今度こそ聞き逃さないように、と身体が先に動いて、鞄の持ち手に手を伸ばした。
ちりん。
発車メロディが鳴りはじめました。
同じホームの反対側に、別の線が着いていたようです。それがちょうど出るところでした。メロディは十二秒ありました。そのあとにドアの閉まる音が入り、駅員の笛が入りました。
羽場さんの声は、そのどれよりも小さいものでした。
ちはるさんは、すみません、もう一度いいですか、と言いました。
羽場さんは、いえ、と言いました。
それから、お気をつけて、と言って、階段のほうへ歩いていきました。急いでいない足音でした。羽場さんが乗るのは、次の電車だったようです。
いえ、というのは、たいしたことじゃない、という意味のいえだった。
たいしたことだったのかもしれないのに、と思った。
追えばよかった。階段まで十歩もない。
けれど、追って、それでどうなるのか、という考えのほうが先に来た。連絡先を交換して、月に何度か短いやりとりをして、半年後にどちらからともなく途切れる。そういうのを、ちはるは二回やっている。二回とも、途切れたことより、途切れるまでのあいだずっと何かを待っていた自分のほうを、あとになって恥ずかしく思った。
二十四のときは走った。走って、届かなくて、それでも走ったことのほうを覚えている。
今日は走らなかったことを覚えるのだ、と思った。
どちらがましなのかは、分からない。
ちはるさんは動きませんでした。足の向きを変える音も、鞄を置く音もしませんでした。
一分くらい、何も鳴りませんでした。
鞄の持ち手は握られたままでした。走るときの握り方です。けれど足は動きませんでした。
人間は、走ると決めてから走るまでに、思ったより長くかかるものらしいのです。
それから、鞄を持ち上げて、笑いました。
声を出して笑ったので、近くで首の動く音がしたくらいです。
「まあ、こういうこともある」
語尾が上がりませんでした。今度は、本当にそう思っています。
ちはるさんはよく走ります。
二十四の夏、波守の海で、最終の船に向かって走りました。走る前にちりん、と鳴って、それから桟橋の板の音が三十六歩ぶん鳴って、そこで止まりました。
二十六の秋、梳ヶ峰の山小屋で、朝いちばんに出ていく人を追って走りました。あのときもちりん、と鳴って、それから砂利の音でした。
どちらも、あと少しのところで届きませんでした。
今回は、走りませんでした。走ると決めて、走らなかったのは初めてです。
わたしにできることは、鞄に付いていることだけです。空港で、駅で、宿の玄関で、ちはるさんが自分の鞄を見分けられるように、そこにいる。それがめじるしの仕事です。
七年やってきて、一度も替えられていません。ちはるさんは、こういうところで律儀な人です。
帰りの電車で、手帳を開く音がしました。ペンの音が二度して、きりお、と小さく言って、それから、スキー、と言いました。書くとき口が動く人なので、こちらには分かります。
三月に、雪を見に行くそうです。
今回、わたしは三度鳴りました。
よく鳴る鈴でよかったと思います。
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