復讐のオーバーテイク
施設を出て二年。
バイト代を削って道場に通い詰めたのは、すべてこの日のためだ。
目の前にはおじいさんから手渡されたヘルメット。傷だらけで色褪せている。
胸には『OVERTAKE』のロゴ。
「じいさん、行ってくる」
俺は二十歳の拳を握りしめ、夜の街へ飛び出した。
キーをオン、キルスイッチRUNを確認。
バイクのキックペダルをゆっくり下ろす。
俺の名前は飛鳥馬勇輝。
両親は八歳の頃に殺されてしまった。
それから施設に預けられ、両親を殺した悪の組織『ヘルズローラーズ』に復讐を誓い、柔道部に入り、体作りをした。
施設を出てからも、俺は復讐のために身体を鍛え続ける。
小さい頃から近所に住むおじいさん、古賀弘樹さんに良くしてもらっていた。
学生時代、弁当を持たせてくれたのは彼だった。
実はヘルズローラーに対抗する組織『OVERTAKE』の科学者だったって知った時は、運命を感じた。
ペダルが重くなる。
そこから勢いよく踏み下ろす。
エンジンがかかったのを確認すると、じいさんから譲り受けたバイクはアスファルトを蹴り上げていく。
ザッ。
「古賀博士、敵の位置を改めて、確認したい」
ザザッ。
『勇輝。ヘルズローラーズは東の操車場にいるぞい』
「了解」
通信を切り、アクセルを回す。
吹け上がるマフラーからは、けたたましい音が夜の街に響いた。
操車場にはバイクの集団がたむろしていた。
「そこまでだ! ヘルズローラーズ!」
「来たか、オーバーテイク」
黒ずくめの集団の一味に囲まれ、俺は身を構える。
彼らには悪いが、俺の目的のために倒させてもらう。
左から飛んできた拳をかわし、右前方から来るパンチを避け、カウンターを食らわせる。
腕輪で筋力増強された俺の拳が相手を前に飛ばす。
「やるようだが、幹部補佐殿の手を煩わせる必要もないだろう」
そう言う鉄パイプの男が俺に向かって振りかぶる。
鉄パイプを左で受ける。
俺の腕に金属の固い感触が伝わり、足に力が入る。
ジンと痺れる感覚を覚え、少しよろめいた。
「お前は雑魚とは違うようだな……!」
右足でローキック。ブーツで脚力を増強しているためか、相手の骨の音が全身に伝わる。
「ぐはっ……」
集団を蹴散らしていると、高みの見物をしていたこの集団のボスがゆっくりと拍手する。
「おやおや。初戦闘でここまでやるとは、さすが飛鳥馬の血だ」
こいつ、両親を知っている?
「わからないんですか? 私ですよ、勇輝くん」
「なにを言って――」
「私はヘルズローラーズの幹部補佐、ジャック・リー。君のご両親を手にかけた幹部の補佐ですよ」
「な……っ」
その時、氷漬けにされて崩れ去る両親の顔が頭をよぎった。
いつも夢を見る。今日も、明日も。
「私はね、君と会っているんです。ええ、小さい君はとてもかわいらしかった」
ジャックは舌で唇を舐め、続ける。
「母親にすがりついて泣き叫ぶ君がかわいそうで、かわいそうで。ああ、食べちゃいたいほどかわいらしかった。まぁ、幹部に止められ誘拐しそびれましたがね」
肩ぐるまをしてくれた父さん、泣き虫だった俺を優しく慰めてくれた母さん。
その思い出を踏みにじられた気がした。
「ご両親を亡くし、自棄にでもなるかと思ったらこの再会。これは運命ですよね?」
「バカを言うな! お前が両親の仇と知ったからには、容赦はしない!」
腕輪のボタンを押し、顔の横に掲げる。
炎をまとった腕は、特殊なレーシングスーツのお陰で熱さもへっちゃらだ。
ザッ。
「古賀博士。両親の仇に会った。炎は何分までなら持つんだ?」
『もって五分じゃな』
「了解。それで仕留められなかったら、撤退する」
タイムリミットで、決めてみせる。
「おや? 見たことのない能力だ。君はどんなショーを見せてくれるのかな」
黒いレザーライダースのファスナーが光る。線を描いて空を跳ぶ。
ジャックは着地と同時に地面を蹴り上げ、こちらに距離を詰める。
俺はその俊敏さに後ろに下がった。ブーツが鳴り、土埃が地面を這う。
「ふん、炎はただのお飾りでしたか」
右手は動けなかった。
避けた地面が白く凍りついている。
当たれば俺の炎に当たり、爆発が起こっていたかもしれない。
これがヒーローとしての本当の戦いなのか。
凍結能力相手には、分が悪い。俺は腕輪のボタンをオフにして、炎をまとうのをやめる。
拳を握りしめ、振りかぶる。
「遅いですよ」
ひらりと大仰にかわし、華麗にお辞儀するジャック。
ジャックが腕で円を描くと、辺りが凍りついた。
「君は本当に成長しましたね。でも、成長した君には用はありません」
コンテナが白くなり、俺の息も凍てつく。
ふと右腕を見ると、霜がついている。
感覚も、ない。
「ふふ、どうです? 炎だけが人間を死に至らしめる訳ではないんですよ!」
俺の左頬にジャックの拳が入る。
「……ぐっ!」
頭を掴まれ、ボディに蹴りを入れられる。
くらり、なんとか立っているのが、やっとだ。
「ははは! 初陣は失敗でしたねぇ!」
その後も続く、敵の拳と蹴りの応酬。
見守るのは、敵の部下たちの寝そべる姿だけだった。
だが、俺は見極めていた。――自惚れて、勝利に溺れる隙を。
ジャックは俺を嬲ることに夢中で距離を取り忘れていた。
俺はふらふらになりながらも、グッと距離を詰めてもう一度、左手を突き出す。
ジャックの黒いヘルメットのスクリーンが割れて、顔面があらわになる。
そこに感覚のない右の拳を叩き込み、左手でジャックの首を掴んだ。
「ぐっ……どうして、動ける……!」
「お前は油断した、それだけだ」
俺は跳躍力を活かして思いっきり地面を蹴る。
するとビルの三階ほど跳ね上がった。
浮遊感のあと、暴れるジャックを思い切り地面に叩き伏せる。
ドンッとコンクリートが割れ、幹部補佐はめり込んでしまった。
俺は膝をつきそうになるのをこらえて着地し、ジャックの首元を掴む。
「言え、幹部の誰が両親を殺した?」
「ふっ、いずれ分かることよ。覚えておけ、私が死んでも組織は死なん」
力なく幹部補佐は倒れ、俺は崩れ落ちた。
「死ぬな! まだ聞きたいことがある……!」
空に叫ぶと、ヘルメットに雨が打ちつける。
しばらくすると、博士から通信が入った。
『勇輝、大丈夫か? ……ひとまず、勝利、おめでとう』
「両親を殺した幹部の名前は聞き出せませんでした」
戦闘の様子はドローンで伝わっており、幹部補佐の情報から俺の両親を殺したやつの情報を探るとのこと。
それにしても……。
このお下がりのスーツ、なぜか俺の身体に沿うようにぴったりだ。そうか、博士は俺のために――。
華麗なヒーローとは程遠くても、俺は俺の戦いをすると、心に決めた。




