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復讐のオーバーテイク

作者: 江藤ぴりか
掲載日:2026/06/01

 施設を出て二年。

 バイト代を削って道場に通い詰めたのは、すべてこの日のためだ。

 目の前にはおじいさんから手渡されたヘルメット。傷だらけで色褪せている。

 胸には『OVERTAKEオーバーテイク』のロゴ。


「じいさん、行ってくる」


 俺は二十歳の拳を握りしめ、夜の街へ飛び出した。



 キーをオン、キルスイッチRUNを確認。

 バイクのキックペダルをゆっくり下ろす。


 俺の名前は飛鳥馬勇輝あすまゆうき

 両親は八歳の頃に殺されてしまった。


 それから施設に預けられ、両親を殺した悪の組織『ヘルズローラーズ』に復讐を誓い、柔道部に入り、体作りをした。

 施設を出てからも、俺は復讐のために身体を鍛え続ける。


 小さい頃から近所に住むおじいさん、古賀弘樹こがひろきさんに良くしてもらっていた。

 学生時代、弁当を持たせてくれたのは彼だった。

 実はヘルズローラーに対抗する組織『OVERTAKE』の科学者だったって知った時は、運命を感じた。


 ペダルが重くなる。

 そこから勢いよく踏み下ろす。

 エンジンがかかったのを確認すると、じいさんから譲り受けたバイクはアスファルトを蹴り上げていく。


 ザッ。

「古賀博士、敵の位置を改めて、確認したい」


 ザザッ。

『勇輝。ヘルズローラーズは東の操車場にいるぞい』


「了解」


 通信を切り、アクセルを回す。

 吹け上がるマフラーからは、けたたましい音が夜の街に響いた。



 操車場にはバイクの集団がたむろしていた。


「そこまでだ! ヘルズローラーズ!」


「来たか、オーバーテイク」


 黒ずくめの集団の一味に囲まれ、俺は身を構える。

 彼らには悪いが、俺の目的のために倒させてもらう。


 左から飛んできた拳をかわし、右前方から来るパンチを避け、カウンターを食らわせる。

 腕輪で筋力増強された俺の拳が相手を前に飛ばす。


「やるようだが、幹部補佐殿の手を煩わせる必要もないだろう」

 

 そう言う鉄パイプの男が俺に向かって振りかぶる。

 鉄パイプを左で受ける。

 俺の腕に金属の固い感触が伝わり、足に力が入る。

 ジンと痺れる感覚を覚え、少しよろめいた。


「お前は雑魚とは違うようだな……!」

 

 右足でローキック。ブーツで脚力を増強しているためか、相手の骨の音が全身に伝わる。


「ぐはっ……」


 集団を蹴散らしていると、高みの見物をしていたこの集団のボスがゆっくりと拍手する。


「おやおや。初戦闘でここまでやるとは、さすが飛鳥馬あすまの血だ」


 こいつ、両親を知っている?


「わからないんですか? 私ですよ、勇輝くん」


「なにを言って――」


「私はヘルズローラーズの幹部補佐、ジャック・リー。君のご両親を手にかけた幹部の補佐ですよ」


「な……っ」


 その時、氷漬けにされて崩れ去る両親の顔が頭をよぎった。

 いつも夢を見る。今日も、明日も。


「私はね、君と会っているんです。ええ、小さい君はとてもかわいらしかった」


 ジャックは舌で唇を舐め、続ける。


「母親にすがりついて泣き叫ぶ君がかわいそうで、かわいそうで。ああ、食べちゃいたいほどかわいらしかった。まぁ、幹部に止められ誘拐しそびれましたがね」


 肩ぐるまをしてくれた父さん、泣き虫だった俺を優しく慰めてくれた母さん。

 その思い出を踏みにじられた気がした。


「ご両親を亡くし、自棄にでもなるかと思ったらこの再会。これは運命ですよね?」


「バカを言うな! お前が両親の仇と知ったからには、容赦はしない!」


 腕輪のボタンを押し、顔の横に掲げる。

 炎をまとった腕は、特殊なレーシングスーツのお陰で熱さもへっちゃらだ。


 ザッ。

「古賀博士。両親の仇に会った。炎は何分までなら持つんだ?」


『もって五分じゃな』


「了解。それで仕留められなかったら、撤退する」


 タイムリミットで、決めてみせる。


「おや? 見たことのない能力だ。君はどんなショーを見せてくれるのかな」


 黒いレザーライダースのファスナーが光る。線を描いて空を跳ぶ。

 ジャックは着地と同時に地面を蹴り上げ、こちらに距離を詰める。

 俺はその俊敏さに後ろに下がった。ブーツが鳴り、土埃が地面を這う。


「ふん、炎はただのお飾りでしたか」


 右手は動けなかった。

 避けた地面が白く凍りついている。

 当たれば俺の炎に当たり、爆発が起こっていたかもしれない。


 これがヒーローとしての本当の戦いなのか。

 凍結能力相手には、分が悪い。俺は腕輪のボタンをオフにして、炎をまとうのをやめる。

 拳を握りしめ、振りかぶる。


「遅いですよ」


 ひらりと大仰にかわし、華麗にお辞儀するジャック。


 ジャックが腕で円を描くと、辺りが凍りついた。


「君は本当に成長しましたね。でも、成長した君には用はありません」


 コンテナが白くなり、俺の息も凍てつく。

 ふと右腕を見ると、霜がついている。

 感覚も、ない。


「ふふ、どうです? 炎だけが人間を死に至らしめる訳ではないんですよ!」


 俺の左頬にジャックの拳が入る。


「……ぐっ!」


 頭を掴まれ、ボディに蹴りを入れられる。

 くらり、なんとか立っているのが、やっとだ。


「ははは! 初陣は失敗でしたねぇ!」


 その後も続く、敵の拳と蹴りの応酬。

 見守るのは、敵の部下たちの寝そべる姿だけだった。


 だが、俺は見極めていた。――自惚れて、勝利に溺れる隙を。


 ジャックは俺をなぶることに夢中で距離を取り忘れていた。

 俺はふらふらになりながらも、グッと距離を詰めてもう一度、左手を突き出す。

 ジャックの黒いヘルメットのスクリーンが割れて、顔面があらわになる。

 そこに感覚のない右の拳を叩き込み、左手でジャックの首を掴んだ。


「ぐっ……どうして、動ける……!」


「お前は油断した、それだけだ」


 俺は跳躍力を活かして思いっきり地面を蹴る。

 するとビルの三階ほど跳ね上がった。

 浮遊感のあと、暴れるジャックを思い切り地面に叩き伏せる。

 ドンッとコンクリートが割れ、幹部補佐はめり込んでしまった。

 俺は膝をつきそうになるのをこらえて着地し、ジャックの首元を掴む。


「言え、幹部の誰が両親を殺した?」


「ふっ、いずれ分かることよ。覚えておけ、私が死んでも組織は死なん」


 力なく幹部補佐は倒れ、俺は崩れ落ちた。


「死ぬな! まだ聞きたいことがある……!」


 空に叫ぶと、ヘルメットに雨が打ちつける。


 しばらくすると、博士から通信が入った。


『勇輝、大丈夫か? ……ひとまず、勝利、おめでとう』


「両親を殺した幹部の名前は聞き出せませんでした」


 戦闘の様子はドローンで伝わっており、幹部補佐の情報から俺の両親を殺したやつの情報を探るとのこと。


 それにしても……。

 このお下がりのスーツ、なぜか俺の身体に沿うようにぴったりだ。そうか、博士は俺のために――。


 華麗なヒーローとは程遠くても、俺は俺の戦いをすると、心に決めた。

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