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第五章「引き金を引く」

いよいよ最終章です。


価値観の違いから始まったすれ違いは、

「逃げるか、引き金を引くか」という形になりました。


ヒーローは特別な存在ですが、

引き金を引くのは、いつだって誰かの決断です。


裕太が何を選ぶのか。

そして桃子と、どんな言葉を交わすのか。


最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。

 赤いジャケットの男と、青いジャケットの男に連れられて、僕は現場を離れた。


 サイレンの音が遠ざかる。

 野次馬のざわめきも、背中の方に置いていかれる。


 気づけば、車に乗せられていた。


 後部座席。

 左右に挟まれる形で座っているのに、乱暴に扱われている感じはしない。

 ただ、逃げ道がない。


 赤いジャケットの男が、スマホを一度だけ確認してから言った。


「……木村裕太君。少し、時間をくれ」


「どこに行くんですか」


「本部だ」


 本部。

 その言葉だけで、胸の奥が冷える。


 桃子のいる場所。

 桃子が帰ってくる場所。

 そして今は――桃子が帰ってこられない場所。


 車は、街灯の少ない道へ入った。

 郊外に向かっているのが分かる。


 青いジャケットの男は、窓の外を見たまま淡々と言う。


「君の安全は保証する。――ただし、今から見聞きすることは、口外しないでくれ」


「……分かりました」


 返事をしながら、僕は自分の声が震えているのが分かった。


 怖いのは、組織でも、秘密でもない。


 桃子が、捕まっているという現実だった。


 それが自分の言葉のせいだと、分かってしまったことだった。


     ◇


 車は、無機質なゲートの前で止まった。


 暗い中、照明に浮かぶコンクリート壁。

 監視カメラ。

 武装した警備員。


 赤いジャケットの男が、窓を少し開け、短い合図のような言葉を告げる。

 ゲートが静かに開いた。


 そのまま中へ入り、いくつかの曲がり角を抜けると、建物が見えた。


 ここが、国連戦隊ユニレンジャーの本部。


 そう思った瞬間、現実味がなくなる。

 僕は、ただの高校生だ。

 こんな場所に来る理由なんて、本来ない。


 車を降りると、冷たい空気が頬を刺した。


 案内された通路は、病院みたいに白かった。

 でも匂いは違う。消毒ではなく、金属と機械の匂い。


 扉が開く。


 広い部屋。

 壁一面にモニター。

 地図。

 数字。

 忙しなく動く人たち。


 その中心で、腕を組んで立っている男がいた。


 軍服のような制服。

 角ばった肩章。

 そして、異様に静かな存在感。


 定番の――長官、という言葉が頭に浮かんだ。


「……木村裕太君だね」


 声は低く、感情の起伏がない。


「君を呼んだのは他でもない、佐伯桃子の件だ」


 僕は、喉が乾いているのに唾を飲み込めなかった。


「桃子は……」


「捕虜になっている、

 いやどちらかというと怪物に捕縛されている、

 と言った方がわかりやすいだろうか」


 言い切られた言葉が、胸に刺さる。


「状況を説明する」


 長官の背後のモニターに映像が映る。


 荒れた市街地。

 煙。

 炎。

 壊れた建物。

 そして――一瞬だけ、巨大な影。


挿絵(By みてみん)


 映像はすぐに切り替わり、地図が表示された。


「敵は、これまでの怪人と同系統。再出現の頻度が上がっている」


 長官は、淡々と続ける。


「今回、我々は人質救出作戦を準備していた。通常は、部隊が表に出る必要はない。

 一般人の目に触れる前に、片を付けていたのだが…」


 赤いジャケットの男が、横で小さく息を吐いた。


「だが、今回は佐伯桃子が単独で出撃した」


 その瞬間、胸の奥が痛んだ。


 青いジャケットの男が、言葉を継ぐ。


「もちろん止めたさ。だが、彼女は聞かなかった」


「迷わないのが、彼女の強さなのだが」


 赤いジャケットの男が言う。


「――今回は、その強さが裏目に出たわけだ」


 僕は、拳を握った。

 指が白くなる。


「……僕のせい、ですよね」


 言葉が勝手に出た。


 部屋の空気が、一瞬だけ止まる。


 最初に口を開いたのは、金髪の女性だった。


 スーツ姿に黄色いジャケット。

 背筋が真っ直ぐで、目が鋭い。

 金髪ロングヘアを一つにまとめた、キャリアウーマンのような雰囲気。


 イエローレンジャー。

 そう直感した。


「原因かどうかは、今は重要じゃないわ」


 はっきりとした日本語。

 でも言い方は冷たいというより、仕事の口調だった。


「重要なのは、これ以上、事件を公にはできない、

 もちろん私たちの存在も」


 息が止まる。


 次に笑ったのは、もう一人だった。


 黒い肌。

 メキシコ系の陽気さと、黒人の体格。

 派手なシャツの上に、グリーンのジャケット。


 グリーンレンジャーだ。


「Yo、少年。顔色悪いぞ。寝てねぇだろ?」


 軽い。

 でも、その軽さが逆に怖い。


「でもなぁ……こんなこと初めてだぜ?」


 グリーンは、僕の目を見て言った。


「どっちかってぇと、真面目過ぎるくらいな子だった」


 それから、少しだけ笑顔を消す。


「なにを焦っていたのか、サッパリさ」


 胸が、ぎゅっと縮む。


 赤いジャケットの男――レッドだと思うその人が、僕を見た。


「君は、彼女と何があった」


「……」


 答えられなかった。


 答えたら、全部が本当に終わる気がした。


 長官が短く言う。


「感情の整理は後だ。今は、救出作戦を優先する」


 モニターに別の映像が映る。

 街の中心。

 マスコミのカメラ。

 人だかり。

 上空にはヘリ。


「――現場の騒ぎがここまで大きくなると、さすがに厳しいわね。

 ユニレンジャーが出撃すれば、映像が残るし。

 お茶の間に怪物の存在も知れ渡って日本中がパニックよ、

 揉み消しも難しくなるわ」


 イエローが腕を組む。


「この状態で正規の出撃はできない。

 下手をすると国際問題になるぞ」


 ブルーが静かに言う。


「だが、敵は人質を盾にしている。時間がない」


 長官がこちらを見た。


「そこで、木村裕太君」


 僕の背中に冷たい汗が流れた。


「君に、協力してもらえないだろうか」


「……僕が?」


 笑いそうになった。

 無理だ。

 僕は、ただの高校生だ。


 レッドが、机の上のケースを開いた。


 中にあったのは、黒い端末。

 携帯電話みたいな形。

 桃子が持っていたのと同じ物。


「ブラックの変身端末だ」


 言われた瞬間、喉が鳴った。


 グリーンが肩をすくめる。


「ラッキーだぜ? 普通の一般人が触れるもんじゃねぇ」


 イエローは、僕の目をまっすぐ見た。


「これを君に貸そう。任務が終われば回収する」


 淡々としている。

 まるで契約書みたいに。


 ブルーが、短く言った。


「この国で、これの存在を知っているのはキミだけだろう?」


「……そんな、無理ですよ、自衛隊とかではダメなんですか?」


 震える声だった。


 レッドが言う。


「無理だ、やつらに一般の兵器など通用しない、

 至近距離で戦車の砲弾でも撃ち込まなければ、

 傷一つつかないだろう」


 サングラスの奥の目が、鋭い。


「下手をすると怪人の攻撃で部隊が全滅しかねないぞ、

 これは、そういう兵器なんだ」


 胸が痛い。


 僕が、桃子を一人にした。

 僕が、逃げた。


 ここでまた逃げたら、僕は一生、それを抱えて生きる。


 正しいかどうかは分からない。


 でも――ここで立ち止まったら、本当に終わる。


 僕は、ケースの中の端末を見た。


 黒い。

 シンプルで、冷たい。


 桃子が、毎回これを持って戦っていた。


 僕は、手を伸ばした。

 

「僕が、やります…」


     ◇


 変身端末は、想像以上に重かった。


 握ると、手のひらに冷たさが残る。

 金属の匂い。


 ブルーが、装着の手順を短く説明した。


「いいか、装置の起動は単純だ、それを掲げて”変身”と叫べばいい」


 レッドが付け加える。


「スーツは超兵器だが加減が難しい。――気を抜けば大怪我じゃ済まないぞ」


 それが、脅しじゃないのが分かった。


 イエローが言う。


「あなたの役目は二つ。ピンクの救出。怪人の誘導」


「誘導……?」


 グリーンが笑った。


「郊外まで引っ張れってこと。

 街中で大暴れされたら、マスコミが全部撮っちまうだろ?

 誘い出してくれりゃ、あとは俺らがなんとかするさ」


 僕の胃がきしむ。


 何をしてるんだ、僕は。


 でも、手の中の端末が現実だった。


 出撃。


 その言葉が、僕の中で形になる。


 車に乗り、再び現場へ向かう。


 途中、窓の外に見えたニュース速報のテロップが、胸を締めつけた。


『爆発事故 原因不明 怪我人なし』


 嘘だ。


 怪我人がいないのは、桃子が守ったからだ。


 その桃子が――捕まっている。


 車は、現場の少し離れた場所で止まった。


「ここから先は、君一人だ」


 ブルーが言う。


 レッドが、黒い端末を指差した。


「キミにならできるさ」


 僕は、車を降りた。


 夜の空気が冷たい。

 遠くから悲鳴が聞こえる。


 光がちらつく。

 火。

 煙。


 そして――あの嫌な音。


 地面を引き裂くような、触手の動き。


 僕は、端末を握り締めた。


 深呼吸を一つ。


 ――逃げない。


「……いくぞ!」


 言葉が、声になった。


「変身!!」


挿絵(By みてみん)


 光が弾ける。


 黒い光。

 全身を包む感覚。


 次の瞬間――世界が変わった。


 視界が鋭くなる。

 音がクリアになる。

 空気の粒まで見える気がする。


 そして、体が――軽すぎた。


 一歩踏み出そうとしただけなのに、景色が跳ねる。


「……っ」


 止まれない。


 慌てて踏ん張ると、地面が抉れた。


 足元のアスファルトが割れる。


 衝撃が、背中まで響く。


 でも痛くない。

 怖いのは、力の方だった。


――うわっ、なんだ、これ!


 一歩で、距離が狂う。

 歩くとかいう感じじゃない、

 一歩踏み出すと時速400キロで吹き飛ぶような…


 これが、桃子の“日常”。


 この速度。

 この力。

 この世界。

 

 だから、桃子はみんなと違った。

 当たり前だ…


 僕は、唇を噛んだ。


 怪人が見えた。


 巨大な触手。

 筋肉のうねり。

 瞳。


 そして――その足元。


 倒れた車の陰に、拘束された人影が見えた。


 ピンク色のスーツ。


 桃子。


 胸が、ぎゅっとなる。


 怪人が、こちらを見た。


 次の瞬間、触手が弾丸みたいに飛んでくる。


 反射で身体が動いた。


 かわした、というより、消えた。


 気づけば、触手の外側にいる。


 風圧が遅れてくる。


 背中に冷たい汗が流れる。


 怖い。


 でも、これなら――届く。


 僕は、桃子に向かって走った。


 走った、という言葉は正しくない。


 跳んだ。

 ただ、跳んだ。


 桃子の拘束具が見える。


 怪人が、触手を伸ばしてくる。


 間に合わない。


 僕は、拳を振り抜いた。


 触手が、切れた。


 自分でも理解できないくらい簡単に。


 桃子の拘束が緩む。


 彼女が、こちらを見た。


 ヘルメット越しに、目が見えないはずなのに、分かった。


 驚いている。


 そして――理解している。


 あと少し。


 僕は…桃子の手を掴んだ!


 怪人が吼えた。


 触手が、壁のように押し寄せる。


 街の中で戦えば、建物が壊れる。

 人が巻き込まれる。


 僕は、イエローの言葉を思い出した。


 そうだ、誘導する!


 僕が怪人を郊外へ引きずり出す


 桃子を守るため。

 街を守るため。

 そして――僕自身が、逃げないために。


 僕は、怪人の視界に入る位置へ跳んだ。


 そして叫んだ。


「こっちだ!!」


 自分の声が、黒いスーツのスピーカーで響く。


 怪人が、こちらに向き直る。


 釣れた。


 僕は、桃子を抱えて全力で走った。


 景色が流れる。

 風が切れる。

 街灯が線になる。


 背後で爆発音。

 触手が地面を抉る音。


 かすったら死ぬ。


 でも、足が止まらない。


 怖いのに、止まらない。


 郊外の開けた場所へ出た。


 そこに――待っていた。


 赤。

 青。

 黄。

 緑。


 ユニレンジャー。


 そして、ピンク。


 桃子が、そこにいた。

 呼吸を整えながら、立ち上がっている。


 レッドが叫ぶ。


「――今だ!」


 隊員たちが一斉に動く。


 巨大な武器が展開される。


 大砲。

 いや、砲というより――兵器。


 軍の兵器じゃない。

 それよりも、ずっと。


 ブルーが短く言う。


「軍隊の兵器じゃ通用しない。――だから、これを使う」


 グリーンが笑う。


「派手にいくぜ!」


 イエローが、淡々と手順を読み上げる。


「照準固定。対象ロック」


 怪人が吼え、触手を振り回す。


 レッドが、僕に向かって手を伸ばした。


「ブラック!」


 名前を呼ばれた。


 僕は、反射で目を向ける。


 レッドが、端末のようなトリガー装置を投げてよこした。


 受け取る。


 重い。


「撃て!」


「……僕が?」


「お前が誘導した。お前がここまで連れてきた。――だからお前が、引け」


 息が止まる。


 引き金。


 僕は、ただの高校生だ。


 でも、今ここで、逃げたくない。


 大砲を支えている桃子が、こちらを見た。


 ヘルメット越しでも、分かった。


 彼女は、何も言わない。

 でも、ちゃんと見ている。


 僕は、トリガーを握り直した。


 怪人が、こちらへ突っ込んでくる。


 もう迷う時間はない。


 僕は、引いた。


 光が走る。


 轟音。

 閃光。

 世界が白くなる。


 次の瞬間、怪人の身体が――崩れた。


 触手が焼け落ち、筋肉が裂け、瞳が砕ける。


 それでも、最後まで倒れようとしない。


 レッドが叫ぶ。


「――今!」


 桃子が跳ぶ。

 ピンクの軌跡。

 最後の一撃。


 怪人が、完全に沈んだ。


 静寂。


 風の音だけが残る。


 僕は、膝が笑っているのが分かった。


 黒いスーツの中で、汗が冷えていく。


 レッドが、僕の肩を掴んだ。


「よくやった、少年!」


 その声は、思ったより静かだった。

 

「やるねぇ~」


 グリーンが笑う。

 

「たいしたものね」


 イエローも一息つく。


 そしてブルーが、短く言う。


「――ほら、撤収するぞ」


 イエローが、周囲の監視を確認している。

 グリーンは、遠くを見ながら口笛を吹いた。


 桃子が、僕の前に来た。


 ピンクのスーツのまま、少しだけ首を傾げる。


「……裕太くん、なの?」


 名前を呼ばれて、胸が痛くなった。


 僕は、何も言えなかった。


 レッドが、僕の手の中のトリガーを見て言う。


「ほら、そろそろブラックは返してもらうぞ」


 その言い方は、命令じゃない。


 僕は頷いた。


 スーツが消える。


 世界が、元に戻る。


 音が鈍くなる。

 身体が重くなる。


 戻ってしまった。


 でも、知ってしまった。


 桃子の世界を。


 桃子の“日常”を。


     ◇


 本部へ戻ったあと、しばらくして、僕は別室へ通された。


 椅子。

 テーブル。

 窓のない部屋。


 そこに、桃子が入ってきた。


 制服ではなく、簡素なジャージ。

 髪は少し乱れている。


 でも目だけは、いつも通り落ち着いている。


「……ごめんね」


 最初に言ったのは、桃子だった。


「私が、先走っちゃったから」


 僕は首を振った。


「違う。……僕だ」


 声が震えた。


 桃子が少しだけ眉を上げる。


「裕太くん?」


 僕は、息を吐いた。


「僕……本当は、好きだから告白したんじゃないんだ」


 桃子は、驚いた顔をしなかった。


 ただ、聞く顔をした。


挿絵(By みてみん)


「価値観が違うって言われて、振られて……」

「訳が分からなくて、腹が立って……」

「そんなとき桃子が、価値観って言葉を嫌がってるのを聞いて」

「……断られないと思った」


 最低だ。

 言葉にするほど、最低だ。


 でも、ここで嘘をついたら、また逃げることになる。


「それで……元カノに色々言われて」

「僕は、桃子に……酷いことを言った」


 桃子の目が、少しだけ揺れた。


 でも、表情は崩れない。


 崩れないからこそ、胸が痛い。


「生きてる世界が違うって」

「嫌いになったわけじゃないって」

「……元カノと同じことを、言った」


 桃子は、黙っていた。


 長い沈黙。


 やがて、彼女は小さく息を吐いた。


「うん。言われた」


 淡々としている。

 でも、どこか掠れている。


「裕太くんが混乱してるのは分かってた」

「でも、ああ言われたら……さすがに、きつかったな」


 初めて、桃子が“きつい”と言った。


 胸が締めつけられる。


「ごめん」


 言葉が、それしか出ない。


 桃子は、少しだけ視線を落とした。


「……私ね」


 静かに言う。


「人を守るの、慣れてる」

「極限状態も、慣れてる」

「……でも、ああいうのは慣れないな」


 裕太の言葉。

 “生きてる世界が違う”。


 それが、どんな武器より痛いのだと、今なら分かる。


「だから、出撃した」

「……正直、冷静じゃなかった」


 僕は、息を呑んだ。


「全部、僕のせいだ」


「全部じゃないよ」


 桃子が、僕の方を見る。


「でも、少しは……ある」


 否定しない。

 責めもしない。


 ただ、事実として置く。


 それが桃子の誠実さだった。


 僕は、拳を握った。


「……ブラックのスーツ」


 言葉が出た。


「すごかった」

「一歩踏み出すだけで、世界が消えた」

「怖かった」

「……あれを、桃子はずっと使ってたんだよね」


 桃子は小さく頷く。


「うん。慣れるよ」


 慣れる。

 その軽さが、逆に恐ろしい。


「軍隊の兵器じゃ傷つかないって、言ってた」

「……そんな相手と、毎日」


 桃子は、少しだけ笑った。


「毎日じゃないよ」

「でも、いつ来るか分からない」


 僕は、喉が鳴った。


 僕の“普通”は、桃子にとっては“帰ってこられるか分からない日常”。


 僕は、椅子から立ち上がりそうになるのを堪えた。


「……僕、さ」


 声が小さくなる。


「好きって言えるほど、まだ分からない」

「でも、逃げたくない」


 桃子が、ゆっくり瞬きをした。


「逃げないって、どういう意味?」


 その問いは、試すためじゃない。

 確認だった。


 僕は、息を吐いて言った。


「次に何か起きたら」

「価値観が違うとか、世界が違うとか」

「そういう言葉で逃げない」


 桃子は、少しだけ唇を噛んだ。


 それから、ほんの少しだけ笑った。


「……それ、ずるい」


「え?」


「ずるいけど」

「……嬉しい」


 その“嬉しい”が、救いみたいに胸に落ちた。


 桃子は、立ち上がって、扉の方へ一歩だけ動いた。


「じゃあ」


 振り返って言う。


「また、学校でね」


 それだけ。


 でも、それだけで十分だった。


 僕は、頷いた。


 桃子が部屋を出る。


 扉が閉まる直前、彼女が小さく付け足した。


「裕太くん」


「……うん」


「次は、ちゃんと話そう」


 扉が閉まる。


 静かになった部屋で、僕は一度だけ深呼吸した。


 まだ、何も解決していない。

 でも――


 終わっていない。


 それだけが、今は確かだった。

 

【最終章・完】

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。


この物語は、

怪人との戦いというよりも、

「違う世界にいる人と向き合えるか」という話でした。


ブラックのスーツは超兵器ですが、

本当に重かったのは引き金でした。


価値観が違う。

生きる世界が違う。

その言葉で終わらせるのは簡単です。


でも、もう一度話すことを選べるかどうか。


二人の関係がどうなったのかは、

きっと皆さんの想像の中にあります。


またどこかで、彼らが普通に学校で過ごしていることを願って。


本当にありがとうございました。

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