第四章「違う世界にいる人」
第四章です。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
今回は、いわゆる「戦隊もの」らしい派手な展開は控えめで、
かなり重たい会話が続く章になっています。
価値観が違う、世界が違う、
その言葉がどれだけ相手を傷つけるのか。
そして、言ってしまった側もどこかで逃げている、
そんな瞬間を書きました。
桃子は強いです。
でも、強いからといって平気なわけじゃない。
そのズレが、ようやくはっきり見えてくる章だと思います。
少し息苦しいかもしれませんが、
この章があるからこそ、次に進める物語になっています。
最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
放課後の校舎は、昼間よりも少し静かだった。
窓から差し込む光はもう白くなく、
長く伸びた影が、廊下の床を斜めに切っている。
桃子と話す約束をしたのは、
昼休みのあと、クラスに戻る途中だった。
廊下の窓に映った自分の顔を見て、足が止まった。
ひどく疲れた顔をしていた。
何かに怒っているわけでも、
誰かを責めたいわけでもない。
ただ、逃げ場がない顔だった。
昨日のあゆみの話を聞いてから、
ずっと、そのことばかりを考えていた。
このまま何も言わなかったら、
桃子は、きっと何も聞かずに待つ。
それが、余計に怖かった。
――ちゃんと話さなきゃ。
それが誠実なのか、
ただ終わらせたいだけなのか。
自分でも分からないまま、
メッセージを送った。
このまま何も言わずに時間が過ぎていくのが、
正しい気がしなかった。
正しい、という言葉が、
最近はやけに重い。
「裕太くん」
校舎裏の、人通りの少ない場所。
先に待っていたのは、桃子だった。
「待った?」
「ううん」
それだけで、会話が一拍止まる。
気まずさ、というより、
お互いに言うべき言葉を探している感じだった。
「昨日さ」
桃子が、先に口を開いた。
「ごめんね。ちゃんと話せてなくて」
「……いや」
謝られる理由が、よく分からなかった。
「なにか忙しそうだったし」
桃子は、いつも通りの口調だった。
落ち着いていて、感情の起伏が少ない。
それが今は、少し怖い。
「裕太くん、ずっと考えていたでしょ」
不意に、そう言われた。
「いろいろ」
否定できなかった。
「この間のこととか」
「……うん」
「それと、私のこと」
図星だった。
しばらく、沈黙が落ちる。
風が吹いて、校舎のどこかで窓が鳴った。
「ね」
桃子が、少しだけ視線を外して言う。
「無理……しなくていいよ」
昨日も聞いた言葉。
でも今は、その意味が違って聞こえる。
「私に合わせようとしなくていい」
「……合わせてたつもりは」
「あるよ」
桃子は、即答だった。
「気づいてないだけ」
責める口調じゃない。
ただ、事実を並べているだけだった。
「映画も、カフェも、
全部、私の反応を見てた」
胸が、少し痛くなる。
「楽しかったかどうかじゃなくて、
大丈夫かどうか、って顔してた」
否定できなかった。
「裕太くん、優しいから」
その言葉が、
なぜか、褒め言葉に聞こえなかった。
「でもさ」
桃子は、そこで一度、言葉を切った。
「それ、しんどくない?」
返事が、すぐに出てこなかった。
代わりに、
頭の中に、あゆみの声が蘇る。
――相手に合わせちゃうタイプでしょ。
――無理しなくていい。
――価値観が合う人の方が、楽。
「……しんどい、かも」
正直な言葉だった。
桃子は、小さく頷いた。
「だったら」
何か言おうとした桃子を、遮った。
「でも……言っていいのか、分からないけどさ」
「……?」
「じゃあ、どうすればよかったんだよ。
何も考えずに言いたいこと言って、
嫌われてもいいってことか?」
「え?」
「そうしないと、うまくいかないって思ってたんだ。
相手の機嫌を損ねないようにして、
自分の言いたいことは後回しにして」
「それが優しさだって、
それが大人だって、
そうしないと関係が壊れてしまうって」
「だから、ちゃんと話そうって――」
「違う。話したら、
もっと分からなくなる気がしたんだ」
「それでも、私は話したかったから」
「正直さ……
先日のあれ、無理だった」
桃子が黙る。
「人が死ぬかもしれない場所に、
何度も行くんだろ?
それが“日常”なんだろ?」
桃子は、まっすぐこちらを見る。
「裕太くん、混乱してるでしょ」
「……」
「普通の生活の中で、
ああいうの見たら、当然だと思う」
“普通”。
また、その言葉。
僕は、気づけば口を開いていた。
「嫌いになったわけじゃないよ」
その言葉を聞いた瞬間、
胸の奥が、ひどくざわついた。
あゆみと、同じだ。
「……桃子」
「なに?」
一度言葉にしたら、
止まらなかった。
「価値観が違うっていうか」
桃子の表情が、ほんの一瞬だけ固まる。
拒絶じゃない。
逃げ道を用意する言い方。
「生きてる世界が、違う気がする」
言ってしまった。
「嫌いになったわけじゃない」
続けた言葉は、
自分でも驚くほど、冷静だった。
「でも、ああいうのが当たり前の世界にいる人と、
僕は……」
最後まで、言えなかった。
言わなくても、
伝わってしまったから。
桃子は、しばらく黙っていた。
怒るでも、泣くでもなく、
ただ、考えている顔だった。
「……そっか」
そう言って、
小さく笑った。
「そう思うの、普通だよ」
あまりにも、あっさりしていた。
「ごめんね。
私、説明するの下手だから」
謝る理由なんて、ないはずなのに。
「裕太くんの世界、壊すつもりなかった」
その言葉が、胸に刺さった。
「だから」
桃子は、いつもの調子で言う。
「ここで一回、止めとこ」
「……止める?」
「距離置くのも、ありだと思う」
言葉を選んでいるのが、分かった。
「ちゃんと考えてからでいい」
「私、待つのは慣れてるし」
その言葉が、
どうしても引っかかった。
「慣れてるって……」
「そういう仕事だから」
軽く言う。
でも、目は笑っていなかった。
「じゃあ」
桃子は、一歩下がった。
「今日はこれで」
「……ああ」
「またね」
手を振って、
背を向ける。
その背中が、
昨日より、遠く見えた。
その夜。
テレビをつけると、
見覚えのある光景が映った。
爆発音。
逃げ惑う人。
規制線。
『本日夕方、市街地で発生した爆発事故について――』
息が詰まる。
胸騒ぎがして、スマホを見ると、
SNSには、断片的な投稿が流れていた。
――ヒーローいたよな?
――ピンクのやつ
――捕まったってマジ?
――デマでしょ
胸が、嫌な音を立てる。
「……そっか」
桃子の言葉が、脳裏に浮かぶ。
居ても立ってもいられなくなり、
ジャケットを羽織ると、玄関を飛び出していた。
現場近くまで行くと、
消防車のけたたましい音とともに、
野次馬の輪ができていた。
「ヒーローがやられたらしい」
「人質取られたって」
喧騒の中から、そんな言葉が耳に入る。
そのとき。
「……君」
背後から、声をかけられた。
振り向くと、サングラスをかけた青年が二人。
一人は赤いジャケット、
もう一人は青いジャケットを着ていた。
「キミ、木村裕太君だろ。
佐伯桃子について、何か知らないか」
「あの、誰ですか?」
「あぁ、すまない。怪しい者じゃないんだ」
そう言って、警察手帳のように、
開く手帳を見せた。
「……United Nations、国際連合」
先日の事件を思い出す。
国連戦隊ユニレンジャー。
桃子は、変身したとき、そう言っていた。
「キミ、佐伯桃子が戦っているところを見たんだろ?
彼女の報告書に、そう書いてあったよ。
よければ、少し話を聞かせてもらえないかな?」
サングラスの奥で、
赤いジャケットの男は、表情を変えなかった。
「実は彼女が、一人で出撃し、敵に捕まった」
青いジャケットの男は、
淡々と状況を語る。
「本来は、人質救出のための作戦だった。
一般人の前に、俺たちが出る必要はなく、
こんな大事になることはなかった」
「……じゃあ、なんで」
「彼女が、引き受けた」
短く、それだけ言う。
「『自分に任せて』と」
喉が、ひくりと鳴った。
「無茶だって、止めた。
だが、彼女は判断が早い」
「早い……?」
「迷わない。
それが彼女の強さで、
今回は、弱さだった」
青いジャケットの男が続ける。
「人質を優先した。
結果、怪人に間合いを詰められた」
「……捕まったのは」
「市民を守るためだ」
言い切る声。
言い訳も、強調もなかった。
「彼女は、よくやった。
ヒーローとしては、な」
その一言で、
胸の奥が、決定的に沈んだ。
――ヒーローとしては。
「普段の彼女は、そんな無茶をする隊員ではない。
今回は、何か先走っていたというか」
「そして、木村裕太君。
キミの名前も、彼女から何度か聞いている」
「裕太君。キミ……
彼女と最近、何かあったのか?」
赤いジャケットの男は、
サングラスを少し下ろした。
その瞳は、切羽詰まった、そのものだった。
「……」
答えられなかった。
「判断が、少しだけ荒れていた。
原因は分からない」
その瞬間、
校舎裏での会話が、鮮明によみがえった。
――生きてる世界が、違う気がする。
――嫌いになったわけじゃない。
足元が、崩れた気がした。
違った。
世界が違ったんじゃない。
俺が、
彼女を一人にしたんだ。
正しいかどうかは、分からなかった。
ただ、
ここで立ち止まったら、
本当に終わってしまう気がして。
だから俺は、
何も言わずに、
二人の後ろについて歩いた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
裕太が口にした言葉は、
一章であゆみが使った言葉と、ほとんど同じです。
それが意味するものは、
「相手を理解できなかった」という事実だけではなく、
「理解しようとする前に距離を取った」という選択でした。
一方で桃子は、
最後まで話し合おうとし、説明しようとし、
それでも相手を否定しません。
ヒーローだから、ではなく、
人としてそう在ろうとしているからです。
そしてラストに登場した赤と青の男たち。
彼らはまだ名前も立場も明かしていませんが、
裕太にとっては「現実そのもの」として現れました。
次章では、
裕太が“選ばされる側”から“選ぶ側”に立つことになります。
この章が苦しかった方ほど、
次の章はきっと熱く感じてもらえると思います。
よろしければ、引き続きお付き合いください。




