第二章「普通のデート、普通じゃない」
第二章です。
今回はデート回……のつもりで書き始めましたが、
裕太にとっては少しずつ違和感が積み重なっていく章になっています。
前章よりは軽めに、
でも確実に「何かがおかしい」方向へ進んでいます。
お楽しみいただければ幸いです。
待ち合わせ場所は、駅前の映画館だった。
土曜の昼で、人はそれなりに多い。
家族連れやカップルが行き交う中で、僕は改札の横に立って、スマホを何度も確認していた。
桃子に声をかけたのは、あの日の放課後から二日後だった。
付き合うことになった、という実感はまだなくて、
でも何もしないまま時間が過ぎていくのも落ち着かなかった。
放課後の廊下で、桃子を見つけて、
少しだけ迷ってから、声をかけた。
「……あのさ」
「なに?」
桃子は足を止めて、いつも通りの表情で振り返った。
「あの、今度……どこか行かない?」
自分で言っていて、
ずいぶん曖昧な誘い方だと思った。
桃子は少しだけ考えるように視線を上に向けてから、
すぐに頷いた。
「いいよ」
拍子抜けするくらい、あっさりだった。
「え、いいの?」
「うん。暇な日なら」
「じゃあ……今度の週末に映画とかどうかな?」
「いいよ。どれでも」
どれでも、という言葉に、
一瞬だけ言葉が詰まった。
「……じゃあ、僕が決めるね」
「うん。それでいいよ」
桃子はそう言って、小さく笑った。
嬉しそうでも、嫌そうでもない、
ちょうど真ん中みたいな笑顔だった。
「時間とか、場所とかも、任せるよ」
「分かった」
それだけ話して、
桃子は手を軽く振って、廊下の向こうに歩いていった。
その後ろ姿を見送りながら、
そのときの僕は、こう思っていた。
――断られなかった。
――それで十分だ。
その言葉の意味を、
考えようとはしなかった。
そしてデート当日。
昨晩はあまり眠れなかったからか、体が少しだるかったが、
それでも普段より早い時間に目が覚めた。
洗面所で顔を洗い、髪を軽く整える。
鏡の中の自分は、特別変わった様子もない。
着ていく服を何着かベッドの上に並べる。
その中の一つに手を伸ばして、途中で止まった。
前の彼女が褒めてくれた服だった。
少しだけ考えてから、何もなかったみたいに元に戻す。
今日は、そういうデートじゃない。
楽しみにしていたわけでもないけど。
でも、雑にはしたくなかった。
お昼前に待ち合わせだったけど少し早く家を出た。
前は、遅れると怒られたっけ。
「今から向かうね」とメッセージを送ろうしたけど、
着いてから連絡でいいかなと思いやめた。
駅の改札、桃子の姿はまだない。
――早すぎたかな。
そう思った瞬間、後ろから声がした。
「裕太くん?」
振り向くと、桃子がいた。
制服ではなく、私服だった。派手じゃないけど、よく似合っている。
「ごめん、待った?」
「いや、全然。今来たとこ」
実際は十分以上前に来ていたけど、言わなかった。
「映画だよね。何観るの?」
映画館は駅前のショッピングモールに併設されている。
桃子はそう言いながら、ポスターが並ぶ方を見た。
「えっと……」
正直、そこから相談するものだと思っていた。
前の彼女とは、いつもそうだったから。
「これでいいんじゃない?」
桃子が指差したのは、公開したばかりのアクション映画だった。
「え、いいの?」
「うん。時間もちょうどいいし」
即決だった。
一瞬だけ、拍子抜けした。
悪い意味じゃない。ただ、早すぎた。
チケットを買って、ポップコーンを買って、
気がついたら、もう席に座っていた。
映画は、普通に面白かった。
爆発があって、派手な音楽が流れて、
分かりやすい勧善懲悪で、何も考えずに観られる。
上映中、つい気になって桃子の表情を確認してしまう。
スクリーンの明かりに照らされた彼女の横顔は、
集中して楽しんでいる様子が伺えた。
エンドロールが流れたとき、桃子が小さく言った。
「面白かったね」
「……うん」
それだけだった。
前の彼女なら、
「どこが良かった」とか
「このシーンどう思う?」とか
もう少し話した気がする。
別に不満じゃない。
ただ、少しだけ、間が余った。
映画館を出て、近くのカフェに入った。
「何飲む?」
「アイスコーヒーでいいよ」
「いいよ、って……」
「裕太くんは?」
「じゃあ、同じで」
注文も、すぐ終わった。
お昼ご飯もまだだったので、
ランチメニューのサンドイッチのセットを二人で選んだ。
席に座ってからも、桃子は落ち着いていた。
スマホをいじるでもなく、
周りをキョロキョロ見るでもない。
「疲れてない?」
ふと、そう聞いてしまった。
「ん? 全然」
笑顔だった。
「裕太くんは?」
「僕は……まあ、普通」
本当は、少しだけ疲れていた。
人混みと、慣れない空気のせいかな。
でも桃子は、最初から最後まで変わらない。
「楽しくなかった?」
一瞬、ドキッとした。
「いや、楽しいよ」
嘘ではなかった。
「そっか」
それだけ言って、桃子はコーヒーを飲んだ。
――楽しい、の基準が違うのかもしれない。
そう思ったけど、口には出さなかった。
合わせてくれているのは、分かる。
でも、合わせることに、疲れていない。
それが、不思議だった。
カフェを出て、駅前を少し歩いた。
「次、どこに行く?」
桃子が聞いてきた。
「えっと……特に決めてないけど」
「じゃあ、ここで解散でもいいよ」
軽い口調だった。
「え?」
「無理に長くいなくてもいいでしょ」
断られたわけじゃない。
突き放された感じもしない。
でも、その言葉は、少しだけ胸に引っかかった。
――僕は、この人にとって、どういう存在なんだろう。
考え始めた瞬間だった。
突然、遠くで爆発音がした。
地面が揺れて、悲鳴が上がる。
「……なに?」
僕がそう言うより早く、
桃子の表情が変わった。
笑顔が消えて、目が鋭くなる。
「裕太くん、下がって」
声のトーンが違った、次の瞬間だった。
轟音が頭上を裂いた。
車が――本当に、車が宙を舞っていた。
金属が潰れる音と衝撃が一緒に来て、
後ろの建物に叩きつけられる。
「……え」
言葉が出なかった。
人混みの向こうに、異形がいた。
触手のような腕を振り回し、地面を抉り、
巨大な瞳が、こちらを向く。
あれが、テレビで見た爆発事故の正体なのか。
考える前に、体がすくんだ。
逃げなきゃいけないのに、足が動かない。
「裕太くん、私の後ろに!」
桃子が、一歩前に出た。
ポケットから、不思議な形の端末を取り出す。
「変身!」
短い声。
次の瞬間、視界がピンク色に染まった。
光が弾け、立っていたのは、
もう“佐伯桃子”じゃなかった。
「国連戦隊ユニレンジャー!」
スーツに身を包んだ、ピンクの戦士。
迷いのない立ち姿。
さっきまで隣にいた彼女と、同じはずなのに、
まるで別の存在だった。
怪人が動く。
地面をえぐる触手が、一直線に振り下ろされる。
避けきれない、と思った瞬間――
ピンクの影が、前に出た。
衝撃。
空気が震え、視界が揺れる。
何が起きたのか、正確には分からなかった。
ただ、あれが少しでも自分に当たっていたら、
無事では済まなかった、それだけは分かった。
ピンクレンジャーは、止まらない。
跳ぶ。
叩き込む。
怪人が吹き飛び、建物に叩きつけられる。
周囲の音が、遠のいていく。
僕は、その場から動けなかった。
――ああ。
そのとき、はっきり分かった。
僕は最初から、
この人の世界に、いなかったんだ。
「……裕太くん」
名前を呼ばれて、我に返った。
いつの間にか、地面に座り込んでいた。
視界の端で、人が慌ただしく動いている。
目の前にしゃがみ込んだのは、桃子だった。
もうスーツはなくて、いつもの彼女の姿だった。
「怪我はない?」
声は、さっきまでと同じだった。
「あ、うん……たぶん」
体を動かしてみる。
どこも、痛くはなかった。
桃子は、ほっとしたように息をついた。
「よかった」
それだけ言って、立ち上がる。
あまりにも普通で、
さっきの光景が、夢だったみたいに感じた。
「……慣れてるんだね」
思わず、そう言っていた。
桃子は一瞬だけ、言葉に詰まった。
「慣れた、というより……仕事だから」
そう答えて、小さく笑う。
その笑顔は、さっきまでの戦士のものじゃなかった。
でも僕は、もう知ってしまった。
この人が、毎日どんな場所に立っているのかを。
「今日は……ごめんね」
「え?」
「普通のデート、途中で終わっちゃって」
謝る必要なんて、ないはずなのに。
僕は、首を横に振った。
「……いや」
それ以上、言葉が続かなかった。
何を言っても、
軽くなってしまう気がした。
桃子は少しだけ首を傾げて、
いつもの調子で言った。
「じゃあ、また今度ね」
その「今度」が、
本当に来るのか分からないまま、
僕は黙って頷いた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
第二章は、
裕太が「知ってしまった」章でした。
桃子の正体や戦闘そのものよりも、
一番大きいのは
自分がそこに立てない側だと気づいてしまったこと
なのだと思います。
次章では、
何も決められないままの日常と、
距離の取り方に悩む裕太の視点を描いていく予定です。
引き続き、お付き合いいただけると嬉しいです。




