表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰もやりたがらない仕事ですが、私はけっこう楽しいですよ?  作者: 秋月 もみじ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/10

第6話 王太子の困惑と再会


「……目立ちすぎです」


私はブラインドの隙間から外を覗き、深いため息をついた。


魔導廃棄区の薄汚れた路地に、一台の馬車が停まっている。

紋章は塗りつぶされているが、車輪に使われているサスペンション魔道具が最上級品だ。

あんなものを乗り回していたら、「ここに金持ちがいます、襲ってください」と宣伝しているようなものだ。


「アレク、来客対応をお願いします。私はお茶を淹れますから」


「……いや、もう入ってくるぞ」


アレクが剣の柄に手をかけたのと同時に、事務所のドアが開かれた。


入ってきたのは、灰色のマントを目深に被った青年。

フードを下ろすと、そこには見覚えのある金髪と、宝石のような碧眼があった。


王太子エドワード殿下だ。


「……汚い場所だな。空気が澱んでいる」


第一声がそれだった。

彼はハンカチで口元を覆い、部屋の中を見回した。

机の上に散乱する魔道具の部品、壁に貼られた怪しげな図面。

王城の整然とした執務室とは正反対のカオスだ。


「いらっしゃいませ、殿下。お忍びですか? 変装のつもりなら、その靴を履き替えるべきでしたね。泥汚れ一つない革靴は、ここでは浮きます」


私は皮肉を混ぜて挨拶した。

アレクが私の前に立ち、殿下を睨みつける。


「何のご用でしょうか。ここは追放された罪人の住処ですが」


「下がれ、アレク。……今日は公務ではない。私的な確認に来た」


殿下はアレクの威圧に怯むことなく、まっすぐに私を見た。

その瞳には、以前のような感情的な怒りはない。

あるのは、冷徹な探究心と、隠しきれない焦燥。


「クロエ。先日の『ゴミ山事件』……余はずっと考えていた。なぜ、我が国の精鋭である魔導師団が敗北し、貴様たちが勝利したのか」


彼は近くの椅子(比較的きれいなもの)に座った。


「彼らは『成功』するための教育を受けてきた。だが、貴様は『失敗』を使った。……余には理解できない。なぜ失敗が力になる?」


「簡単なことです」


私は彼に、湯気の立つマグカップを差し出した。

中身は高級茶葉ではなく、薬草茶だ。


「殿下。この世界に『完璧な魔法』など存在しません。どんな術式にも必ずバグ(構造的欠陥)があります。宮廷魔導師たちは、それを『ないもの』として無視するように教わっている。だから、想定外の事態に弱い」


私は壁の黒板を指差した。

そこには、学院の魔力循環グラフが描かれている。


「私は逆です。バグを愛し、バグを管理する。失敗のパターンを知り尽くしているから、相手の失敗(暴走)も誘導できる。それだけのことです」


「……管理、だと?」


「ええ。これをご覧ください」


私は机の引き出しから、分厚いファイルを一冊取り出した。

表紙には『王立学院危機管理レポート・最終警告版』とある。


殿下はそれを手に取り、ページを捲った。

最初は怪訝そうだった彼の表情が、次第に青ざめていく。


「……なんだ、この数値は。防壁の劣化率が八十パーセントを超えている? 魔力パイプの閉塞率に至っては……」


「限界突破しています。私が在学中に掃除していたのが嘘のように、今はゴミが詰まっているでしょうね」


私は淡々と事実を告げた。


「殿下。あなたが誇る『神聖な学院』は、今や火薬庫です。小さなボヤ騒ぎで済んでいたのは、安全装置がギリギリ機能していたから。でも、それももう限界です」


殿下はファイルを閉じ、強く拳を握りしめた。


「……ガレイン学院長は、こう言った。『設備は万全だ。クロエの報告書は、自分を追放した腹いせの捏造データだ』と」


「そう言うでしょうね。自分の管理責任になりますから」


「だが! 余は……」


殿下は言葉を詰まらせた。

私のデータを信じたい。

先日の事件で、私の実力は証明されているからだ。

しかし、それを認めることは、国の権威である学院長を断罪することになる。

政治的なリスクが大きすぎるのだ。


迷い、苦悩する王太子。

真面目な人だ。

完璧であろうとするあまり、身動きが取れなくなっている。


「殿下。信じるか信じないかは、あなたの自由です」


私は彼の手からファイルを取り返した。


「ですが、物理法則は忖度してくれません。権威があろうとなかろうと、壊れる時は壊れます」


「……いつだ」


低い声。


「いつ、壊れる」


「私の予測アルゴリズムによれば」


私は黒板のグラフの、一番端を指で叩いた。


「明日です」


「明日だと!?」


殿下が立ち上がる。

アレクも息を呑んだ。


「明日は学院で『聖祭』が行われる日だ。全校生徒が集まって、大規模な儀式魔法を……」


「最悪のタイミングですね。高密度の魔力が集中すれば、老朽化した回路が一気に焼き切れます。……ボヤでは済みません。王都の三分の一が吹き飛ぶ規模の大爆発になります」


室内が静まり返る。

聞こえるのは、壁掛け時計の秒針の音だけ。


殿下は額に汗を浮かべ、私を見つめた。

その目には、決意の光が宿り始めていた。


「……クロエ。貴様の予言データ、預からせてもらう」


「どうするおつもりで?」


「学院長に中止を命じる。……だが、証拠が足りんと言われるだろう。それでも、余の権限で強引に縮小させることはできるはずだ」


彼はマントを翻した。


「それと。貴様には『監視』をつける」


「監視? まだ私を疑うのですか?」


「違う! ……護衛だ」


殿下は少し顔を赤らめ、そっぽを向いた。


「もし貴様の予測が正しければ、事態収拾には貴様の力が必要になる。その時までに死なれては困る。……アレク」


「はっ」


「貴様は引き続き、この『危険人物』を見張れ。騎士団への報告は余が握りつぶしてやる」


アレクが目を見開き、そして深く頭を下げた。


「感謝いたします、殿下」


「勘違いするな。国のためだ」


殿下は最後に一度だけ、私を振り返った。


「……クロエ。もしこの危機を乗り越えられたら、その時は……」


言いかけて、彼は首を振った。


「いや、今はよそう。生き残ることが先決だ」


殿下は足早に出て行った。

嵐のような訪問者だった。


ドアが閉まると、アレクが深いため息をついた。

彼は不機嫌そうに腕を組んでいる。


「……気に入らないな」


「何がです? 逮捕されなくて良かったじゃないですか」


「そうじゃない。殿下の、あの目だ」


アレクは私の近くに寄り、上から覗き込んできた。

琥珀色の瞳が、妙に熱っぽい。


「クロエ。君は気づいていないかもしれないが……殿下は君を『再評価』し始めている。ただの元婚約者としてじゃなく、もっと……重要な存在として」


「当然です。私は唯一無二の専門家ですから」


「そういう意味じゃないんだがな……」


アレクはガシガシと頭を掻いた。

なぜ彼がイライラしているのか分からない。

お茶菓子を出さなかったのが、そんなに不満だったのだろうか。


「アレク。そんなことより準備です」


私は黒板に向き直り、チョークを走らせた。

明日の『聖祭』。

止められるとは思えない。

学院長は自分の権威を示すために、警告を無視して強行するだろう。


「爆発は止められません。だとしたら、私たちの仕事は一つ」


私は振り返り、アレクを見た。

彼は不貞腐れた顔をしながらも、剣のベルトを締め直している。


「爆発を『デザイン』することです。被害ゼロの、美しい失敗にするわよ」


「……ああ。君の指揮なら、地獄の底でも付き合うさ」


アレクがニカっと笑う。

その笑顔を見ると、胸の奥が少しだけ温かくなる。

これはデータにはない反応だ。

バグかもしれない。


けれど、悪くないバグだ。


明日は決戦だ。

私は震える手を隠すように、白衣のポケットに突っ込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ