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誰もやりたがらない仕事ですが、私はけっこう楽しいですよ?  作者: 秋月 もみじ


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第4話 学院の崩壊


「所長! またコンロの火がカエルになっちまった! 直してくれ!」

「クロエさん、うちの井戸が歌い出したのよ。どうにかして!」


魔導廃棄区にある私の事務所は、ここ数日、戦場のような賑わいを見せていた。

ドアベルが鳴り止まない。

依頼人は、安価な中古魔道具を使ってトラブルに見舞われた下町の人々だ。


「並んでください。整理券を配ります」


私は白衣の袖をまくり、次々と持ち込まれる「失敗」を捌いていく。


カエルの火には、燃焼式の定義ファイルを書き換え。

歌う井戸には、共鳴キャンセラーの術式をチョークで上書き。


「はい、修理完了。報酬は銅貨三枚です」

「おお、すげえ! あんた魔法使い様だったのか!」


客たちは喜んで帰っていく。

机の上には、小銭の山と共に、貴重な「エラー実例集」が積み上がっていた。

充実している。

誰にも邪魔されず、ひたすらバグを潰す日々。

これこそ私が求めていたスローライフだ。


だが、その平穏は唐突に破られた。


カランコロン。


ドアベルが重々しく鳴る。

入ってきたのは、見慣れた赤髪の騎士――アレクだった。


しかし、いつものような「やあ、クロエ」という気安い挨拶はない。

彼は制服の襟を正し、帯剣したまま直立不動で私を見下ろした。

その瞳は、痛々しいほどに張り詰めている。


「……客は、いないな」


低い声。

私は書きかけのレポートから顔を上げた。


「今は休憩中です。どうしました? そんな怖い顔をして。また剣を爆発させて、上司に怒鳴られたんですか?」


冗談めかして言ったが、彼は笑わなかった。

アレクは無言で懐から一枚の羊皮紙を取り出し、机の上に置いた。

そこには王家の紋章と、『重要調査令状』の文字。


「クロエ・フォン・ベルシュタイン。王立騎士団特務隊として、君に問いただす」


空気が凍りつく。

アレクは拳を固く握りしめ、絞り出すように言った。


「現在、王立ライオネル魔導学院にて、原因不明の魔法事故が多発している。……学院長ガレイン氏は、これを『退学者による悪意ある破壊工作』だと主張している」


「破壊工作?」


「ああ。君が退学する際、校内の主要設備に時限式の呪い(ウィルス)を仕掛けたという容疑だ」


私は瞬きをした。

そして、数秒後。


「ぷっ」


吹き出してしまった。

あまりにも馬鹿馬鹿しくて、笑いが止まらない。


「ふ、ふふっ! 破壊工作? 私が? そんな非効率なことをするわけないでしょう」


「笑い事じゃない! これは反逆罪に関わる嫌疑だ!」


アレクが机を叩いた。

その勢いに、積み上げた小銭が崩れる。

彼は本気だ。

いや、本気で心配しているのだ。

私を見る目が、「頼むから否定してくれ」と叫んでいる。


私は笑いを収め、眼鏡の位置を直した。


「アレク。事実確認をしましょう。事故の内容は?」


「……第一実験棟の防壁崩落。食堂の冷却装置の暴走。あとは、中庭の転移ゲートが誤作動して、生徒が池に飛ばされた」


「発生時期は?」


「君がいなくなってから三日後から始まり、日に日に件数が増えている」


私は頷いた。

完全に計算通りだ。

グラフにしたら綺麗な右肩上がりになるだろう。


「アレク。それは呪いではありません。単なる『メンテナンス不足』です」


「メンテナンス?」


私は立ち上がり、後ろの書棚から古い日誌を一冊抜き出した。

表紙には『学院内ボランティア清掃記録』と書いてある。

それをアレクの前に放る。


「読んでみなさい」


アレクはおずおずと日誌を開いた。


「……『○月×日、食堂の魔力パイプにヘドロ状のノイズあり。除去』『○月△日、実験棟の結界石にヒビ。補強術式を追加』……これは?」


「私が在学中、毎朝やっていた日課の記録です」


私はコーヒーを淹れながら説明した。


「あの学院の設備は、創業百年レベルの骨董品ばかりです。基礎設計(OS)が古すぎて、現代の魔法を使うとすぐにメモリリークを起こす。だから私は、誰も登校していない早朝に、校内を回ってバグ取り(掃除)をしていたんです」


誰に頼まれたわけでもない。

ただ、自分が実験をする際に、環境が不安定だとデータが狂うから。

あくまで自分のための環境整備だった。


「でも、私は追放されました。当然、掃除をする人間はいなくなる。今まで私が密かに食い止めていた小さなエラーたちが、積もり積もって噴出した。ただそれだけのことです」


「じゃあ、君は……」


「無実です。強いて言うなら、私の罪は『有能すぎて後任がいなかったこと』くらいですね」


私は胸を張った。

事実なのだから仕方がない。


アレクは日誌を持ったまま、呆然としていた。

やがて、その肩が震え出す。


「……ははっ」


乾いた笑い声。


「そうか。そうだよな。君がそんな、陰湿な真似をするはずがない。君なら堂々と正面から『ここが欠陥だ』と言い放つはずだ」


「よく分かっているじゃないですか」


アレクの表情から、険しい氷が溶け落ちていく。

彼は日誌を丁寧に閉じ、私に返した。


「すまない、クロエ。一瞬でも、君を疑うような真似をした」


「職務でしょう? 気にしていません」


「いや、俺の目が曇っていた。……上層部には『証拠なし』と報告する」


彼はきっぱりと言った。

だが、その声には微かな陰りがある。


「でも、アレク。それだとあなたが責められるのでは? 学院長は犯人を欲しがっているんでしょう?」


「構わない。俺は元々、厄介者だ。始末書が一枚増えるくらい、どうってことないさ」


彼は強がって笑ったが、その笑顔は少し歪んでいた。

学院長の権力は絶大だ。

一介の騎士が逆らえば、ただの降格では済まないかもしれない。

最悪、彼まで職を失う。


(……それは、困る)


彼は貴重なサンプルであり、そして。

何より、私のために彼が不利益を被るのは、計算が合わない。

貸借対照表バランスシートのマイナスだ。


私はコーヒーカップを置いた。


「アレク。その報告書、少し待ってください」


「え?」


「『証拠なし』では弱すぎます。相手は証拠を捏造してでも私を吊るし上げる気でしょう。ならば、こちらも対抗策カウンターが必要です」


「対抗策って……何をする気だ」


私はニヤリと笑った。

眼鏡の奥で、瞳孔が開く。


「簡単です。学院長が隠している『真の事故原因』を、数字で証明してあげればいい。私の手元には、過去三年分の学院の『脆弱性データ』が全て揃っていますから」


「そ、それを公開したら、学院の権威が地に落ちるぞ」


「知りませんよ。先に喧嘩を売ってきたのはあちらです」


私は日誌のページをパラパラと捲った。

そこには、学院が無視し続けてきた「失敗」の山が記録されている。


「それに、今の状況はまだ序の口です。私の予測では、あと一週間以内に『大崩壊』レベルの事故が起きます」


「なんだって……?」


「その時になって慌てても遅い。だから、準備をしましょう」


私はアレクの手を取り、強く握った。

彼の手は大きくて、温かい。


「私の無実と、あなたの立場。両方とも守ってみせます。……失敗魔法専門職の腕の見せ所ですね」


アレクは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに力強く握り返してきた。


「ああ。信じるよ、クロエ。君のその、とんでもない自信を」


共犯関係が成立した瞬間だった。

窓の外では、不穏な風が王都の貴族街の方角へ吹き抜けていく。

嵐の前の静けさは、もう終わりを告げようとしていた。

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