第3話 ダンジョンのゴミ掃除
「……ここが、君の城か」
事務所のドアが開くと同時に、長身の影が差し込んだ。
アレクだ。
今日は焦げた制服ではなく、少しマシな私服を着ている。
それでも、大柄な体躯が小さな入り口を圧迫していた。
私は机の上の回路図から顔を上げた。
「『城』ではありません。安全管理事務所です。それで、今日は何の用ですか? また剣を爆発させたのなら、修理費は三割増しですよ」
「違う。……いや、剣は好調だ。驚くほどにな」
アレクは気まずそうに頬を掻いた。
その表情には、どこか落ち着かない色が浮かんでいる。
「今日は、仕事の話だ。君の専門分野らしい案件がギルドで滞留していてな」
「私の専門? 失敗魔法に関するトラブルですか?」
「ああ。ダンジョンでの誤作動事故だ」
私は羽ペンを置いた。
誤作動。
その響きだけで、脳内のドーパミンが分泌されるのを感じる。
「詳しく聞かせなさい。即座に」
***
案内されたのは、王都近郊の初心者向けダンジョン『碧の回廊』。
本来は薬草採取やスライム退治に使われる安全な場所だ。
しかし今は、入り口に『立入禁止』のロープが張られている。
「けっ、騎士様が連れてきた『専門家』ってのは、こんなひょろっとした嬢ちゃんかよ」
現地で待ち構えていたのは、冒険者ギルドの古参職員だった。
無精髭を生やし、いかにも不機嫌そうだ。
私の白い魔導服を見て、鼻を鳴らした。
「ここは遊び場じゃねえんだ。元貴族のお嬢様に何がわかる」
典型的な反応だ。
私は感情スイッチを切る。
怒るだけ時間の無駄だ。
「挨拶は不要です。現象の説明を」
私は手帳を開きながら淡々と告げた。
職員は顔をしかめたが、アレクが背後から無言の圧をかけると、渋々口を開いた。
「……罠だよ。三層の通路にある『麻痺矢』の罠が、誰も踏んでねえのに作動しまくるんだ。おかげで怪我人が続出だ。幽霊の仕業じゃねえかって噂になってる」
「幽霊など非科学的です。魔力的な要因が必ずある」
私はロープをくぐった。
アレクが慌てて追いかけてくる。
「クロエ、先行しすぎるな。魔獣が出るぞ」
「あなたが斬ればいいでしょう。そのための護衛です」
「……君は、俺を便利使いしすぎじゃないか?」
文句を言いながらも、彼は剣を抜いて私の前に立った。
頼もしい壁だ。
これなら私は、足元の解析に集中できる。
ダンジョン内部は湿っていた。
苔の匂いに混じって、妙に甘ったるい刺激臭が鼻をつく。
(……この匂い、どこかで)
三層に到着する。
問題の通路は、石造りの一本道だ。
壁には無数の穴が開いており、そこから麻痺毒を塗った矢が発射される仕組みになっている。
「いいか、絶対に床のスイッチを踏むなよ」
職員が警告する。
だが、その言葉が終わる前だった。
ヒュンッ!
誰も何も触れていないのに、矢が一本、虚空を切り裂いた。
アレクが剣で叩き落とす。
「反応が早いですね」
「褒めてる場合か! 何もしてないのに作動したぞ!」
「いいえ、『何か』は起きています」
私はゴーグルを下ろし、魔力視を起動した。
視界が暗転し、魔力のラインが青白く浮かび上がる。
罠の回路は正常だ。
物理的なスイッチも摩耗していない。
だが、回路の周囲に、ピンク色の靄のようなものが漂っている。
それがスイッチの接点に触れるたび、誤信号を送っていた。
「……原因特定。これ、ゴミですね」
「あ?」
私は通路の隅、瓦礫の陰を指差した。
そこには、割れたガラス瓶の破片が山のように捨てられていた。
瓶の底には、ドロドロとした液体が残っている。
「あれは初級ポーションの空き瓶です。それも、調合に失敗して酸化した粗悪品」
「なんでそんなもんがここにある」
「初心者の錬金術師が、練習で作った失敗作をこっそり捨てたんでしょう。街で処分すると金がかかりますから」
私はハンカチで鼻を覆い、破片に近づいた。
「失敗したポーションは揮発性が高い。このガスが空気中のマナと反応して、微弱な電気信号を発しているんです。それが罠の感圧センサーを誤魔化している」
いわゆる、魔力的なショートだ。
原因がわかれば単純な話だ。
職員が舌打ちをした。
「なんだ、ただのゴミかよ。じゃあ掃除すりゃいいんだな? おーい、誰か箒を持ってこい!」
「待ってください。掃いたら摩擦熱で引火しますよ」
私が止めるのも聞かず、職員は瓦礫を足で蹴飛ばそうとした。
「は? たかが失敗作だろ、何が――」
「伏せて!」
私はとっさに職員の襟首を掴み、後ろへ引き倒した。
同時に、アレクがマントを広げて私たちを覆う。
ボッ!!
蹴飛ばされた瓶の一つが、小さな火柱を上げた。
連鎖反応で、周囲のガスが一瞬だけ燃え上がる。
小規模だが、直撃すれば火傷では済まない。
「ひぃっ!?」
職員が腰を抜かす。
「言ったでしょう。失敗作は不安定なんです。普通の掃除はできません」
「じ、じゃあどうすんだよ! このままじゃ通行止めだぞ!」
私は燃え残った瓶を見つめた。
不安定で、揮発性が高く、衝撃で爆発する。
普通なら、専門の処理班を呼んで一日がかりで中和作業が必要だ。
金も時間もかかる。
でも。
私なら、もっと「効率的」な使い方ができる。
「アレク、壁を壊す許可は取れますか?」
「は? ……ギルドの管轄だから、緊急避難なら事後承諾で通るが」
「十分です」
私はニヤリと笑った。
チョークを取り出し、床に散らばるポーションの破片を囲むように円を描く。
そして、その円を壁の亀裂へと接続する線を引いた。
「な、何をする気だ?」
「ゴミ掃除です。ついでに、新しい道を作ります」
失敗ポーションは、見方を変えれば「着火剤」だ。
これだけの量があれば、指向性の発破作業に使える。
「術式構築。揮発成分を収束。目標、右壁面クラック。起爆!」
指を鳴らす。
カッ!
眩い光と共に、轟音が響いた。
しかし、炎は私たちがいる通路には広がらず、まるで吸い込まれるように壁の一点へと集中した。
ズガガガガッ!
土煙が舞い、壁が崩れ落ちる。
そこには、罠だらけの通路を迂回して、次の階層へ繋がる大きな穴が開いていた。
もちろん、可燃性のガスも爆発ですべて燃え尽きている。
「換気完了。ついでにショートカットコースの開通です」
私はパンパンと手袋の埃を払った。
職員が口をあんぐりと開けて、穴と私を交互に見ている。
「お、お前……失敗作を爆弾にしやがったのか……?」
「有効活用です。ゴミも片付いて一石二鳥でしょう?」
「……でたらめだ。こんな貴族、見たことねえ」
職員は震える声で言ったが、その目には先ほどまでの侮蔑はなかった。
あるのは、畏怖と、隠しきれない感嘆。
アレクが私の隣で、深く息を吐いた。
「……君の『安全管理』は、心臓に悪いな」
「そうですか? 誰も怪我していないし、最適解ですよ」
私は手帳に『完了』のチェックを入れた。
これでまた一つ、貴重な「失敗データ」が収集できた。
「さあ、戻りましょうアレク。報酬で新しい実験器具を買わないと」
私が歩き出すと、背後で冒険者たちがざわめき始めた。
「あいつ、何者だ?」「廃棄区のやべー奴らしいぞ」「爆発を操る魔女か?」
不名誉なあだ名が増えている気がするが、まあいい。
名前を覚えられるのは、商売繁盛への第一歩だ。
私は足取り軽く、薄暗いダンジョンを後にした。
隣を歩くアレクが、呆れながらも、どこか楽しそうに笑っているのに気づかないふりをして。




