第2話 歩く爆弾との出会い
熱風が頬を叩く。
路地裏の突き当たりは、赤蓮の炎に包まれていた。
「くそっ、またか……! 抑えろ、抑え込め!」
怒鳴り声が聞こえる。
炎の中心に、一人の男がいた。
騎士の制服を着ているが、ボロボロに焦げている。
彼が握る長剣からは、バチバチと不吉な火花が散っていた。
その先には、牛ほどの大きさがあるドブネズミ――変異魔獣が、赤い目を光らせて威嚇している。
「グルァァァッ!」
魔獣が跳びかかる。
騎士は剣を振るう。
その瞬間。
ドォォン!
剣が光ったかと思うと、斬撃の代わりに爆発が起きた。
騎士自身が反動で吹き飛び、背中の壁に激突する。
魔獣は黒焦げになったが、まだ生きている。
(……なるほど)
私は建物の陰から、その光景を観察した。
ゴーグルのレンズ越しに、魔力の流れ(ソースコード)が可視化される。
騎士の体から剣へと流れる魔力が、あまりにも太すぎるのだ。
剣に刻まれた術式は、その奔流に耐えきれずに破裂している。
水道ホースに消防車の放水を流し込んでいるようなものだ。
「もったいない」
思わず声が出た。
あれだけの魔力量があれば、城壁の一つも吹き飛ばせるのに。
ただ漏出して自爆しているだけなんて、資源の浪費だ。
騎士がよろりと立ち上がる。
魔獣が追撃の構えを見せた。
次は避けられない。
私は走り出した。
「そこ! 魔力の込め方が雑です!」
「なっ……!?」
騎士が驚愕に目を見開く。
私は彼の横に滑り込み、躊躇なくその手首を掴んだ。
革手袋越しに、熱いほどの魔力が伝わってくる。
「誰だ! 離れろ、爆発するぞ!」
「させません。……いえ、させますが、方向を変えます」
私は懐からチョークを取り出し、彼が持つ剣の刀身に直接、線を走らせた。
私の魔力視には、剣の表面にある術式回路が見えている。
その一部を書き換える。
「術式干渉。排熱処理をカット。出力リミッター解除。全エネルギーを『剣先』ではなく『剣の峰』へバイパス」
「何を言っている!? これ以上魔力を流したら――」
「いいから、思い切り流しなさい!」
私は彼の手首を強く握りしめたまま、魔獣を指差した。
「あのネズミの懐へ! 爆発を推進剤にしなさい!」
騎士は一瞬、迷った。
だが、迫り来る魔獣の牙を見て、覚悟を決めたようだ。
琥珀色の瞳が鋭く光る。
「……知らんぞ、怪我しても!」
彼が魔力を爆発的に練り上げる。
剣が赤熱し、臨界点を超える。
本来なら、ここで剣が砕け散り、私たちも吹き飛ぶはずだ。
だが、私が書き加えた一本の線が、暴走エネルギーの逃げ道を作っていた。
キィィィィィン!
高周波の音が鳴る。
次の瞬間、剣の背後から青白い炎が噴出した。
「うおっ!?」
ジェットエンジンのような推進力。
騎士の体は、爆発に背中を押されるようにして、弾丸のような速度で前方へ射出された。
「速っ……!?」
彼は驚きながらも、戦士の本能で剣を構える。
加速した刃は、魔獣の防御反応を置き去りにした。
ズドン!!
一閃。
魔獣の巨体が、縦に両断される。
同時に剣から噴出した炎が、切断面を瞬時に焼き焦がした。
再生能力を持つ変異種にとって、致命的な一撃だ。
騎士は勢い余って、反対側の瓦礫の山に突っ込んだ。
土煙が舞い上がる。
静寂が戻る。
私はゴーグルを上げて、ほっと息をついた。
「成功ね。計算通り、指向性爆縮として機能したわ」
いいデータが取れた。
高魔力者専用のブースター術式。
理論上は可能だったが、被験者がいなくて試せなかったのだ。
土煙の中から、騎士が這い出してきた。
全身灰まみれだが、五体満足だ。
彼は自分の剣を不思議そうに見つめている。
刃こぼれ一つしていない。
「……折れて、ない?」
彼は信じられないという顔で私を見た。
そして、大股で近づいてくる。
長身だ。
私より頭一つ分以上大きい。
威圧感があるが、その瞳には困惑と……警戒の色があった。
「おい」
低い声。
「お前、何者だ。今の術式はなんだ」
「通りすがりの専門家です」
私は名刺代わりに、懐から『クロエ魔導安全相談所』のチラシ(手書き)を出そうとした。
だが、彼は私の手首を掴み上げた。
先ほど私が彼に触れたのと同じ場所だ。
「この区画に一般人がいるはずがない。それに、俺の魔力に干渉できるなど……帝国の密偵か?」
「は? 論理が飛躍しています」
私は眉をひそめた。
助けてあげたのに、この態度は何だ。
「私はただ、非効率なエネルギーロスが見過ごせなかっただけです。あんなデタラメな魔力操作、見ていて胃が痛くなりましたから」
「デタラメだと……?」
彼の眉がピクリと動く。
痛いところを突かれた顔だ。
「ええ。あなたは自分の魔力量に振り回されている。出力が高すぎるエンジンを、軽自動車に積んでいるようなものです」
「……軽自動車?」
「例えです。とにかく、その剣の使い方ではいずれあなた自身が壊れますよ」
私は彼の手を振りほどいた。
そして、瓦礫の上に落ちていたネズミの牙を拾い上げる。
実験素材として確保しておこう。
「礼は結構です。では」
長居は無用だ。
騎士と関わると、また面倒な権力構造に巻き込まれる可能性がある。
私は踵を返した。
「待て!」
背後から声がするが、無視して歩く。
霧の中へ逃げ込めば、私の結界内までは追えないはずだ。
「名前だけでも教えろ! 俺はアレク! アレク・グレイヴだ!」
アレク・グレイヴ。
どこかで聞いた名だ。
ああ、そうだ。
騎士団の『歩く爆弾』。
破壊被害額トップの厄介者。
(……なるほど、最高の実験体ね)
私は少しだけ振り返り、ニヤリと笑った。
「クロエ。……近いうちに、また会う気がしますね」
私の事務所のすぐ近くだもの。
どうせまた爆発させて、泣きついてくるに決まっている。
その時は、きっちりコンサルタント料を請求しよう。
私は霧の中へと姿を消した。
アレクという騎士が、呆然と立ち尽くしている気配を背中に感じながら。




