第10話 失敗は続くよどこまでも
「所長! 大変だ! 今度は『自動洗濯機』が客を飲み込んで回転してる!」
「落ち着きなさい。排水ホースを切断して逆回転させれば吐き出されます。水属性のバルブを閉めるのを忘れずに」
「へ、へい! ありがとごぜぇます!」
依頼人が慌てて飛び出していく。
ドアベルがカランコロンと軽快に鳴った。
私はふぅ、と息をつき、真新しいマホガニーのデスクに頬杖をついた。
「……平和ね」
「どこがだ」
呆れた声が横から飛んでくる。
湯気の立つコーヒーカップを置いてくれたのは、アレクだ。
彼はもう騎士団の制服ではなく、特注の執事服(戦闘用強化繊維入り)を着ている。
赤髪に黒のベストがよく似合っていた。
「ひっきりなしにトラブル続きじゃないか。予約リストを見てみろ、来月まで埋まってるぞ」
「素晴らしいことです。失敗の在庫が尽きないなんて、研究者冥利に尽きます」
私は室内を見渡した。
旧市街のボロアパートだったこの場所は、今や劇的に様変わりしている。
壁は防爆仕様のミスリル合金で補強され、床には最新鋭の魔力吸収マット。
棚には高価な計測機器がズラリと並び、部屋の隅には「王立安全管理室」という立派な金看板が飾られている。
エドワード殿下がくれた予算のおかげだ。
場所こそ「魔導廃棄区」のままだが、ここは今や王国の安全を守る最重要拠点となっていた。
……やっていることは、街の電化製品(魔道具)の修理と変わらないけれど。
「さて、次の案件は……」
私が手帳を開こうとした時、激しいノック音が響いた。
ドンドンドン!!
「た、助けてくれぇ! 家が! 私の家が私を殺そうとしているんだ!」
転がり込んできたのは、小太りの紳士だった。
身なりは良いが、服がボロボロに裂け、全身泡まみれになっている。
「あなたは……貿易商のバルバロ男爵ですね?」
「そうだ! 大金をはたいて『最新式の全自動清掃屋敷』を建てたんだが、今日いきなり屋敷が暴れ出して……!」
「暴れ出した? 具体的にお願いします」
「『汚物は消毒だ』と言って、私を庭に放り出したんだよ!」
なるほど。
私は眼鏡を押し上げた。
よくある「過学習」のケースだ。
「アレク、出動です。掃除用具の反乱を鎮圧します」
「了解。……また服が汚れそうな案件だな」
アレクは苦笑しながらも、慣れた手つきで剣を腰に帯びた。
***
現場は、貴族街の一等地に建つ豪邸だった。
しかし、その優雅な外観とは裏腹に、庭は戦場と化していた。
シュババババッ!
「うわぁぁぁッ!?」
近づこうとした警備兵が、高圧洗浄の水流に撃たれて吹き飛んでいく。
屋敷の窓という窓から、モップやブラシを持った半透明の「掃除ゴーレム」たちが溢れ出し、眼光鋭く周囲を威嚇していた。
『警告。警告。有機物を検知。排除シマス』
無機質な合成音声が響く。
「……設定ミスですね」
私はゴーグルを下ろし、屋敷全体を覆う術式を解析した。
「『汚れ』の定義変数が間違っています。ホコリや泥だけでなく、皮膚や髪の毛――つまり『人間そのもの』をゴミとして認識しています」
「なんて迷惑な欠陥住宅だ」
アレクが剣を抜く。
同時に、三体のゴーレムがこちらに反応した。
『大型ノゴミ、発見。焼却処分シマス』
ゴーレムたちが、両手の火炎放射器(本来は乾燥用ドライヤー)を構える。
「来ますよ、アレク!」
「任せろ!」
ボォォォォッ!
熱波が襲う。
アレクが一歩踏み込み、剣を一閃させた。
「散れッ!」
彼の剣から放たれた衝撃波が、炎を真ん中から切り裂く。
以前のようなデタラメな爆発ではない。
私の指導のもと、彼は「出力調整」を覚えたのだ。
……まあ、まだ「大・中・小」の三段階くらいしか切り替えられないけれど。
「中」出力の衝撃波がゴーレムを吹き飛ばす。
破片が飛び散るが、アレクは傷ひとつ負わずに私の前に立ち続けていた。
「クロエ、中枢はどこだ!」
「二階の書斎です! 制御盤があります!」
「掴まってろ!」
アレクが私を抱え上げる――いわゆる「お姫様抱っこ」だ。
慣れてしまった自分が悔しい。
「行きます!」
ドムッ!
アレクが地面を蹴る。
私たちは放物線を描いて飛び上がり、二階のバルコニーに着地した。
窓ガラスが自動で閉まろうとするが、アレクが蹴り破る。
『侵入者検知。最大出力デ洗浄シマス』
室内に入った瞬間、天井のスプリンクラーが一斉に作動した。
ただの水ではない。
強酸性の洗剤が混じった溶解液だ。
「傘を!」
私が叫ぶと、アレクがマントを広げて頭上を覆った。
ジュワジュワと布が溶ける音がする。
「急げクロエ! 俺の制服が高いんだぞ!」
「請求書は男爵に回します!」
私は書斎の奥にある、クリスタル製の制御盤に駆け寄った。
チョークを取り出し、盤面に直接、修正コードを書き殴る。
「認識阻害解除。ターゲット定義を再設定。『生体反応』を除外リストへ追加。……ついでに、過剰なセキュリティレベルを『家庭用』までダウン!」
カッ!
術式が光を放ち、制御盤に吸い込まれていく。
その瞬間。
プスン……。
天井からの溶解液が止まった。
外で暴れていたゴーレムたちも、糸が切れたように動きを止める。
『設定更新。……オ帰リナサイマセ、ご主人様』
屋敷の音声が、柔らかなトーンに変わった。
「ふぅ……。デバッグ完了です」
私はチョークを放り投げ、その場にへたり込んだ。
心臓が早鐘を打っている。
危険な作業だった。
でも、不思議と恐怖はない。
「……大丈夫か?」
アレクが溶けかけたマントを脱ぎ捨て、私に手を差し伸べてくる。
その顔には、煤と洗剤の泡がついている。
「ぷっ」
思わず笑ってしまった。
「なんですか、その顔。イケメン騎士が台無しですよ」
「誰のせいだと思ってるんだ」
アレクも釣られて笑う。
彼はハンカチを取り出し、私の眼鏡についた水滴を優しく拭ってくれた。
その距離が、近い。
琥珀色の瞳が、真っ直ぐに私を見つめている。
ドキン。
まただ。
最近、発作の頻度が上がっている。
胸の奥が熱くなり、思考回路がうまく繋がらない。
これは明らかに、私の制御下にない「バグ」だ。
「……ねえ、アレク」
「ん?」
「私、最近調子が悪いんです。あなたを見ると、心拍数や体温が異常値を示すんです」
私は、あえて分析的に言ってみた。
アレクは一瞬きょとんとして、それから耳まで真っ赤になった。
「……それは、俺も同じだ」
彼は照れくさそうに視線を逸らし、でも、繋いだ手は離さなかった。
「クロエ。君の研究によると、このバグは直せるのか?」
「いいえ。現存するどんな術式でも修復不可能です」
私は彼の手を握り返した。
「これは『仕様』として受け入れるしかありません。……非効率で、予測不能で、厄介ですが」
私は上目遣いで彼を見た。
「嫌いじゃ、ないです」
アレクが目を見開く。
そして、今まで見た中で一番優しく、嬉しそうな笑顔を見せた。
「……そうか。なら、俺たちは一生、このバグと付き合っていくしかないな」
「ええ。覚悟しておいてください。私の研究対象になった以上、逃がしませんから」
「望むところだ」
私たちは瓦礫だらけの書斎で、泥だらけのまま笑い合った。
窓の外では、バルバロ男爵が「家が直った!」と狂喜乱舞している声が聞こえる。
きっと明日も、事務所には厄介な「失敗」が持ち込まれるだろう。
爆発しそうなポット、恋に落ちたゴーレム、空を飛ぼうとする馬車。
世界は不完全で、欠陥だらけだ。
でも、だからこそ面白い。
私はアレクの腕に頭を預けた。
「さあ、帰りましょうアレク。帰ったらレポートを書かないと」
「ああ。今日の夕飯はシチューにするよ。君は野菜を食べるという『成功』を収める必要があるからな」
「うっ……それは善処します」
私たちは手を取り合って歩き出す。
失敗魔法専門職。
それは誰もやりたがらない、世界で一番騒がしくて、愛おしい仕事。
私の物語は、まだまだ「めでたしめでたし」では終わらない。
次の失敗が、角を曲がったところで待っているのだから。




