吸血鬼さんと獣人さんの修羅場②
あの後、何事かと駆けつけた大家さんに、俺はとりあえずことの経緯を説明(土下座付き)する。そして、必ず弁償・補修すると言う条件付きでなんとかことなきを終えた。
そして彼女達の待つ部屋へと戻–––––
『私のリュートに近づくな。ケモノ臭くてかなわん』
『暗闇の住人が我が物顔で人間界を歩かないで。リュートは私のだ。お前はさっさとジメッた影の中にでも消えていろ』
『調子に乗るな、くびり殺すぞ四つ足』
『そのヒョロヒョロのうっすい羽、噛みちぎってやる』
閉ざされた扉の隙間から、とんでも無くギスギスした空気が、怒気の籠った声と共に漏れ出てくる。
ひぇ〜〜思ったより仲悪いよぅ。
俺、今からこの2人の間に立たなきゃいけないの?
突如やってきたこの修羅場。
これなんだろうね?
これ、やばくね?
胸、痛くね?
ごめん。どうでも……良くないぞーこれ。。一大事ですぞーこれ。
「はぁ。仕方ない、行くか」
またあんな怪獣大戦争をおっ始められたら困る。俺は意を決して扉を開ける。
「「リュートぉ!」」
その瞬間待ち受けていたのはもふもふとスベスベだった。
2人の抱擁という名のタックルに逆らえず、俺は横転する。
2人とも耳がいいからね、扉の前にいるの気付いてたのかな。
「ごめん、ごめんね。シャルまた1人で勝手に暴走して、あの時と何も変わってなかった…リュートのことまた考えれてなかった。また間違えちゃったぁ、うぅ…リュートぉ…ごめんなさぃい」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。酷いことしてごめんなさい。乱暴なことしてごめんなさい。嫌わないでぇ!やだやだ!リュートに嫌われたくないぃぃ、ごめんなさいうわぁぁあん」
さっきのキレキレクールキャラどこ行ったんですかお二人とも。
それぞれがぞれぞれ、何やら感情を爆発させているが、2人同時に喋られて……でも俺は聞き取ることが可能である。
これもユミちゃんとの付き合いで習得した技の一つだ。
彼女はよく、SNSの動画を見せながら全く違う話を俺に振り、俺が答える前にまた別の話を始めるという、情報過多を日常的に浴びせてきていた。
そんな彼女と3年も過ごせば、同時に2人の言葉を聞き取ることなど造作もないのだ。
内容はともかく、反省はしているようなので良しとするか。
俺は慰める方向で話を進めることにした。
「シャル、大丈夫だよ。確かに話を聞かずに喧嘩をふっかけるのは良くないけど、間違えたのならまた正せばいい。それに、俺を守ろうとしてくれたんだろ?俺の為に強くなってくれたみたいだし…ありがとうな、こんな俺の為に」
俺の方へ向けられている彼女の白いつむじ。俺はそこを優しく撫で付ける。
「……んぅ」
グズグズと涙を流す彼女の口から、少し甘えた声が漏れる。
ほれほれ〜これがいいんじゃろ〜。お前の弱いところは全部知ってんだからな、げへへ〜。
さて、今度は吸血鬼の彼女だ。
『ごめんなさい』と『嫌わないで』を連呼してる彼女に語りかける。
「ラミアさん、大丈夫ですよ。俺があなたを嫌いになるわけないじゃないですか。俺はずっとあなたのそばを離れませんよ。お断りされてもついてっちゃいますからね」
ここまでダメージを受けているとは……このレベルで思い悩んでる場合はそれなりに強い言葉じゃないと響く気がしないのでね。
彼女をネガティブの沼から引き上げる為なら、ちょっとクサいことも言えちゃうんですね〜。
「………ほんと?」
ほいきた!かかったよぉ!でっかい魚がかかったよぉ〜?!
この期を逃すまいと、俺は行動を起こす。
彼女の髪に指を優しく通す。
眷属という立場の低い俺が、上の存在である主のお髪を許可なく触っていいかは微妙なところだが…まぁ大丈夫でしょ。ラミアさん優しいし。
……っていうか髪サラッサラやん。髪の毛細?!手触り良っ!
いやいや、頭髪ソムリエしてる場合じゃ無くて……
「本当ですよ、『我が主人』」
その長く綺麗な髪を絡めたまま、指を自分唇へ近づけ優しくキスをする。
わぁ、フローラルな香り〜。
へへ、こんなキザなことしたことねえから、一々動作がぎこちねえや。
「……うん。わかった」
よかった〜わかってくれた〜。
『リュートと私はずっと一緒』そう彼女が呟いた一瞬、背中にゾクりと悪寒が走った。
……まぁ多分気のせいだろう。
片手でシャルを撫で回しながら、もう片手でラミアさんを相手にする。そんな努力が実ったのか、2人ともようやく落ち着いたようだ。
少ししてから3人で部屋に戻り、彼女達の紹介をするのだった。
○●○●
––––––ということなので、お互い喧嘩したり殺気立つのはもうやめましょうね?」
本当にやめてね?フリじゃないからね?
なんとか誤解が生まれないよう丁寧に説明したつもりなんだけど……伝わったかな?俺の気持ち、受け取ってくれたかな?
2人は互いに怪訝の目を向け合う。
「……」
「……」
「あの、お二人さん?」
少しの沈黙。
だが、それを破るようにシャルがため息をこぼし、呟く。
「……わかった」
そっかそっか。わかってくれ–––––
「リュートは、そこのバケモノに呪われたんだね…シャルが絶対助けてあげるから」
––––てない!
なんっっも!わかってない!
「貴様、何も知らんくせに勝手なことを……」
「ラミアさん、本当にごめん。ちょっと俺に任せてくれるかな?」
青筋を立てる彼女を制し、ベッドの上に座るラミアの前に行く。
両膝を地面につき彼女より目線を下にした状態で両手を握る。
「シャル、俺の気持ちを勝手に推測って、決めつけで捻じ曲げるのはやめなさい」
いつに無く俺が真剣な目をしてるからか、彼女は動揺を見せ始める。
「で、でも!」
「でももヘチマもありません。謝りなさい。彼女に勘違いで襲いかかったことと、彼女を侮辱したこと……謝りなさい」
侮辱とは、あの言い合いのことではない。冤罪で批難したことだ。
犯してない罪で責められるのは、誰だって辛いからね。これは大切なことだ。
俺はラミアさんに何も危害を加えられていないし、加えられていたとしても俺が許容している時点で、少なくとも第三者が責めて良いことにはならない。
俺は彼女の瞳をまっすぐ見つめ、手をしっかり握り込む。
「……あぅ」
彼女は俯き、黙ってしまう。
そんな可愛く拗ねても許しません。俺に迷惑はいくらでもかけていいけど、他の人に迷惑かけてはいけません。
「シャル?」
「うぅ……ごめん、なさい」
彼女は俯きながらも、ラミアさんへ謝罪の言葉を送った。
「ラミアさん、ごめん。これで許してあげてくれませんか?」
俺は立ち上がりながらラミアさんの方を見る。
彼女の表情は驚きの状態で固まっていた。
「…ラミアさん?」
「…あっ、ん、う"う"ん。良い。りゅーとに免じて、ゆるす」
シャルの手前、頑張ってクールを保とうとしてるけど、なぜか声に甘さが混じっていた。
……もしかして、シャルの萎らしい態度に心奪われちゃった感じ?異種族間で、百合の花咲いちゃう感じ?
「りゅーと」
そんなよからぬ妄想をしていると、シャルが俺の服の裾を引っ張る。
この仕草と表情。
はいはい、そうですね。頑張った子は褒めてあげないとね。
「ちゃんと謝れてえらいぞシャル。」
「ん、…ん"る"る"る"る"る"」
頭や首などをマッサージしてやると気持ちよさそうに喉を鳴らす。
白玉は2歳くらいから全然喉を鳴らさなくなったから、シャルは撫で甲斐があるなぁ。
……猫の2歳って、人間の24〜5歳くらいだっけ?シャルもその頃にはそっけなくなってるのかなぁ……やばい想像しただけで泣けてくる。心がもたない。
「リュート……」
心の中でキショい涙を流していると吸血鬼の彼女からも裾を引っ張られる。
「そろそろ、血、飲みたい…」
「あ、そ、そうですよね!今日の分まだでしたね!」
献上を忘れていた。まだまだ下僕としての自覚が足りないようだ。そんな自覚、芽生えたくないけど。
「シャル、悪けど今日はここまでだ。1人で帰れるか?」
と言うか、そもそもどこから来てるんだ?
まさか、獣国からじゃないよな?え?泊めさせた方がいい感じ?
「ん、まだ心配だけど……わかった」
どうやら帰れるらしい。そんなに遠くではないのだろう。一安心だ。
『でも、最後に』そう言い、彼女は俺の前髪を彼女のもふもふの手でかきあげ、額を晒させる。
「どしたの?」
次の瞬間、彼女のもう片方の手の指が、俺の額の高さで、一閃……横に振り抜かれた。
「へ?なに、これ…?」
鋭い傷みが生じる。爪で引っかかれた?
俺のデコから血が……流れない。なんか視界の上の方で、白く、透明度の高い炎のようなものが上がってる気がする。
それは少ししてから、すぐに収まる。
「聖痕つけといたから。それ、シャルの印」
「おい!貴様ぁ!」
彼女は、ラミアさんの怒りの声を無視して、先ほどの衝撃でぶっ壊れた窓に足をかける。
「また、来る」
そう言い、ラミアさんの言葉を無視したまま闇夜に消えていった。
「えぇ……」
何が何やらわからないまま、シャルは居なくなってしまった。
……みんなはちゃんと、扉から出入りしようね?お兄さんとの約束だよ?
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