吸血鬼さんと獣人さんの修羅場①
「……あのー、シャルさんや…これは一体いつまで……」
「まだだめ。リュートがわるい」
「そっかぁ…俺が悪いかぁ……じゃあ俺が悪いねぇ」
ギルドで見事彼女に狩られた俺は、いつもの宿の、いつもの一室へ強引に案内させられ、膝の上での接待を強要させられていた。
「勝手に居なくなって悪かったよ」
「…そうじゃない」
「え?違うの?」
「メスの匂いする。誰?」
あ〜これはあれですね〜。猫カフェのバイトを始めた時の白玉と同じ反応ですね〜これ。
妬いちゃったか〜。ヤキモチをメラメラと焚き付けちゃったか〜。困っちゃうなぁ〜。モテすぎて困っちゃうなぁ〜。ははは。
心の中で乾いた笑いを起こしている場合じゃない。
「いや〜、新生活でお友達が出来まして……」
「人間って『友達』ともいっぱいくっついたりするんだ?」
「……」
「首のとこからすんごい甘いメスの匂いする」
俺はつい、ラミアさんに噛まれた箇所を手で隠してしまう。
「……へ、へへ」
婚約は破棄になっているので、例え他の女性とイチャついていようが、何も悪くないはずなのだが……
いや、そもそもあれをイチャつきと言えるかどうかは甚だ疑問ではある。向こうからしたらただの食事だしね。
「淫魔?…んーん。違う。このジメっとした感じ…吸血鬼だ」
なんだろう、見抜くのやめてもらっていいですか?(笑)
「おわっ?!」
彼女は起き上がり、何を思ったかそのモッフモフを俺の体へとくっつけ始める。
わぁ〜もふもふに包まれてる〜久しぶりだな〜良い匂〜い。じゃなくて。
「えっと、これはまたどういった趣で…」
「匂いつけてる。マーキング」
なんだか最近よくマーキングされてる気がするなぁ。
コアラのように抱きつかれているこの状況。2本の尾もそれぞれ両足に絡みつけられている。
完全に捕食されてしまったようだ。
「堕とされて、ないよね?」
「HAHAHA!舐めてもらっちゃ困るぜぇ、お嬢さん。泣かせた女は数は知れず。この男の中の男!リュート・ベルクニルがそんな簡単に籠絡されるなど、あるはずなかろうて!むしろこの俺のムワンムワンなフェロモンで虜にして、堕としてやったわ!ぬははははは!」
「シャルとの婚約、すぐ受け入れたのに?」
「……」
「シャルがちょっと甘えたら、すぐだらしない顔するのに?」
「……」
「シャルのわがままを、幸せそうにきいてたのに?」
「……」
なんだろう……えっと、その…なんだろう。とりあえずやめてもらっていいですか?(笑)
「リュートは…シャルのこと……嫌い?」
「めちゃくちゃ好きだが?」
なぜそういう思考になったのかはわからないが、その聞き方はずるい。
『嫌じゃない』なんて中途半端な返答などできるはずもない。既に俺は立派なケモナーと成り果てていた。
というか婚約者としてそれなりに付き添ってきたのだ。好きじゃない方がおかしいだろ。
シャルは照れているのか、俺の胸に顔を埋め、モゾモゾと体をなすりつけてくる。
「……というか、俺が出てった後、俺の実家からなんか言われなかった?」
彼女は、埋めていた顔をこちらへ向ける。
「……リュートの…弟?の番にされそうになった」
「『されそうになった』ってことは…?」
「うん、捨ててきた。父と母がすぐに関係を切ってくれた」
「ふ、ふーん。そっかそっか、へー。ふんふんなるほどぉ?」
「…嬉しそうだね?」
「へ?へぇ?!ま、まぁ?そうだね?NTRは俺の守備範囲外だし!?」
『ねとられ?なにそれ』と首をコテンと掲げる。
そんなちょっとした仕草に見惚れてしまう。
恐ろしい子やでぇ。
『婚約破棄したのだから』などと言っておきながら俺もまだまだ彼女に未練タラタラだったようだ。
『元カノは自分のことをいつまでも好きでいてくれる』と思い込んでる男みたいで痛々しいね俺。
反省します。
それにしても、こちらの俺の両親はおバカだなぁ。獣人に人間のしきたりだの筋だのなんだのかんだの、通用するわけもないだろうに。
関係を築けてない相手と結婚しろなんて言われて承諾なんぞしてもらえるわけもないだろうに。猫獣人なら尚更だ。
猫科の警戒心の強さ舐めてもらっては困る。
あの人達はいつもお家のことばかりを考え、俺のことも駒か何かだと思っていた。
なので俺からも特に愛着はない。むしろザマァ見ろと思っている。
彼女にその気がないなら是非是非あんな家すぐに捨てて、次の男を……。
でも、俺を追いかけてきてくれたんだよなぁ……
まずい、ちょっとウルっとくる。
ベルクニフ家の人間は皆、俺に対して雑で冷た扱いしかしてこなかった。
そんなことで一々ヘコたれる精神年齢ではなかったが、急に暖かさを向けられると……少し弱くなる。
「じゃあシャルはこれから–––––
背後から悪寒。
俺が気付くよりも早くシャルは反応しており、彼女は既に俺から離れ戦闘態勢に入っていた。毛を逆立てながら、『フーッッ』という声にならない威嚇の音を喉から鳴らす。
俺の後ろに顕現したそれを睨み付けながら。
部屋の窓や扉は閉まっているはずなのに、下から風が吹き上がり、本や机の上のものが次々と音を立てながら床へと引かれる。
巻き上がる旋風に部屋が荒らされてゆく。
「リュートぉ?……」
後ろからかかる声が俺の体を支配するかのようにまとわりついてくる。風が吹き荒れ、激しい物音が鳴っているにも関わらず、その声はどうしようもなく俺の脳内に響き渡る。
「なにしてるのぉ?」
彼女の冷たい肌が首にまとわりつく。俺の命を…魂を捕えて離さないように、背後からその腕で俺の体を優しく囲む。
背に体重がのしかかる。それは体重というにはあまりにも軽い。まるで生きていないかのようだ。否、彼女は生きてなどいないのだろう。『不死者』なのだからそう考える方が自然だ。
「ねぇ、その子だぁれ?」
彼女の甘く湿った吐息が耳の奥へ、脳の髄まで染み込んでゆく。
視界の隅で窓のカーテンが揺れ、そこでようやく気付く。外ではとっくに日が沈み、闇の世界が広がっていたことに。
まずい、しまった。そりゃ怒る。
彼女とのいつもの約束をすっぽかしていたのだから。
だが、俺はそういった動揺をおくびにも出さず、ゆっくりと振り返る。
「ラミアさん、すみませんわざわざきてもらって」
「りゅーと?!何を–––––
焦るシャルを。俺は手だけで制止する。
そんな彼女の焦りとは裏腹に、俺はできるだけ、いつも通りに、気さくに話しかける。
「この前、あんなことを言っておいて、また来てもらっちゃいましたね……本当に申し訳ない。これじゃあ眷属失格ですかねぇ?へへ」
こういう場合、相手に話の主導権を握られてはいけない。俺の経験則がそう言ってる。
なので彼女の質問にはあえて答えず話をすり変える。
まだ大丈夫。まだ奥の手を出すには早い。
俺には、ユミちゃんとの交際で習得した三つの最終兵器がある。
だが、それを出すにはまだ早い。
吸血鬼である彼女の鋭い瞳孔が俺を射抜く。
後ろでシャルは警戒をし続けている。
「……」
うーん。やっぱり出し惜しみしない方がいっかなぁ?
俺はなんとかできないか?と思考を続ける。
だが、その圧倒的な気配に耐えきれなかったのか、後ろの彼女が良くない方向に痺れを切らす。
「りゅーと…シャル、変わったの」
どうするべきか、と悩んでる俺をさしおき、彼女は俺の前へと歩む。
「…ん?え?シャルさん?」
「あの時とは違う、今度はシャルがリュートを救う番」
「……なんだ貴様。私とリュートの邪魔をするつもりか?」
やばい、またなんか盛大に勘違いしてる。
この子しばらく見ない間に喧嘩っ早くなってない?!
ラミアさんもなんかキャラ違くない?!
「いや、あのシャルさんや、彼女は––––
俺が宥めようとしたその瞬間、シャルの周りから白いオーラのようなものが吹き出し、さらに強い突風を巻き起こした。
視界が風で遮られる。次に目にした彼女の姿は、実に神々ものとなっていた。白い炎のようなものを纏い、薄暗い部屋の中で美しく輝いている。
「この気配……退魔の…神聖の力か。忌々しい」
「りゅーと……」
「シャル……」
彼女は少し切なそうに、微笑む。
なんなのそれ?神聖の力?そんな凄そうなもの習得してたの?とっても凄いね?
俺が張り切って最終兵器(笑)とか言ってたものと比べ物にならないよ?あんまり凄いのは出さないでほしいかも?俺が惨めになっちゃうからね?
とりあえず、一旦今は抑えてほしいな??後でたくさん褒めてあげるからさ?張り切ってるところ本当に悪いんだけど、今だけはちょっと違うんだよね?
「逃げてッッ!」
そう言い彼女はラミアさんへ向かっていく。
はは、逃げてと言われましてもねぇ。
考えてみてほしい。俺みたいな貧乏人が借りれる部屋など、狭い一室に決まっている。
そしてこの部屋は最上階の四階だ。
逃げ場などどこにもない。
そんな室内で、なんか凄い力を纏ったシャルと、なんか凄そうな存在であるラミアさんがぶつかれば–––––
爆音。そしてとんでもない衝撃。
へなちょこな俺がそれらに耐えられるはずもなく、至極当然の摂理で4階の窓からさらに上へ、外へ吹っ飛ばされていた。
そして俺は今、夜空を舞っている。
嘘です。普通に自由落下です。
ほらね?こうなっちゃうじゃん?どうすんのこれ?俺着地なんてできないよ?
下をチラッと確認する。
わぁ〜たか〜い。
異世界でスカイダイビング(パラシュートオフver)を体験できるなんて思ってもみなかったなぁ〜
だめだ時間がない。もう少し真剣に考えよう。
右手の人差し指と中指を伸ばし、その先を眉間の真ん中に当てる。集中…そう念じながら思考に没頭するように目を瞑る。
脳をフル回転で稼働だ。
確か、着地の際に前方へ転がりながら、体の部位を順番に地面に当ててゆき、受け身を取ることで衝撃を逃せるみたいな技術あったよね?
なんだっけ?五体投地?三点倒立?違う気がするな。
だめだ、俺如きが脳をフル稼働させたところで、こんなどうしようもないモノしか浮かんでこない。
知的なキャラがやりそうなかっこよさげなポーズをしてみたところで何も変わらない。
いつもは巫山戯てるけど、ここぞというところで思考力を発揮する、実は頭脳明晰なキャラとかではないのだ。
先ほどのポーズも、普通に今初めてやった。
再度下を確認する。地面が近づいてきた。
うーん……終わった^_^
グッバイ二度目の現世^_^
神様、どうか次もまた、ケモケモ美少女と綺麗な吸血鬼のお姉さんと巡り合わせて下さい。
俺は覚悟を決め目を瞑る。ジェットコースターでも目を瞑ってしまうタイプなもので……
では改めて。
バイバイみんな…
〜完〜
––––––とはならなかった。
あれ、まだ生きてるな、走馬灯効果で時間が長く感じるのかな?
目を瞑りながらそんなことを考えていると。
「「リュートっ!!」」
彼女達、2人の声が耳に入り、恐る恐る瞼を開けてみる。
なんか白い炎みたいなものと黒いモヤが俺の体を包んで、浮かせていた。
どうやら彼女達が助けてくれたらしい。
その為に争いも一時中断したらしい。
これで少しは冷静になってくれてるといいな。
俺の身体はゆっくり地面へと降ろされる。
彼女達に関係性をどう説明しよう、とか。
流石にちょっとは叱った方がいいか?とか。
部屋の弁償代どうしよう、とか。
俺は色々なことを考えては、これからのことに少し億劫さを感じながら彼女達の元へ戻っていくのだった。
続きが読みたい!と思っていただけましたら、
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