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猫獣人さんとの出会い


シャルナール・ビウ・ガルシア。

彼女との関係は、約12年前……互いに5歳くらいの時から始まった。



その日は何かの記念パーティのようなものが開かれていた。

当時俺は5歳なのであまり詳しいことは覚えていない。精神年齢は、前世の25歳+今世の5歳…合計30歳だったったのだが……脳はしっかり五歳のままのようで、あまり容量がなかったみたいだ。


とりあえずその日は色んな種族のお偉いさんが集まる社交場となっていた。


わざわざ遠いところから来ている種族も多かったので、そこそこ大きい大切な催しだったのだろう。



一応俺の実家は公爵家というやつで、その爵位は上から2番目。かなり身分が高い。

故に、俺を含めた三兄弟のうち、俺と兄がパーティーに参加させられていた。


兄はどこかしらのいいとこのお嬢さんとの婚約が決まっていた。だが俺は特に相手がいない。この機会に他の種族の、良いところのお嬢さんと関係を結ばせ、家の権力だとかをより強くしよう……という両親の魂胆が見え見えだった。

五歳の記憶に残るほど見え見えだった。


そして、その魂胆は図らずも達成されてしまう。




前世の記憶がある俺は、『貴族としての在り方』だとか、『帝王学』だとかそういうのがどうしても感覚的に理解ができなかった。

その為、俺は『教育』が他の同年代よりも数段劣る出来損となっていた。


出来損ないにとって、そのパーティーは肩身が狭く…居た堪れなくなった俺は、人気(ひとけ)のないよくわからない部屋に忍び込みやり過ごそうしていた。

だが、そこで思いがけない出会いを果たす……



「…だれ?」

その部屋には先客がいた。

その声はだいぶ上から聞こえた。上の物置に人影が見える。どうやらこの部屋は倉庫のようだ。



声の元を辿ると、そこにいたのは大きな白猫……否、獣人だった。背を丸め、四肢を揃え、器用に狭い足場に身体を収めていた。


わーお。まさかの先客。と驚きながら自己紹介を始める。

「え、えっと…僕はリュート・ベルクニフと申します。この部屋でご一緒させていただき「いや」……」

否定が早い。

尻尾をバシバシと叩きつける音が聞こえてくる。ずいぶん御機嫌斜めのようだ。

まぁ、拒否されては仕方がない。


「あ、あはは。失礼しました。では、別の部屋を探します……お邪魔しました」


「……」


5歳にしては、まぁまぁ丁寧な対応ができたと思う。精神年齢合計30歳にしては情けのない対応だけど。


トボトボと歩きながら、そのままその部屋を立ち去––––


ガタン。

ガタガタガタ。


上の方から何やら慌ただしい物音。その音がなんなのか……俺には見なくても直感的にわかった。



前世の実家で何度も聞いた……俺の天使、もとい、飼い猫の白玉が小さな足場を踏み外して慌てている時の音だ。


俺はすぐさま振り返りながら、彼女が居る場所のすぐ下へと駆け込む。

案の定、彼女は足場にしていた物置から下半身をはみ出させ、ずり落ちかけていた。


「––––ッ、危ない!」



だが俺は焦りすぎて失念していた。

猫という生き物は……高いところからの着地が得意だということに。



俺が彼女の着地点へ身体を滑り込ませようとしている時には、すでに空中で身体をくねらせ、四肢を下に向けている。

ばっちりと着地の態勢に入っていたのだ。


そこへタイミング良く、いや、悪く滑り込む俺という不純物。


「みゃっ?!」

「ブフォッッ」

彼女の手と足の肉球が、俺の顔と腹に直撃した。



「……よふぇいなほほ(余計なこと)ひひゃっは(しちゃった)もうひわへはい(申し訳ない)


「……」


彼女は驚いた顔のまま俺を見下ろす。

肉球のある指の隙間から、彼女の様子を伺う。


しばらくすると、彼女はゆっくりと、そのぷにぷにの肉球を俺の顔面から離していく。

少し名残惜しい……いやそんなアホな感想を述べている場合ではない。



すぐに俺は彼女の足を確認する。


「ケガ、なかったかな!?足とか挫いてない?」

「だいじょうぶ」

「本当に?」

その確認に、彼女は頷きで返してくれた。


「……はぁぁ、良かったぁ」

マジでこんな幼い子に怪我をさせてたらと思うと……はぁ、俺はいつも空回りして、ダメダメだなぁ。


「……へんなの」

「あ、あはは。へんな人間です。どうもどうも」

「……ナール」

「へ?」

「シャルナール・ビウ・ガルシア…シャルの名前」

「あぁ、これはどうもご丁寧にシャルナールさん…リュート・ベルクニフです。あ、これ2回目か」


『たはは』と冗談っぽく笑う俺に、彼女はぎこちなく手を差し出す。

握手を求める手。



「………」

「……?」

俺はその手に答えず、顔、正しくは鼻を突き出す。

彼女は不思議そうな顔で見つめる。


「あれ、違ったかな?鼻を近づけて匂いを嗅ぎ合うのが挨拶かなって思った……んだけど…」


彼女は目をまん丸にして硬直した。

口が開いていたらフレーメン反応みたいになってたなきっと。可愛いね。



「……誰かに教えてもらったの?」


「あ、やっぱり合ってた?教えてもらったわけじゃないけど…そうなのかなって、へへへ」


前世で猫ちゃんを飼っていたので、『鼻チュー』を参考にしましたなんて言えない。適当に誤魔化す。

残念ながらこの世界には、獰猛な獣はいても、猫や犬といった小動物はいない。

この世界で猫を冠するのは獣人さんのみ。

なので、この世界で『猫を飼ってました!』なんて言おうものなら、『獣人を奴隷にしているのかっ?!』と罪に問われ投獄まっしぐらだ。

口が裂けてもそんなこと言えないのだ。


追加で言うなら、肉球をベタベタと触られるのが苦手な猫ちゃんは多い。人間仕様の握手の挨拶は、猫科の獣人にとっては抵抗のあるもの…かもしれないと予測したのだ。


まぁ、そもそも貴族間では初対面で握手を交わすかどうかと聞かれれば、微妙なところではあるが……国も文化も違う獣人さんからすれば、そんな細かいことわかりっこないだろう。


わざわざわ人間仕様の挨拶に合わせてくれたことに感謝するべきだ。




「…惜しかった」


「ありゃ、違ったか」

残念ながら俺の予測は外れてしまったらしい。


『正解はこう』そう言いながら彼女は俺の首筋に顔を近づけ、匂いを嗅ぎ始める。


…なるほど、二足で立っているなら、そちらの方がやりやすいのかもしれない。顔と顔は抵抗あるもんね。

あと人間に顔近づけられるとウザいもんね。白玉に近づけた顔面を近づけたときは、いつも肉球ガードされていたのを思い出しちゃうね。


そんな昔の思い出に浸っていると、彼女の挨拶はいつの間にか終わっていた。



彼女はこちらをジトっと見つめながら呟く。


「…挨拶は互いにするもの」

『お前も匂いをかげ』ということらしい


「あ……これはこれは、失礼しました」

そう言い俺は彼女の首から肩の間に顔を寄せ、すんすんと鼻を吸う。


良い匂いだ。

猫とはまた少し違う…香ばしさの中に甘さが混じった良い匂い。

なんだかドキドキするな。自分の中の欲が溢れてくる。



「挨拶ついでになんだけど……その……」


「なに?」

初対面でこんなことを頼むのは不躾だ。わかっている……!だけど!だけど頼むだけ頼ませてくれ!嫌なら断ってくれて良い!


「ちょ、ちょっとだけ頭を撫でさせていただりとか……可能でしょうか…?」


「………」


こちらを眺める彼女。

不快にさせてしまっただろうか?でもこの欲求だけは逆らえない。久しぶりの猫成分をチャージするまたとない機会。

もちろん相手は人だ。そんなペット扱いしようなんてとんでもないことは考えていない。


ちょ、ちょっとだけ…モフモフを…撫でさせていただきたいのだ。



「……いいよ」


「ほ、ほんとに…?」


コクっ、と頷く彼女の姿に、俺の心は昂りに昂った。だがそれを表に出してはいけない。

あくまで、落ち着きながら優しく、ちょうど良い力加減で撫でるのだ。失敗は許されない。



「では、失礼して……」


「…んぅ」


そっと、彼女の耳と身の間の頭へと手を添える。


わぁ〜もふもふだ〜懐かしいなぁ。白玉を思い出すなぁ。

俺の手は自然と彼女の頭を撫で始める。毛の流れに添い、優しく丁寧に撫で付ける。

前世で幾度となく繰り返したその動作。

こちらの世界に来ても、体…いや、魂に刻み込まれていたらしい。


へへへ、手が気持ちいいなぁ。

そのまま昔の癖で耳の根元を軽く揉みながらマッサージする。

親指で指圧するように、少しだけ強めにぐりぐりと揉みほぐしてゆく––––––




「……はっ?!」

……気づいたら俺は、彼女を膝の上にうつ伏せで寝かせ、身体中を(まさぐ)っていた。


何を言ってるのかわからねぇと思うが、俺も何をしていたのかわからなかった。


彼女は喉から振動を発しており、モフモフのしっぽが2本、高らかに天へと突き立てられていた。


この世界の獣人さんは尾が2本あったりするんだぁ〜と呑気に感動していたが、この状況……よくよく考えるとまずい事態ではないか?



俺は今の状況を正確に認識し始める。

ただでさえ布面積の小さい民族衣装っぽい衣服が乱れている。彼女は息を荒げ、くたぁ、と身体に力が入っていない。

正気を取り戻した俺に待っていたのは罪悪感と焦りだった。



「……すみません、調子になりました」

とりあえず謝るしかない。


「はぁ、はぁ…ん。わるく、なかった」

肩で息をしながらそう呟く彼女。

まだ5歳なので俺の身体に性の目覚めはないが……その代わり、何か怪しい扉が開かれた気がしてならない。


そう、この時俺は、ケモナーへの道が開拓されていたのだった。





「…これからよろしく」

服装を正し、少しボサついた毛を自分で整えながら彼女はそう言った。


「?えっと…よろしくお願いします?」

『これから』というのがあまりよくわからないが、とりあえず返しておくことにした。


「鼻同士の挨拶は…また今度ね」


「あはは、楽しみにしてるね」


鼻同士ですることもあるんだ〜親密度が上がったら、させてもらえるのかなー?

と少し楽しみにしている俺をおいて、彼女は俊敏な動きで音もなくその部屋から去っていった。


取り残された俺はふと周りを見渡す。

散らかった部屋。

……見て見ぬ振りして俺もその部屋から立ち去った。




○●○●




このあと、俺の預かり知らぬところで彼女との婚約が取り付けられていた。

彼女の『あの男を番にしたい』という言葉をその両親は即承諾。

すんなり俺の人生の路線が確定されたのだ。


さらに新情報。

彼女の位は高いなんてものではなかった。この社交界に来ている時点でかなり身分は高いだろうと思っていたが……俺の想像するよりもはるかに高貴な御仁だった。


彼女は普通の猫の獣人ではなく猫又の獣人。

『神獣』と崇められる特別な獣人の1人だったのだ。


そんな彼女が、俺なんかのどこを気に入ってくれたのか……わからなかった。



そんな疑問など吹き飛ばすかのように、それからも彼女は何かとわざわざ会いに来てくれていた。

悪い気はしない。いやむしろかなり喜んでいたように思う。


一緒に遊びにいったり、ブラシを使って毛繕いをさせていただいたり、鼻チューをしたり、たまにおみ足を触らせていただいたり、撫でさせていただいたり、マッサージさせていただいたり、彼女とは良好な関係を築けていたと思う。


そうやって、何事もなく彼女と結婚し、俺にはもったいないくらいの幸せな日々が続くのだと思っていたが……結果はまぁ、ご存知の通りである。



だが彼女は、実家を追放された俺を追いかけてきた。追いかけてきてくれた。

その行動が、今後、俺の人生にどう響くのか…この時点ではわからない。




それでも、正直また出会えて嬉しいと思ってしまっていることは隠せそうにない。




続きが読みたい!と思っていただけましたら、

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