吸血鬼さんの思惑 / 猫獣人さんとの再会
そこは混沌と暗闇の世界。生と死が反転した、不死の種族が闊歩する黒の世界だ。
そんな世界にある大きな屋敷の中で、1人の吸血鬼は悶々としていた。
「んんんんん!」
「あら、おかえりなさい、ラミアちゃん。そんなに唸ってどうし––––あら、行っちゃったわ」
ママの声を無視してそのまま自室へと進む。扉を乱暴に開け、そのまま勢いよくベッドに飛び込む。
うぅ、なんでなんでなんでっ!
クッションを抱き込む腕に、つい力を込めてしまう。
はしたなく足をバタバタとさせてしまう。
「……なんで、ちゃんと眷属にできなかったんだろう」
私がつぶやいた独り言は、静かな空気に溶け込んで消えていった。
ちゃんとできると思ったのに……
リュートもあんなに私のことを想ってくれて、『眷属にしてラミアちゃ〜ん』ってハートマークいっぱい出してくれてるのに……
こんな自分が不甲斐ない。原因を早く見つけなくちゃ。リュートもきっと待っててくれてる……早く私のものにしてあげないと!
……だけど、なんか変な感じしたんだよね。
失敗したのはそうなんだけど。何かこう、護られていたというか…私のマーキングが何かの力で弾かれたような気がする……
「もしかして…他の何かに既に印をつけられてる…?……何それ……許せない」
リュートは私のなのに。私だけのものなのに。
許せない。
許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せな––––––
『ちょっと〜ラミアちゃん〜。駄々捏ねるのはいいけど圧が強すぎよ〜。僕ちゃん達が怖がっちゃってるじゃな〜い』
扉越しに聞こえてくるママの声に、ハッと我を取り戻す。
『全くもう〜』と不満げな声が聞こえてくる。
あ、後で謝らないと。下僕さん達にも謝っておこう。
ちゃんと優しく接しないと、ストレスでお腹とか下しちゃうもんね。
血の味にも影響しちゃうし。
でも、私これでも真祖の吸血鬼なのに…それを弾ける印ってなに?そんなの、聖なる神とそれに連なる者からの寵愛の印……『聖痕』くらいだと思うんだけど……
でも聖職者なら、肌がピリピリするから、近付くだけでわかるし……血を吸っても嫌な味はしなかったし…むしろ美味しかったし。
一体どういうことなんだろう?
……悩んでてもなにも変わんないよね!行動あるのみ!
次会った時、それらしいものがないか身体を全身くまなく見せてもらおう。
それと、もっとたくさん首から血を飲ませてもらおう。ちょ、ちょっとえっちだけど…眷属になるから、だ、大丈夫だよね!
そ、そしたらもっともっと私のことを好きになって、私の印を受け入れやすくなるはずだし!
さ、3割くらいはマーキングできてたし…他の何かが付いているなら、少しずつ塗り替えて仕舞えばいい。
そ、その為にも彼にはプレゼントを渡しておいたし。
絶対私のものにする!そしてそして!毎日ぎゅーして寝て、匂いもつけて、色んなところに歯形もつけて、え、えっちだけど、首の舐め合いっこなんかもして…私の印をたくさんつけて、パパとママと、ルシアちゃんにも自慢して、たくさん可愛がって、可愛がってもらって、それでそれで––––––
ラミアの妄想はしばらく続いたという。
○●○●
ふぅ、昨日は大変良い思いを––––じゃなくて、大変な目に遭ったな。
彼女はあの後『そろそろママが心配するので!』と暗闇に溶けて帰っていった。
吸血鬼ってあんなことできるんだ?!すげぇ!と素直に感心してしまった。
彼女が去った後のベッド。そこには妖艶な香りが残っていた。
……少し堪能させていただいたのは内緒である。
そして、そのおかげでぐっすり眠れた。まさに快眠。寝起きもとても良く、素晴らしい目覚めを迎えた。実に気持ちの良い朝!今日も元気にクエストへ向かえそうだ。
だが俺はこの日、ギルドで戦慄することになる。まさかの人物との再会が待っていたのだ。
「本日もお気をつけて〜」
今日もいつも通り、受付のリンカさんの気持ちのいい見送りを背に、ギルドの出入り口へと向かう。
すると、扉が動きだす。誰かが入って来るようだ。
受付へ向かうだろう、と俺は横へズレながら、前へ進み––––その扉の隙間から見えるその姿に俺は戦慄し、反射神経が火を吹いた。
脳から体へ送られた警告に身体が反応し、すぐさまテーブルの後ろへと身を隠す。
この世に生を受けて……いや、生前も含めて1番機敏な動きができた気がする。
そこにあったのは俺の数少ない知人の姿……実家であるベルクニフ邸を去る前まで、俺と婚約関係にあった獣人猫娘…『シャルナール・ビウ・ガルシア』その姿があった。
さすが猫の獣人…その歩き方は実にしなやかで美しい…まさにキャットウォークだ。
獣人さん達は、基本靴を履かない。肉球があり、感覚的に不快だったり、蹄が付いてたり、様々な理由で基本的には靴を履かない。
そして彼女は猫の獣人。しなやかに歩くその足音は全く聞こえてこない。
彼女の獣側の血はどうやら長毛の白猫のようで…胸元から白いモッフモフの毛が収まり切らずはみ出ている。
顔も猫の様相を色濃く残し、顔の形は人と猫のちょうど間くらいといったところだ。
まぁそれも頑張ればもう少し人に寄せれるらしい。昔は頑張って人に合わせてくれてたな。
気まぐれな猫の性質にしては…いや、普通に気遣い屋さんだ。
だが今の姿は、顔も、手足も、肌の殆どがその白い体毛に覆われている。
服装は実に軽装で、動きやすさを重視したような布面積の低い民族衣装のような服装だ。
お腹とかも大胆に見えちゃってるし、パンツもブカブカの七寸丈。腰の両側面には、長細い逆三角形の切れ込みが入っており、なかなかえっちなデザインだ。
まぁ、暑さ対策なのだろう。人間の文化を尊重し、最低限とはいえ、わざわざ人の国に合った服装をしてくれている。
相変わらず優しい子だ。
そして可愛い。あの子のせいで俺はケモナーになってしまったまである。
などとと、俺の開拓された性癖を開示している場合ではない。
まずい。なんでこんなとこにいるのかわからないけど、なんとなくまずい気がする。
というか普通に気まずい。
あの子との関係はいわゆる、幼馴染というやつに近い。5歳くらいの時から婚約を結んでいた。
人と獣人の橋渡しという、俺にはあまりにも重い役割を背負わされていた。
だが残念ながら俺は実家から追放。
ろくに挨拶もせず縁が切れてしまったというわけだ。
そんな彼女がなぜこんな場末のギルドまで来ているのか俺には理解ができない。
少しでも情報を集めるべく、ほんの少しだけ顔を出し彼女を観察する。
彼女は、周りを見渡しながら鼻をすんすんさせ、匂いを集めている。
…これまずくないか?匂いでバレるんじゃないか?
「よう嬢ちゃん!獣人とは珍しいな!ギルドの登録にきたのかい?」
少しずつ焦りを募らせていると、頼れる我らの兄貴分、ガゼンさんが彼女に声をかけ始める。
黙ったまま彼女は、ガゼンさんの周りの匂いを嗅ぐ。
「……リュートの匂い……ここにリュート、いるの?」
「あ?あんた…リュ––––––
そこで俺はカッッッ!と目を見開く。
無音のアイコンタクトをこれでもかと筋肉兄貴へと注ぎ込む。
うぉおおおおお!届け俺の熱い、パッッ……ショォオオオンッッ!
すると、俺の熱視線に気づいた彼は俺を見つめる。俺は出来るだけ身振り手振りで気持ちを伝える。
後から聞いた話だが、この時の俺の動きは大変ヘンテコだったらしい。逆にそれが俺の焦りを伝えることに成功していた。実に計画通り(嘘)である。
この間、体感で約2秒。(実際は30秒くらい)
––––ト、って奴を探してんのか?俺はここら辺に詳しいが…あんま聞いたことねえ名前だな」
ガゼンさんのあまりにも長い溜め、俺でなきゃ怪しんじゃうね。
「…嘘、貴方の胸からも、この部屋からもリュートの匂いがする…匂いが染み付いてる。毎日通ってないとこうはならない」
俺じゃなくとも怪しんじゃってたね。
その逞しい筋肉の恩恵を得るべく、出会うたびに胸の筋肉を触らせてもらっていたことが、こんなところで弊害となるとは……
「少なくとも、俺は知らねえなぁ」
「……貴方、もしかしてリュートに、何かした?」
まずい…シャルが殺気立ってる。爪出てるし!尻尾もブンブンだし!イラついてる!まずい!でもバレたくない!どうしよう!
「嬢ちゃん、喧嘩売る相手は間違えちゃいけねぇ。怪我したくないなら失せな」
あぁ、ガゼンさん普段はいい兄気分だけど結構短気なんだよなぁ!?まずいなぁ?!
あ、そうだ!
俺は閃いた。これが天啓を得る!コロンブスの卵!俺はやはり凡人などではない!
転生者である俺の発想力は、この世界では一線を画す!
転生者の特典みせつけちゃうよぉ?
昨日ラミアさんに貰ったアレを、バッグの中から取り出し、装着した。
さぁ!お披露目だ!行くぜ!
「2人とも喧嘩はいけない!一旦落ち着いて話し合おう!私は博愛仮面!全ての種族を平等に
––––
「リュート!会いたかった!」
––––ぃへぁっ?!」
シャルからの猛烈なタックルにより、俺、こと博愛仮面の登場シーンは中断された。
一瞬でバレてしまったようだ。
恥を忍んで、似合わない黒いマスクとマントを付け、イキイキと登場した俺の頑張りを返してほしい。
彼女に押し倒れてゆく中、俺は思った。
久しぶりの彼女の体毛、昔と同じで……もふもふで気持ち良なぁ、と。
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