吸血鬼の討伐③
「えっとですね。あの吸血鬼さ……何で2人とも土下座してんの?」
2人について説明をしようとして、この事態に気づく。
ミネリアさんどころか、あの吸血鬼さんまで頭を地面に擦り付け、伏している。
え、え、わかんないんだけど。どういう状況?
「おい貴様ら、リュートが表を上げろと言っているんだ。言うことが聞けないのか?」
「「は、はいっ!」」
ラミアさんの返事に、両膝を地面につけたまま、勢いよく上半身ごと顔を上げる2人。身体をガタガタと震わせている。あまりにも怯え切った態度……そんなにラミアさんって怖いのかな?
「私を視界に入れることを許可する。リュートに免じて、貴様らの目玉は潰さないでおいてやる。感謝しろ」
なんかラミアさん怖ぇこと言ってんだけど。めっちゃ怖かったわ。あまり触れないでおこう。怖いから。
こちらへ振り返る。その表情は、先ほどあんな恐ろしいセリフを言ったとは思えないほどニコやかだった。
「それで……リュートぉ?説明してくれるぅ?何でぇ、他のぉ、吸血鬼なんかとぉ、会ってるのかをぉ」
おっと、今度は俺の方に圧が来たゾ。お口がニコニコしてるのが逆に怖い。でも正直、『ヤキモチなのかな〜?』と思うと、そこまで怖くない。むしろ可愛いまである。
俺は彼女に、ことの経緯を説明した。
吸血鬼が現れたこと。それを討伐するために聖騎士達が向かってること。
その吸血鬼がラミアさんの知人ではないか?もし知人なら、このまま放っておくのは居心地が悪いと思い、その吸血鬼と話をしに来たこと。
その間、2人は視線を落としてガタガタと震えっぱなしだった。
「………んへ」
「ラミアさん?」
話が終わる頃には、ラミアさんの口元はニヘニヘしていた。可愛いな。
「リュート……また、私のこと考えてくれてたんだ……」
「そりゃもちろんですよ!」
「じゃあ……許してあげる」
何だかわからないけど許してもらえたようだ。よかった。そして彼女は今度は震えているもう1人の吸血鬼さんに視線を向ける。
「……で、貴様は話を聞かず、その汚ならしい牙を私のリュートに向けた……と」
先ほど俺に見せていた甘い表情とは180度うって変わって、険しく鋭い視線で睨みつけている。
「も、も、申し訳ございません!」
「誰のモノに手を出そうとしたか、わかっているのか下賤」
うわー、激おこだ。この様子だと、どうやら知り合いとかではなさそうだな。
「し、知らなかったのです!ま、ま、まさか、真祖様の眷属だとはつゆ知らず…っ!なぜか、察知もでき…で、ででで、でき、ぁ、あっ…がっぁ、あっあっあっ、」
「貴様のような蒙昧がこの私に言い返すとは……身の程がわからんのか?」
「あっあっあっあっあっ」
ラミアさんに向けたままの彼の眼窩からボトボトッと気味の悪い音を立てながら、どろっとしたものが落ちてゆく。
白く濁った何かが、落ちてゆく。
「ひ、ひぃっ?!」
その光景に、ミネリアさんが小さく悲鳴をあげる。
……あ、あれ、眼球だ。グロいからあんまり見ないでおこう。そして、これからもラミアさんを絶対怒らせないでおこう。
俺は心の中で、そう強く誓った。
「まぁまぁ、ラミアさん…どうかその辺で。俺もちょっと彼とお話ししたいので……」
「………」
俺の視線と彼女の視線が絡みつく。
少しの静寂。
「ラミアさん?」
「んふ、いいよ。リュートは可愛いね」
よくわからないが、褒められた。『あなたの方がかわいいですよ』ってイチャイチャタイム突入しようか迷ったが、今ではないなと踏みとどまる。
俺は、震えたままの吸血鬼の彼に声をかける。こぼれ落ちた目を再生させながら、奥歯をガタガタと鳴らしている。
「すみません。俺からの提案…と言うかお願いなんですけど、この辺はちょっと俺の世話になった人が多すぎてですね、俺の勝手で申し訳ないんですけど、人を狩るにしても別の場所にして欲しいんですよ。食事のために命を奪うことのは仕方ないことなのはわかってます。それ自体を止めたいわけじゃないので……他のところでなら俺は何も言いません……お願いできますか?」
「……ざけるなよ。なぜ吸血鬼であるこの私が人間如きの命令に従わなければならない。なぜこんな屈辱を受け入れなければならない。ふざけるなふざけるなふざけるなぁ……」
何やらぶつぶつ呟いている。その暗い感情のこもった声色は、俺からすれば呪詛のように聞こえてくる。
…え?もしかして怒ってる?
「あの〜、もしかして気に障ること言っちゃいまし–––
「ふざっけるなよ人間如きガァ!餌でしかない貴様程度が吸血鬼であるこの私に指図するだと?!舐めるのも大概にし「なら死ね」…かッ……あぇ?」
急に怒鳴られたかと思えば、ラミアさんが今まで聞いたことのない冷たい声で呟き、その吸血鬼の男の首が地面にずれ落ちていった。
「え……えぇ?」
急すぎて、俺の脳はまだ目の前の出来事を処理しきれていない。
「あ……こ、こんなところで…こんな、かん……たん…に……」
地面に落ちた頭から言葉を発している。吸血鬼の彼は、その言葉を言い切ることはなく事切れた。そしてすぐに黒いチリとなり霧散していった。
「良かったんですか?ラミアさん」
「うん?うん。全然あんなのどうでも良いよ」
……ほんならええかぁ。この世は弱肉強食、俺も自分を捕食せんとする強者に当たらないよう祈り続けるしかないね。
あとは俺の大切な人たちが襲われないように気を付けないとね。
「ひっ、ひぐぅ。うっ……うぅぅぅう」
ミネリアさんはまた、悲鳴を漏らし、嗚咽している。
あ、厨二竜が言ってたっけなぁ。強い気配に充てられたら気が狂ってもおかしくない的なことを。ラミアさんってすごい人っぽいし、彼女には辛いのかな?
「ミネリアさん、大丈夫ですか?」
「ひ、ひぃっ?!」
そ、そんなにビビらなくても。ちょっと落ち着くの待った方がいいかな。
「リュートはさぁ」
そんなことを考えていると、ラミアさんから声がかかる。
「はい?どうしました?」
「この人間のこと気に入ってるの?それなら、この子も一緒に私の眷属にしてあげようか?」
その言葉に、ミネリアさんの体が反応する。さらに強く怯えてるのがわかる。
そんなミネリアさんの姿を見て俺は……
俺は、ラミアさんの前まで近づき、その綺麗で艶々な金色の髪に手を乗せ、優しく頭を撫でさせていただく。
彼女は少し驚い顔をしたが、すぐに気持ちよさそうに目を細める。
「えー?俺以外にも眷属作っちゃうんですか?俺だけじゃないのか〜、妬いちゃうな〜〜」
その言葉に、彼女は実に嬉しそうな、恍惚の表情を浮かべる。
「んふ、やっぱり……そうだよね。そうだと思った。ごめんね?変なこと言って。私はリュートだけでいい。絶対手放さないからね」
紅く煌々と光る瞳から放たれるとんでもない圧。背筋にゾクゾクとした痺れが下から上へ駆け上る。これは恐怖からなのかそれとも……高揚からのか。
心臓がドキドキと跳ね上がる。すでに彼女の虜になってる俺にとって、この鼓動はきっと恋に似た何かなのだろう。
「も、もう無理!無理無理無理無理ぃいいいいい!」
「あ、ちょっ?!ミネリアさん?!1人で大丈夫なんですか?!…………行っちゃった」
ラミアさんの圧力に耐えきれなかったのか、彼女はついに、叫びながら逃げ出してしまった。
「大丈夫だよ、私の血を少しだけつけておいたから。その辺の魔物には襲われたりしないと思う」
わぁ、助けてくれただけじゃなく、アフターサービスもバッチリ!なんて頼れるご主人様だ。
まぁ、あの吸血鬼がいなくなったことでミネリアさんの眷属化も解けたことだろう。
眷属は主人である吸血鬼の命令に逆らえなくなる的なことをラミアさんが言ってたからね、色々あったのだろう。
だが、彼女は自由の身だ。これで幾分かは救われるはずだ。
○●○●
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」
私はひたすら暗い森の中を駆け抜ける。
木が生い茂り、陽の光を遮断するこの森の中を、恐怖に駆られるまま逃げ出していた。
私は、あの吸血鬼が怖かった……でもそれ以上に、あの男が怖かった。
「ひっ、ひぐっ、ぅっ、ふぅっ、ふぅっふぅっ」
人間で眷属なのに。圧倒的に立場が低いはずなのに。
あの吸血鬼はあの男の言うことを何回も聞いていた。完全に手懐けていた。コントロールしていた。
人間がなぜそんなことできるのか。
あんなバケモノ相手に、なぜあんなに気楽に接して、意見を述べ、頼んで、助けてもらって、頭を撫でて、まるで懐かれているかのような立ち位置に立てているのか。
私を支配していた吸血鬼が最も簡単に殺された。その現場を彼も見ていたはずなのに、彼は何も感じていないかのようだった。
あのとんでもない吸血鬼が放つ強大な気配にも、彼は微動だにしていなかった。
わからない、彼のことが何もわからない。わからないのが怖い。
最後、あの2人がこちらを見つめた時、あの2人の瞳がこちらを向いた時……
「はぁっ、はぁっ、ひぅっ、ふぅっ」
紅く光る吸血鬼の瞳よりも、影で塗りつぶされたあの人間の真っ黒な瞳の方が、私は怖かったのだ。
きっと、もう一生、彼に会うことはないだろう。
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