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眷属の懺悔



何故、私はこんなことをしているのだろう。

いつから、()()を受け入れてしまったのだろう。


『な、なんでここに吸血鬼がっ…?!』

『逃げろぉお!』


目の前で、人が、赤い液体を飛び散らせながらその命を捕食されてゆく。

そのバケモノは、恍惚な表情で次々にその人達の首に、鋭い牙を突き刺し、食事を摂ってゆく。

まるで心地の良い伴奏かのように、実に心地よさそうにその阿鼻叫喚を全身に浴びている。


『食事』……そう、そのバケモノにとって私たちは餌でしかない。よくて愛玩動物(ペット)。それも、かなり気に入られないと、扱いはぞんざいなモノになる。



「………ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

意味のない謝罪を、もう向ける相手もいない言葉を、祈るように呟き続ける。意味のない行為だ。

心に鉛玉が沈むようなこの黒く思い罪悪感を少しでも軽くしたくて行う自分勝手な懺悔。


『ごめんなさい』などと、どの口が言っているんだろう。人を騙し、誘き寄せ、吸血鬼(バケモノ)の元へ導き献上しているくせに。



「ミネリア、よくやった。お前は実に出来のいい眷属だ……ほら、褒美をやろう。こちらへ来い」


そのバケモノに身も心も蹂躙され、血を吸われる。悍ましいはずなのにどうしようもなく吸血されることに快感で満たされるこの体に吐き気が催す。


あの日……首を噛まれたあの日から、私の運命はこの黒と赤で染められたおどろおどろしい道しか残されていなかったのだろうか。


人殺しの加担を続ける日々。

いつから、罪悪感が薄れてしまったのだろう。

いつから、このバケモノのご機嫌伺いに精を出すようになったのだろう。


騙した人間の数ももう覚えていない。頭がぼーっとして、ずっと意識がはっきりしない、酩酊から醒めないような日々。



街から街へ、国から国へ場所を変え、様々な方法で人を騙しあの吸血鬼へ献上する。

時にはランクの低いパーティに加入して。

時には助けを求めるふりをして。

時には、人を助けるふりをして。


きっと私は地獄行きだ。


どれだけ嫌悪感を抱こうが、私の体はあいつの命令に背けない。褒められると体が喜び、怒りを感じると恐怖を覚える。

徹底的に私を支配して、逃さない。


私は人を餌を運ぶための擬似餌だ。




そして今回もまた、パーティに入り、吸血鬼の元へ誘い出す。


3人の男がまた、私のせいで命を落とす。


そしてまた、狩場を変えるのだと思っていた。

だがその日は違った。


「やはり雌の眷属だけでは、なかなか雌が釣れないか……雄は好みではないが…1人くらい眷属にしてみるか。その方が、雌が釣れそうだ。そうだなぁ……お前のように、お人よしで、弱い男がいいなぁ」


『弱そうでお人よしそうな男を連れて来い』そいつは、そう私に命じた。


言われるがままに命令を遂行しようとギルドへ赴いた。吸血鬼に襲われたふりをして、注目を浴びる。

お人よしな人間は、困っているのを見過ごせない。そう思った故の行動だった。


『北の廃坑で襲われた』と適当に嘘をつく。

あのバケモノに被害が及ばないようにしなければいけない。本当はさっさと場所を伝えて聖騎士に討伐してほしいと心の底から願っている。

めも、眷属になると主人である吸血鬼が不利益になるような行いができないようになっている。



治療室で休んでいると、1人の男がその罠に見事に引っ掛かる。

ランクは2。かなり低い。

そんな実力で、何とかしようと1人で動く。者の見事に条件にあったような男だ。


私がついた嘘の情報のまま北の廃坑に行かれても困る。一緒についていくことを申し出、その男は受け入れてくれた。



吸血鬼の元へ向かっているというのに、その男は取り乱すことも、緊張することもなく、見てる限りは自然な振る舞いで歩を進めていた。

ランク2のくせに……一体何を考えているのか、あまりにも警戒心がなさすぎる。



「………ごめんなさい」


私はまた、意味のない言葉を吐く。

その言葉と同時に、影に隠れていたアイツが動き出す。

また一つ、罪が増えた……そう思った。

だけど、予想だにしなかった言葉が返ってきた。


「全然大丈夫ですよー!」


飄々とした態度のまま、彼に襲いかかる吸血鬼を避けながらそう答えた。


その光景に理解が遅れた。



「どういうことだ、ミネリアぁ?!弱い雄を連れて来いと言ったはずだぞぉ!」


だがすぐにあいつの怒声により、私は恐怖により我に帰る。


「ひ、も、申し訳ございません!そ、その男のランクは2なんです!弱いはずなんです!」


反射で謝罪を行う。体が震える。アイツに躾けられた私の体は、声だけでここまで怯えを表すようになってしまった。



そんな私とは違い、彼は態度を一切変えないままあの悍ましい吸血鬼と言葉を交わす。

それは私にとっては信じられないことだった。


話の最中で聞こえてきた『俺も吸血鬼の眷属』という言葉。わけがわからない。

何が目的なのか。眷属なら、より吸血鬼の恐ろしさはわかってるはずなのに、何であんな飄々としてられるのか。

混乱が混乱を招き、理解が追いつかない。


だがそれは更なる恐怖で吹き飛ばされた。



「りゅーとぉ………なにしてるのぉ?」



その異質な気配につい顔を上げて視覚での確認を行なってしまう。だがすぐにそれを後悔した。


「いぎぃっ!?」


痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

目が、痛いっ?!


その痛みにたまらず私はすぐにまた顔を俯ける。。先ほどよりも深く下げることとなる。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、」


ダメだ。見たらダメなモノだった。目を合わせることも、視界に入れることすら許されない。


その圧倒的な存在。


私を支配するあの吸血鬼とは格が違う。レベルが違う。死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。殺される。

ここにいる全員が殺される。血の一滴残さず消滅する。影も形も全て飲み込まれて終わるんだ。


アイツもきっと私と同じように地面に這いつくばっていることだろう。

アレからすれば、私もアイツもきっと大差ない。同じ塵芥同然だ。

もしかして……彼はアレの眷属なの?!だとすれば、彼は普段どれほどの………



「わぁ!ちょうどよかった!」


彼の声は、明るかった。まるで、友人と気さくに話すかのように。


そ、そんな軽々しく口を聞いても良いの?!何をされるかわかったモノじゃない。

だが、彼への返答は私の想像したモノとは真逆だった。



「え、えへ。リュートも…私に会いたかったってこと?」


まるで、恋する生娘のような甘い声で彼へ言葉を返す。


「はい!あ、今回はちょっと聞きたかったことがあっただけなんですけど……でもラミアさんにはいつでも会いたいと思ってまぁす!」



な、名前?!この人、あんな悍ましい存在を名で呼んでいるの?!そもそも、名前を教えてもらってるってこと?!


2人はまるで仲の良い恋仲の男女のように言葉を交わす。その光景は、あの恐ろしい吸血鬼が放つ恐ろしい気配とはあまりにもチグハグで……私は彼が理解できなくなった。本当に人間なのか?何故この狂ってしまいそうな恐怖の中で当たり前のように会話ができているのか。


思えば最初からどこかおかしかった。

彼から恐怖を感じてるそぶりが見られなかった。一体どんな環境で育てばそんな感性でいられるのか。恐怖という感覚が欠落しているのではないか?!

あんなバケモノを相手に、何故そんな気さくに……っ。


私には何もわからなかった。



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