猫獣人さんへの謝罪
「だめ」
後ろから抱きしめられる。その力は決して強くないが、俺の動きを止めるには申し分ない。効果抜群だ。
『おい眷属、なんだこの獣人の小娘は』
厨二竜の言葉を無視して俺はシャルに声をかける。
「……シャル、来たのか」
なんとも絶妙なタイミングだ。まるでヒーローだな。
「リンカとガゼンが教えてくれた」
あの2人、逃げたんじゃなくてシャルを呼びに行ってくれてたのか。
まったく……俺は一体どれだけ2人に借りを作れば気が済むのだろうか。いよいよ返しきれなくなってきた。
俺の頭の中で『ぬぉおお!無視するなぁああっ!』と騒ぎ声が聞こえてくる。俺の肩に乗ってるトカゲがペチペチとその小さな手で首を叩く。程よくひんやりしてて気持ちいい
だが、悪いが今はお前に構ってられない。
「だめだよ」
「うーん。でもなぁ……」
「こっち向いて?」
「え?あ、はい」
「んっ…」
彼女のいう通りに振り向く。すると両頬にぷにっとした肉球の感触。その両手で頬が包まれる。
頭を下に惹かれ、額同士をくっつけられる。
「あのー、シャルさんや。これはまた一体どういう趣で?」
顔が近い。まぁ彼女と顔を近づけるのは慣れているが……猫っぽい吊り目と大きな瞳、まつ毛はバサバサ。鼻は猫のそれによく似ておりちょこんと可愛らしい。
相変わらず顔面が良いなぁ。流石俺をケモナーに堕とした女やで。
なんてことを言考えている内に、シャルから発せられる白い炎が俺を包み込む。先程までのドス黒い感情が薄れてゆき、濁っていた思考がクリアになってゆく。
「えーと、これは……?」
「ん。邪気にあてられてたから、祓っといた」
先程の厨二竜の言葉を思い出す。
––––邪気も聖気も、強すぎるものを目の当たりにすれば、気がふれてしまう––––
なるほどね。
あんなにふざけていても、邪竜は邪竜というわけだ。しかも呪いの。
俺みたいなただの一般人以下如きが、冷静なままでいられるわけがなかったというわけだ。
だけど………
「治った?」
「あぁ、頭の中はスッキリしたわ。ありがとう」
それでも、結局俺の思考の行き着く先は変わりはしなかった。
確かに先ほどは、あまりにも簡単に人に危害を加えようとした。だが、再度じっくり考えたところで答えは変わらなかった。
俺はこいつらを葬りたい。
罪と責任を負わなければならないのなら、いくらでも背負おう。この子の為ならそう思える。
「やっぱり俺はこいつらを野放しにする気になれない」
「……なんで……?」
「こいつらはこの先必ず、シャルに迷惑をかける。だか……ら……」
言いかけて気づく。彼女のその顔に。
その悲しそう表情に、その泣きそうな瞳に……俺は動けなくなってしまった。
あぁ……まただ。
またやってしまった。
シャルにこの顔をさせるのは二度目だ。同じことを繰り返すなんて俺はなんて馬鹿なんだ。
胸が痛む。自責の念で押しつぶされそうだ。だがそんな自分勝手な理由で傷心に浸るなんでもっとバカな真似、今の俺に出来るわけがない。
やらなければいけないことが……言わなければならない言葉がある。
「ごめん、シャル。俺が間違えた」
俺は頭を下げ、謝罪する。
何をやってるんだ本当に。そもそもこれは俺が他人に一番してほしくないことじゃないか。
相手の言葉も聞かず、そのくせ、その人自身を理由に、その人の望んでない勝手な行動を起こす。
『この子の為に』なんて、どの口が言っているのか。他人を理由に人を傷つけようなどと……俺は最低だ。
「…もう、変なこと言わない?」
「あぁ、もうあんなこと言わない。こんな最低なこともうしない。だから許してほしい。君に嫌われたら俺は……」
「嫌うわけない」
その瞬間、二度目の抱擁が来る…今度は向き合う形でだ。彼女の服からはみ出る、柔らかいふわふわ毛が俺の体全体を包みこむ。
「俺からも、抱きしめ返していい?」
「一々、聞かなくていい」
「ごめん、ありがとうシャル」
俺はそう言い彼女を抱きしめた。
暖かいお日様の香りが俺を包み込んでくれた。
○●○●
『……おーい。吾輩のこと忘れてない?』
『今いいところなんだから邪魔しないでくれ』
『わ、吾輩のこと…特別って言ってたのにぃ……?』
ヤバい、また声が上擦ってきた。
この邪竜、泣き虫が過ぎませんか?
『今度お前ん家に遊びに行くから!ほら!お前自慢の財宝沢山あるんだろ!俺に紹介してくれよ!な?俺の特別!!な契約者さんが集めた希少!!な収集物!!の数々見てみたぁいなぁ?!』
マギアさんの聞くところによると、彼女はどこぞの洞穴に引きこもり、集めた財宝をひたすら守り続けてるらしいのだ。
誰かに奪われることを懸念し過ぎて、なかなか他人を招かないらしい。
だがコレクター気質な奴は、集めた品々を人に見せつけ、自慢たい生き物のはずだ。
自分で集めた宝物を、人に紹介して、褒めてもらい、羨ましがられたい生き物のはず。ずっと1人で愛で続けるには限界が来るはずなんだ。
わかる。俺もにもわかるよその気持ち。
中学生時代、友達のいなかった俺は『ドラゴンク○エストモン○ターズジョーカー2』でひたすらメタルスライム系のモンスターをスカウトしまくり、最終的にダイヤ○ンドスライムを合計六匹配合した。
だが、友達がいないせいで、それを誰にも自慢できなかった俺にはその気持ちは痛いほどわかる。
後から何かのSNSのコメントで見つけた言葉がある。
『ダイ○モンドスライムを配合する奴は廃人』
これを見た時『俺はいったい1人で何をやってるんだろう?』と虚しくなった。
あの頃の傷は、俺の魂に深く刻まれたままだ。
こいつを救うことで、あの頃の俺も救える気がするのだ。
ただ……こいつのセンスを理解できるか?という一抹の不安がある。
いや、今回助けられたこには変わりはない。弱音なんて吐かず、自慢されにいってやろうじゃないか!
……契約までしてるんだから、流石に俺は招き入れてくれるよね?まさか拒絶されたりしないよね?
『ほ、ほんと?ほんとにほんと?言ったな?言ったからな!?ぜったいぜったいぜーーったい!遊びに来るんだぞ?いや、吾輩が住処まで引き込み、招き入れてやる!だから絶対くるんだぞ?!いまさら拒否なんて許されないんだからな!』
『わかったわかった。男に二言はございませんよ』
俺の返事に大変満足した邪竜さん。
上機嫌なまま、ここへ現れた時と同じ魔法陣を通り帰っていった。
なんとか一件落着……とは言えないかもしれないが、まぁなんとかなるにはなった。
さて、とりあえず……
「ここのやつらなんとかしないとなぁ」
「ん、もうちょっとこのまま」
シャルが抱きついたままモゾモゾと体を擦り付けてくる。より密着度が増す。
なんて可愛いことをおっしゃられるんでしょうかこの子は。
俺も俺でその意見に大賛同!と引き続きモフモフを楽しもうとした矢先、遠くから声が届いてくる。
「おーーーい、リュートぉおおお!無事かぁあああ?!」
「はぁ、はぁ、シャルナールさん……早すぎです……えぇ?!なんですかこの状況?!」
ガゼンさんとリンカさんだ。また戻ってきてくれたみたいだ。
俺がこれ以上この人達に関わると余計ややこしいことになるかもしれない。2人の助っ人は実に助かる。
申し訳ないが彼女達に事後処理を–––––
「あぁああっ?!兄さんが、し、神獣様とイチャついてるぅ!!」
「ははは。残念だが、見つかってしまったみたいだ、シャル」
「んむぅ、しかたない」
リンカさんは倒れてる聖騎士達をみては驚き、ガゼンさんは、『やるじゃねえか!』と褒め言葉を送ってくれた。
今回のクエストは少し手こずったらしいルウは、『頑張ってクエストを終わらせたボクに待ってた光景が、これなんて酷すぎるよう!』と、よくわからないまま怒っていた。
最後の最後まで騒がしいまま、この日の出来事は幕を下ろした。
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