聖騎士さんの苦難② / 弟との決闘②
「⦑■ダ■■ワー■ ⦒」
あの男が何かを呟いた。その不可解な言語に反応し、彼の伸ばした右手の先に小さな魔法陣が顕れる。それは使い魔を召喚する際の魔法陣によく似ていた。
だが、その魔法陣からとてつもない邪悪な気配が吹き出していた。
悪寒が背筋を引っ掻く。まるで地獄の門が今目の前で開かれたような怖気。
恐怖に戦慄し、足が震える。なのに何故かその光景から目を離せない。
そしてそれは顕現する。
その魔法陣から、彼の指先を伝ってゆく。
その姿は……金色の鱗を持つ……
「は、ははは。そんな小さな『トカゲ』如きで、この俺相手にどうするつも–––––「総員退避ぃいいいいいいっっ!」
突然誰かの叫び声が響き渡る。いや違う、これは自分の声だ。あまりにも無意識に声を発していた。
その言葉とは裏腹に私はその場へ駆け出していた。ルイズ殿を、あの邪悪から庇うために体が動いていた
その時にはすでに、あの男の身体は黒の炎に包まれていた。
そして、その炎が晴れた先には、あまりにも悍ましいモノを目にすることとなる。
その姿は、異様だった。
指先と髪から黒い炎を立ち上げている。火の先は金色に輝いており、金粉の火の粉が日の光をキラキラと反射させている。
あの異質な黒の炎に触れた地面が全て、黄金へと変容していた。
そして……私の右腕も。
彼を庇った瞬間に少し触れてしまった。神聖の加護を持ってしても防ぎきれなかった。
それほどまでに強烈な呪い。
金の鱗を持つ呪いに自らの身を焦がし、自らの姿を竜へと変貌させたドワーフの成れの果て……
『邪竜:ファフニール』
千年以上前の歴史に名を残す、もはや御伽噺に近い存在。
それが今目の前に顕現している。
「ひっ、ひぃっ、な、なんだお前。なんなんだよそれぇ…っ?!」
後ろで彼が怯えている。あの炎がなくとも、この邪気は人の精神を汚染する。
彼の性根はどうしようもない。だが人々を守るのが我々『聖騎士』の使命だ。
だが……あんなものを相手にこの程度の人数では太刀打ちできない。誰か1人でも生きて帰してこのことを伝えなければならない。
私は変わらず彼を庇いながら黒金の炎に包まれるその男を見上げる。
対してあの男は、強烈な邪気を纏わせながら、呆然とこちらを眺めていた。
へたり込んだルイズ殿と、片膝をつきながら彼を庇うこの私を。
周りの仲間達も恐れを抱きながらも、剣を抜き『邪悪なる者』に魂を撃った男を囲い始める。
私はそれを手で制す。
感情のまま仕掛けて勝てる相手ではない。それほどまでにこの呪いは強力すぎる。
「リュート殿……まさかあなたが邪法師に堕ちていたとは……本当に残念です」
○●○●
『力を欲しているな?我が眷属よ』
頭の中にあの厨二竜の声が響く。
厨二病がここぞとばかりに厨二的な発言をしている。俺の頭に再生されたのは、黄金の鎧が泣き喚きながら癇癪を起こしていたあの『ユートピア』で起こった一連の光景だ。
なんだか笑えてくるな。
だが、そのおかげで少し冷静になれた気がする。あんまり怒りすぎると体にも悪いからね、ストレスとかね。
『何?助けてくれる感じ?』
おぉ、すごい。頭の中で会話できてる。念話ってやつ?
『クックックッ。目の前の虫を屈服させたいのだろう?良かろう!我輩の力を持ってすれば、虫けら如き、踏み潰すのは容易いことよ。さぁ!その欲深い口で求めるがいい!貴様が厚顔無恥にも、この我輩に縛りとして付けたあの盟約の名を!今!ここで呼んで見せよ!』
めっちゃ盛り上がってるのが声から伝わってくる。
うわー。こいつ、もしかしてずっとこう言う場面を待ち望んでたの?期待してたの?ワクワクしてたの?
だとしたら面白すぎるな。
「リュートォオオオ!テメェはここで殺す!」
おっといけない。とりあえず目の前のこいつにきついお灸を据えないなければ。
あの厨二竜、邪竜とかって恐れられめるらしいし、ビビらせるにはちょうどいいだろう。
名前を呼べばいいんだっけ?
えーと……
「⦑ミダスノワール⦒」
うおっ、発音?声の響き?がなんか変な感じするな。
あの厨二くさい名前を呟いた途端、伸ばした手に紋様が浮かび上がり、その先に魔法陣が現れる。
おお!俺もなんか魔法っぽいの使えてる!小さいけど確かに使えてる!かっこいい!
「…っ?!」
魔法が使えるはずのない俺が、魔法っぽいものを使ってることに、ルイズは驚き、動きが止まってしまう。
ルイズが口を開く前に、その邪竜は姿を現す。
魔法陣の中から這い出てきたのは……金色のトカゲだった。
…………え、ちっさ。
「は、ははは。そんな小さなトカゲ如きでこの俺相手にどうするつも–––––「総員退避ぃいいいいいいっっ!」
叫び声が聞こえたと思えば、すぐに視界が黒に埋め尽くされる。
『うええっ?!なんじゃこりゃぁっ?!』
『クックックッ。さぁ、我輩の権能を思う存分見せつけ、あの愚物どもにその恐ろしさを身をもって教えてやるが良い!』
わけがわからんまま、黒い炎に包まれる。
怨嗟のような炎の音の中で、邪竜の声だけが聞こえてくる。
今回は、マスコットキャラみたいな可愛らしい声してるね?お前もうずっとその姿でいてくれ。
黄金の大きな鎧とか似合ってないよ。本体の姿とか知らないけど。
『じゃあまぁ……お言葉に甘えて』
俺のその言葉と同時に、俺たちを覆っていた黒い炎は消えていった。
地面から反射される光に、つい自然と視線を向けてしまう。軽く足の爪先で蹴ってみると、コンコンという音が鳴り、硬さを感じる。
うわぁ……本当に金に変わってる……怖。
指からは黒い炎が立ち上り、その先は金色に輝き、金粉をキラキラと撒き散らしている。
なんかすごいオシャレなエフェクトって感じだ。
厨二心が疼くぜ。この世界に写真機がないことが悔やまれるね。
そして次に周りを見渡す。
見物人達はとうに全員逃げ出しており、残ってるのは聖騎士さん達のみ。
彼らは、俺とルイズ達を囲い、その腰の大きな剣の鋒を俺の方へと向けていた。
やべ〜〜。なんかわかんねえけどヘイト買いすぎじゃん。
「ひっ、ひぃっ、な、なんだお前。なんなんだよそれぇ…っ?!」
『おぉ!すげえ。あのクソ傲慢野郎がめっちゃビビってる!効果覿面じゃーん!流石は邪竜様ですなぁ!』
『ぬっふっふっ!そうだろうそうだろう!』
こいつのご機嫌取りをしながら聖騎士さんに庇破れてるルイズを見る。
まぁ、周りの聖騎士さん達は動きそうにないし、とりあえずはこいつからだ。
………というかそもそも、決闘に乱入ってダメなんじゃないのぉ?!ずるくなぁい?!
「リュート殿……まさかあなたがウォーロックに堕ちていたとは……本当に残念です」
……?うぉーろっくってなんぞ?魔法使い的な?俺魔法使えないけど?
………わかんないね。
これはまた『〜〜教えて!ラミア先生!〜〜』を開くしかないな。
「そこをどいてくれませんか?まだ決闘の勝敗はついてないんですよ」
よくわからんが、そこのクソガキを逃すわけがないにはいかない。
ちゃんと心の奥底に恐怖を叩き込んで、シャルに関わらせないようにしないといけないのだ。
マジでわからせる。
「よくもまぁこんな状況でぬけぬけと……魔力が枯渇しているからと、そんな悍ましいものから力を借りようとは」
なんか勘違いしてらっしゃらない?
でもこの契約の経緯を話せば、さらに俺の評価が下がる気しかしないのでそのままでいてもらおう。
あんなばかな茶番劇でこんなことになったなんて恥ずかしくて言えないよ。
あと世界を危機に落としかけたことも、もちろん言わないほうがいいだろう。
「そいつがいけないんですよ」
俺が手を動かすと、そこから黒い炎が伸びてゆき、金の棒が生成される。
それを握り、先端を地面に引き摺りならゆっくり歩を進める。
先端が触れてる地面は、黄金化の呪いが広がってゆく。
よく見るとその聖騎士さんの右手も黄金化していた。
うーん。生き物相手に使うとなると……力の加減間違えたら大変なことになりそうだ。
よし!まずは自分の身体で試してみよう!
『ん?……お、おい我が眷属よ……貴様一体何を……』
俺はその黄金の棒を、もう片方の左手へちょいと当ててみる。
そこから徐々に黄金化が始まる。その呪いは身体への侵食をつづけている。
ふんふん、なるほど……こんな感覚か、大体わかったわ。
『のわぁぁああっ?!何をしておるんだこのばかばかばかばかぁっ!?』
「…ッ?!気が触れたか!?」
急に聖騎士さんと厨二竜から罵倒された。何こいつら、酷くない?
聖騎士さんに至っては『やはり、ただの人間が邪竜の力など、御せるものではなかったか』と哀れみの含んだ声色でぶつぶつと続けてる。
失礼な奴だなぁ。
『だーじょーぶだよ。みてろって』
いまだに、小さなトカゲの姿で慌てまくっている厨二竜を諭す。
すると、黄金化された左に白い炎が発生し、その呪いを焼いていく。そしてすぐに左手は元通りとなった。
『聖痕』様々ですなぁ。
シャルとジェムハザ様に感謝感謝。
シャルの偶像も作って祈ろうかな……いや、本人に直接感謝を伝えればいいか。そのほうが喜びそうだし
『な?』
そう言いながら、慌てふためいていた邪竜さんに、元通りになった左手を見せびらかしてやる。
……え?なに?
その光景に、厨二竜どころか、聖騎士さんすら動かず絶句していた。
2人とも顔が見えないのでどういう反応なのかわからない。ただ驚いてることだけはなんとなくわかる。
「……え?俺、なんかやっちゃいました?」
これ、転生してから一回は言ってみたかったんだよね。
続きが読みたい!と思っていただけましたら、
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