吸血鬼さんとの約束デート③
こちらへどうぞ、と上着を地面に敷き、座る場所を作って差し上げる。
綺麗なドレスなんでね、土で汚すのは申し訳ない。
「あ、ありがと……」
その上に腰掛けるラミアさん。
「いえいえ、これくらい」
………後でその温もりを楽しませて……いや流石にキモい。自重しよう。
それから、俺たちは何気ない会話を楽しんだ。どれくらい喋ったか、あまりよくわからない。
たくさん長く喋った気もするし、全然まだまだ喋れてない、物足りない気もする。
「リュートはいつも、いろんなことをしてくれて、たくさん褒めてくれるね?」
「押忍!自分!ラミアさんにゾッコンなんで!そこんとこ、しくよろぅ!押忍!」
「……?」
「あ、はい。ラミアさんの為なら、色々したくなっちゃうんですよね。眷属とか関係なく」
綺麗な人に尽くすのは男の本望ってね。
「じ、じゃあさじゃあさ……私からも、一緒にしたいことがある、って言ったら……付き合ってくれたりする?」
「付き合うに決まってるじゃないですかぁ〜……え、っていうか俺、1人で勝手に進めすぎましたか?ほんとはもっと別のしたかったことがあったりとか……?」
ま、まずい。それはまずいぞ。その場合エスコート大失敗だ!
相手のしたいことや苦手なことを聞かずに1人で盛り上がって、勝手にデートを勧めるイタいやつじゃん!?
このままだと『お前空気読めないね(笑)』『こいつ使えねー(笑)』『陰キャくん、はりすぎちゃったのかな?(笑)』みたいな評価になってしまう?!?
嫌だ!そんなの嫌だ!ラミアさんには、スマートな男って思ってもらいたいよぅっっ。
「あ、ううん!そんなことない!すっごく嬉しかったよ?……ただ、私がしたいことは、ちょっとしたことだから、全然今からでもできると思うし……」
ほ。よかったよかった。危なかった。俺の意識が自壊するところだった。
「じゃあ、早速やっちゃいます?」
ふふ、なんだろー?なんかのクイズとかかなー?手遊びとかだったらどうしよー?!俺、ドキドキして今夜眠れなくなっちゃうかもー?!
「あ、あのね…ふぅ、…お、追いかけっこぉ、ふぅぅっ、追いかけっこぉ、したいのぉ」
うわぁ〜お。すんごい目。めっちゃ瞳が爛々としてるよ。
この目をどこかで見たことある。そうだ、おもちゃで遊んでやってる時の白玉の目だ。
腰を浮かせ、フリフリしながら狙いを定めるあの目と一緒だ。
彼女の瞳が、金から紅へ変色していく。
空気が重たい。湿っているかのように、身体にまとわりついてくる。
これ完全に捕食者の目ですわ。あの時と一緒ですわ。
あれかな?狩りかな?狩りがしたいのかな?
俺という人間を追いかけ回して、hunting & excitingしちゃいたいのかな?
吸血鬼としての狩猟本能的なアレを満たしたいのかな?
「うわぁっ、とぉっ」
ははは、またですわ。またいつの間にか押し倒されてますわ。
「ねぇぇ、りゅーとぉ……わたしぃ、もう我慢できないのぉ…」
俺の上で彼女は体を震わせる。その口からは艶かしい吐息が漏れる。
顔が紅く染まり、挑発的な表情を浮かべている。色気がしゅごい。
今のセリフ、言葉だけで見れば、『えっち』に思うじゃないですか?でも、彼女が口にするこおであ〜〜ら不思議、『え゛っ゛っ゛っ゛っ゛っ゛っ゛ち゛』なセリフに大変身!
「いぃでしょぅ?」
心の中でエッヂを効かせている俺にラミアさんは問いかける。
我慢ならない、と言った様子で返事を急かしてくる。
まぁ、なんにせよ……
「はぁい!是非やりましょぉう!」
……断るなんて選択肢、最初からないけどね。
その後、暗い夜の森の中で、たびたび俺の奇声が響き渡ったという。
○●○●
「ほぉぉ、ほぉはよーござぁあす」
早朝、俺はヘロヘロになりながらギルドの扉を押す。
血を……血を吸われすぎたぁ……。
扉を開いた先には、腕を組み、胸を逸らせ、堂々と仁王立ちしているルウの姿があった。
「兄さん!どこ行って–––わぁ?!だ、大丈夫?!」
俺の満身創痍の姿を見て、心配の表情を浮かべるルウ。
「へ、へへへ。ルウ、男にはな、何がなんでもやり遂げなきゃいけない時があるんだよ……俺にとってそれが…昨晩だっただけさ」
「あら、お帰りなさ–––リュートくん?!大丈夫ですか?!」
ボロボロの俺を見兼ねたリンカさん。俺は医務室に連れて行かれる。怪我がないことを確認し『少し安静にしていなさい』と俺をベッドへ寝かせ、業務へと戻っていった。
んー、だけどもう平気になっちゃったなぁ。再生能力で戻っちゃったんだなぁ。
ベッドのそばで、俺の手を握りながらルウが呟く。
「兄さん……誰に、やられたの?」
あれ?なんか圧が強いね?
……なんか誤解されてる気がするな。
「ルウ、これは違うぞ?別に襲われたとかそういうわけじゃなくてだな」
いや、まぁ襲われてはいたか……なんかえっちな感じで、だけど。
「……あの時の吸血鬼の匂いがする」
なんでみんなそんなに鼻がいいの?ルウきゅん、人狼の能力をそんな時に使わないでね?
少し前に、シャルに教えてもらったのだが、ルウはかなり強い精神力の持ち主らしい。それが人狼の呪いに対し抵抗力を生み出していた。
その強力な呪いを少しでも発散しようと、満月の夜以外でも、人狼の能力を少しずつ解放していたらしい。
だからあんなに元気で力も強かったんだね。
たとえ狼の姿になったとしても、他の人狼よりかはかなり理性が残っていたらしい。
そして、シャルの解呪?を受け、呪いが弱まり、ある程度の呪いの調整が可能となったそうだ。
それこそ獣人のように、日中でも姿を変え、身体能力や語感を上げることができるらしい。
すごぉい。
俺にも同じことができるかと聞いたら、『リュートは今メチャクチャで、ギリギリバランスを保ってる状態だから下手に触れない』とのこと。
……まじでどゆこと?
とりあえず無理なものは無理だそうで、諦めることとなった。
なので、今のルウさんの状況はかなり獣人さんたちに近いかもしれない。
違う点は、基本の姿が完全な人間だということだ。
つまり、いつでも強い獣人になれる人間…と言ったところだろうか。
だからと言ってね?そんなすぐに力を使ってはいけませんよ?一応、呪いんなんだから。
「ルウ、あの人はお前から見れば怖いのかもしれないけど、俺にとっては大切な人なんだ。だからそう目くじらを立てないでくれ」
「……だって…」
「だって?」
「吸血鬼は、眷属にした人間をまるでおもちゃみたいに無茶苦茶にするんだよ?!四肢をちぎったり、痛めつけたり…身体が再生するからって、やりたい放題するんだ!ボク…ボク、兄さんがそんなことされてたら……」
ルウの頬からは、ポロポロと涙が流れてゆく。
…え、えぇ?!吸血鬼ってそんな怖いことすんのぉ?!だからシャルもあんな警戒心強かったってことぉ?!
「ルウ、こんなことを言ってもあまり信じられないかもしれないが、あの人はそんな酷いことはしないよ」
まぁハンティングはしてくるけど。
「……ほんと?」
「ほんとだよ。あの人は真祖の吸血鬼なんだ。そんな下品なことをする人じゃないよ」
いや、知らんけどね?真祖がそういうことするかどうかなんてなーんも知らないけどね?
でも、少なくともラミアさんはしない。
「……わかった。兄さんの言葉なら、信じる」
「…そうか、ありがとな。俺のために怒ってくれて、心配もしてくれて」
「んぅ」
わしゃわしゃと頭を撫でてやる。実に素直で可愛いやつだ。
「そろそろ帰ろうか」
「ん」
「今日は昼から一緒にクエスト受けような」
「……へへ、わかった」
か、可愛いじゃないかこいつ。
そんなことを思いながら、俺はルウと一緒に宿へ帰るのだった。




