人狼くん(?)との関係
ガタガタの窓から朝日が差し込み、自然と目が覚める。
「もう朝か…‥うぅ寒ぅ」
修復がカスなので、隙間風がビュゥビュゥ音を立てながら部屋に吹き込んでくる。
胸の中にいる湯たんぽ、こと、ルウから暖を取ろうとする。だが、それはモゾモゾと動きだす。
「んぅ」
言葉にもならない寝言を漏らしながら抱きついてくる。そっちから来るなんて殊勝な心掛けだ。
思う存分暖を取らせてもらおう。
「おにぃ、さん……」
今度はしっかり寝言だ。
「はいはい、お兄さんですよ〜。今日も一緒に薬草採取頑張りましょうね〜」
実に気持ちよさそうに寝てる彼の耳元で、俺は悪魔の囁きを施す。
ぐへへぇ。絶対逃してやんねぇからなぁ。
「…ぅ、ごめん…なさい……やだ……やだよぉ…」
え?何?涙流してんだけど……
そ、そんなに嫌ぁ?
まぁ………嫌か。子供のうちは遊びたいもんね。
あの時は怒り心頭だったから気が付かなかったけど…‥
よく考えたらルウは何も悪くないなぁ。呪いのせいなら、もうどうしようもないもんね。
でも、やっぱり俺1人じゃ無理だよぉぅ。ふぇぇん。
「おにぃ、……さぁん?!」
「あぁ、起きたかルウ。おはよう。いい朝だね」
ルウは、目を覚ますと同時に飛び上がり、ベッドから飛び退いていた。
そんな彼に俺は実に爽やかな笑顔を見せる。
「……ッ、な、なん……っ。ごめんなさ–––っ?!」
「うぉっ……とぉ。ふはは、この俺に二度、同じ手が通じると思うなよ、小僧ぅ〜」
俺が予想していた通り、ルウはすぐに逃げ出そうと扉へ駆けた。だがそれは、俺とルウを繋ぐ手錠により阻止される。
こんなこともあろうかと、互いの腕にはめておいたのだ。ナイス俺、冴え渡ってるぅ〜。
「な、なんでッ……!だって、ぼ、ボクは…ッ!」
「まぁまぁ、一旦落ち着けよ。お前の気持ちはわかるよ?その年で負債持ちは嫌だもんね?大丈夫大丈夫。よくよく考えたらお前は何も悪くないってことに気付いたからさ。呪いで自制心を失ってやらかした事を、咎めるほど俺も鬼じゃない」
まぁ鬼のつくご主人様はいますが。
「お前は何も気にしなくていいからさ?今まで通り手伝ってくれるだけでいいんだ。だからさ……お願い、たちけて?」
やっぱり俺1人じゃどう考えても無理だよぉ。貧乏なんだよぉ。俺は1人じゃ何もできない無能なんだよぅ。
「……へ?」
あれ、なんかポカンとしてらっしゃる。あんまり俺の気持ち伝わってない感じ?
「いやだからさ?…昨日ルウが破壊したこの部屋の壁に関しては、情状酌量の余地がありまくりだから、無罪にさせていただきます。だけど、俺1人じゃ返済が厳しいので、これからも面倒を見させていただく代わりに、もう少し一緒にクエスト手伝っていただけないでしょうか?という事なのですが……」
「わかんないよ!」
へ?わかんないのぉ?!結構丁寧に説明したつもりなんだけどぉ?
もしかして、無罪は当たり前すぎて交渉材料になってないってことぉ?こんな貧乏な家出てってやるってことぉ?
そんなに強く拒絶されたら俺泣いちゃうよぉ?大人のガチ泣き見せつけちゃうよぉ?
「ぼ、ボク…人狼なんだよ?!呪われてるんだっ!お兄さんを…こ、こ、殺しかけたんだよ?!なのになんで……なんでそんな……」
俯き、片腕をぎゅうっと握りしめるルウ。思い詰めたような辛そうな表情。
あ、そっちね?良かった。もう嫌気がさしたのかと思った。
大丈夫大丈夫。そんなことなら全然大丈夫。だからね、そんな辛そうな顔する必要ないからね。
「おいおい、俺も舐められたもんだなぁ。子供のやんちゃ如きで、命を落とす程やわじゃないぜ?見ての通りピンピンですわ。それとも、俺が不死者にでも見える?」
まぁ俺のご主人様は不死者ですが。
「でも……そうだとしても!ボク…満月の夜になったら…またお兄さんに迷惑を……」
「それに関しては大丈夫!シャルさんがある程度呪いを抑えてくれましたので!これからの対策も…まぁそれは追々説明するよ」
「…シャル?昨晩の…?」
「そう!我らが頼れる『神聖なる者』のぉぉお?ん、シャルナール・ビウ・グゥァァルシアさぁああん!……が、なんか白い炎で、浄化?を進めてくれました」
盛大に名を叫んだけど、別に後ろからご本人登場とかはない。
「シャルナール…って、まさか神獣様っ?!そんな人を僕なんかの為に……それにあの、吸血鬼のバケモノも……お、お兄さん一体何者なの……?」
シャルってそんな有名なんだぁ……すごいなぁ。
片や俺は、借金地獄で家計が火の車ですよ。猫の手ならぬ狼の手も借りたい所存なんですよ。
また婚約者との差に、つい遠い目をしてしまう。
「どうもぉ…リュート・ベルクニフです。ちなみにシャルさんは僕の元婚約者です。そしてあの吸血鬼さんは僕のご主人様です。」
遠い目をしたまま軽くご紹介させていただいた。
俺のご主人様なので、『バケモノ』とか、あんまり心無い言葉はやめてね?
「………」
信じられない。と言った顔で俺を見つめるルウ。そんな『珍獣発見』みたいな目で見つめないでほしい。照れちゃうじゃん?
『お兄さんの体は一体どうなってるの…?』とぶつぶつ呟き出したルウに、この先の方針をご提示させていただく。
「とりあえず、しばらくここで様子見すればいいじゃん?」
というかマジでお願いします。手伝ってください。
ルウくんも楽しそうにクエストしてたじゃん?ね?ね?おじさん、クズな事言ってる自覚はあるけど、背に腹は変えられないんだ?
「シャルの話も一緒に聞きたいだろ?あ、あとあと!最近知り合った呪術に詳しいダークエルフさんとかもいるからさ?もしかしたら人狼の呪印も更に制御できるかもじゃん?だから、ね?ね?今後のためにももう少しここにいない?」
お願ぁい。見捨てないでぇ?
『俺との関わりで生じるメリット』を並べながら、できるだけ同情を買えるようにうるうるとした瞳でルウを見つめる。
メリットの部分がマジで人任せなのはご愛嬌だ。
惨めったらしく縋り付くように懇願していると、ルウが体を震わせ始める。
「お兄さん……バカだよ……」
なんか罵倒されたんだが。でも今の俺は立場が弱いので何も言い返せない。
「へ、へへどうもバカです。こんなバカですが、今度ともどうかお願–––おわぁっ?!」
急に突進をかまされ、抵抗できずベッドの上に寝そべる。なんか最近押し倒されてばっかだな。
「ぅぅぅう、っぐ。逃げて、ごめんなさい。ひっ、酷いことして、ごめんなさぃぃい…ぁあぁあぁあぁ」
ルウは、涙を流しながら、俺の体を力強く抱きしめる。
「はいはいよしよし。許す許す。今までよく頑張ったよ」
そしてあともう少しだけ俺と頑張ってください。
「ぁああぁああぁああぁああぁあ」
胸の中で泣きじゃくるルウの頭を、俺は優しく撫で続けるのだった。
○●○●
「……ど?落ち着いた?」
「……っぐ、んん、」
大変よく泣きじゃくっていたが、しばらくして、啜り泣く声もだいぶ収まってきた。
ルウが俺の胸から顔を離す。
「ぶふぅっ」
その姿に俺はつい吹き出してしまう。
「な、なに…?」
「いひゃひゃ…お、お前…鼻水、鼻水びろ〜んって…!あひゃ、あひゃひゃひゃひゃひゃ」
「へ?んぁ…!」
俺の胸元はルウの顔面の汁でべちょべちょだ。シャツを貫通して肌まで湿ってる。
そのシャツからルウの鼻先まで、見事な鼻水ブリッジが渡っていた。
「わ、わらいすぎ!」
必死に鼻水を手で拭いながら、恥ずかしそうにプンスコ怒っている。ズビズビ鼻の音を鳴らしながらこちらを可愛らしく睨んむルウ。
それがまた俺のツボを強く刺激し、更に笑いが止まらなくなる。
「あひゃひゃひゃひゃ、ま、待って、そんな状態で怒んないで…!ふひっ、お、お、面白すぎるから、ふひひひひ、ほんと、やめ…あひゃひゃひゃ」
「んー!もうっ!」
「ひゃひゃひ–––んぷぎゃぁっ?!」
こ、このガキっ?!なんてことをしやがる!?
何を思ったか、ルウは、そのベチョベチョの顔面を、服ではなく俺の顔面になすりつけ始めやがった。
「んむぉ、おいっ!おまっ…んのっ、やめなさい!」
「まきぞえだぁぁあ!」
満遍なく、顔面の汁を俺の顔面で拭ってゆく。
抵抗を試みるが、全然歯が立たない。力が強すぎる。
なるほど、これがシャルの言っていた、『ルウの強い精神力による呪いへの抵抗』そしてその『副産物』か。
でも今はそれどころじゃない。感心してる場合じゃないのだ。このままだと俺の顔面がこなガキの顔面汁でべちょべちょになってしまう。
途中、唇に何か、ふにっ とした感触が過ったが、そんなこと気にしていられなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ…お、お前ぇ…!」
「はぁ、はぁ……お、お兄さんが悪いんだから」
顔面をべちゃべちゃにしながら言い合う姿は、他者から見ればさぞ滑稽だろう。
「こ、このクソガキめぇ」
「あれれー?お兄さん言ってなかったっけ?『お前になら何されてもいいかな』って、カッコよく言ってなかったっけー?」
ルウはニヤニヤと悪戯っ子のような意地の悪い笑みでこちらを煽る。
このガキィィ…さっきまでの態度はどこへ行ったぁぁっ!
俺が歯をギリギリと噛み締めながら、輩のような目で睨みつけていると、ルウは唐突に問いかけてくる。
「……さっき、神獣様は元婚約者とか、吸血鬼がご主人様、って言ってたけどさ……」
「え?急になんの話?」
「じゃあさ、ボクのことは…どう、思ってるの…?ボクは、お兄さんにとっての……なに?」
もじもじとしながら上目遣いで尋ねてくる。
あれ?俺の問いかけは?
ナチュラルに無視して♪ナチュラルに傷つけるよ、ねぇ〜♪
……それ、ラミアさんにも聞かれたなぁ。
「うーん…まぁ、とりあえず『弟』ってところかな?」
「弟……かぁ」
なんだか複雑そうな顔だ。
家族認定するの流石に早すぎた?距離感近すぎたかな?
よく考えたら、子供といえどそろそろ思春期、彼から見たら、もうおじさんと言っていいだろう。そんな俺がベタベタとくっつくのは、流石に……え?性別関係なく、割とキモくね?
俺が自分のキモさに頭を抱えていると、これまたとんでもない質問が飛んでくる。
「じゃ、じゃあさじゃあさ!キス……したことある?」
ナチュラルにキスをしてよ、ねぇ〜♪、じゃないんだわ。
「……ほんとに急にどうした?…そういうのが気になっちゃうお年頃なの?」
「ど、どうなの!」
えぇ〜さっきからスルースキル高くない?まぁ、いいけどさ?俺の話が無視されるのは、ユミちゃんとベルクニフ家の扱いで慣れてるけどさ?
キス…かぁ。転生してからは……
「したこと、無いなぁ」
「そ、そうなんだ。へへへ」
な、何が面白いこのクソガキ!人の不幸を笑う奴は、人の幸せに泣くことになるんだぞ!
これは今のうちに保護者として教育しておかなければならない。この人格の歪みはまずい。
今の年齢くらいな「じゃあボクが一番乗りだ」らまだ間に合う。これからが大切だ。人格形成に大事な時期がちょうど今くらいのは–––––
「今、なんか言った?」
俺が思考を巡らせてる間に何かぼそっと聞こえた気がする。
「んーん!なんでも無い!それより、今日もクエスト行くんでしょ?」
「え?まぁそうだけど、ついてくんの?体もう大丈夫なの?」
「それ、お兄さ–––…に、兄さん…が、言う?」
口をもごつかせながら、少し照れたように言い直した。
わざわざ呼び方を変えるとは……なかなか可愛いところがあるじゃ無いか。
なんだかんだ、ルウも俺のことを家族として扱ってくれるみたいだ。へへへ、嬉しいね。
「いや、まぁお前が大丈夫ならいいんだけど」
「ボクはむしろ力が漲ってるよ!…神獣様のおかげかな?うん、元気いっぱい!」
目の前の少年は、ふんすふんす!とやる気をみなぎらせている。
「そ、そうかぁ…じゃあ行くかぁ………お手柔らかにね?」
は、ははは。いつも以上に元気、かぁ……もってくれよ、俺の体ぁ。
そうして俺たちは、またいつも通り、何も無かったかのようにクエストを受ける。
いや、何も無かったとは言えないだろう。
彼との関係は、この日を境により強く、より深くなったのだから。
こんな俺にも『家族』と呼べる人が、出来たのだから。
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