第1章 勇者の裏切り者
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魔王城の広間に、重苦しい空気が満ちていた。
黒曜石の柱に灯る炎が揺らめき、数多の魔族たちが視線をこちらに注ぐ。
その視線の中心に立たされているのは――勇者リオネルだった。
「……人間が、ここに」
「勇者が、魔王の城に足を踏み入れるとはな」
「裏切り者め……」
低い唸り声や嘲笑があちこちから響き、リオネルに突き刺さる。
彼は顔を上げ、毅然と立っていた。だがその掌には力がこもり、微かに震えているのを僕は見逃さなかった。
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僕は一歩前に出て、声を張る。
「彼は裏切り者じゃない。勇者としての道を、自分の意志で選んだんだ」
だが魔族の一人、赤い双角を持つ戦士ガルヴァが吼えた。
「人間など信用できるものか! まして勇者だと? こやつは俺たちを滅ぼすために剣を振るってきたのだぞ!」
広間にざわめきが走る。
リオネルの眼差しが揺らぎ、唇が固く結ばれる。
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そのとき、ゼノが剣の柄に手を置きながら一歩前へ出た。
「なら、俺が保証する。リオネルは戦場で俺たちと肩を並べた。命を懸けて瘴気の残滓を斬ったんだ」
ミレイアも声を重ねる。
「彼がいなければ、私たちはあの場で死んでいました。……それは紛れもない事実です」
魔族たちのざわめきは収まらなかったが、少なくとも彼らの言葉は重みを持っていた。
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僕はリオネルに視線を向ける。
「リオネル。お前自身の言葉で答えろ。なぜここに来たのか」
広間の空気が一層張り詰める。
リオネルは聖剣を腰に収め、まっすぐに前を見据えて言った。
「俺は勇者だ。だが、人間の王も教会も……俺を道具としか見なかった。
アレン、お前と戦って気づいたんだ。勇者である前に、俺は“俺自身”でいたい。
だから――ここで共に戦う」
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その言葉に、広間が静まり返る。
怒声も嘲笑も消え、ただ炎の音だけが響いた。
やがてガルヴァが低く唸り、腕を組む。
「……口先だけであれば、今すぐ斬り捨ててやるところだ。だが……その眼は本物らしい」
他の魔族たちも、まだ完全には受け入れないまでも、敵意を少しだけ引いたように見えた。
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### 6(ラスト)
リオネルは深く息を吐き、僕の方を振り返る。
「……これが俺の始まりだ。裏切り者としてでも、俺は俺の道を選ぶ」
その姿は孤独でありながらも、確かな誇りをまとっていた。
――勇者リオネル。
彼の新たな旅路は、今ここから始まったのだ。
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