第5章 勇者の葛藤
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王都の奥深く、勇者アレンは重厚な石壁に囲まれた執務室に呼び出されていた。
机の上に置かれていたのは――あの「血の契約」。
王直属の魔導官が、淡々と説明を始める。
「これが陛下の決定である。
勇者殿、あなたも名を記すことで、この契約の守護者となるのです」
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アレンの瞳が怒りに揺れる。
「……これは、人間のための和平ではない。ただの支配だ」
「勇者殿、言葉をお慎みください」
魔導官の声は冷ややかだった。
「だが……魔族との戦を避ける唯一の道は、これしかない」
その言葉には一片の迷いもなかった。
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アレンの拳が震える。
「俺は……民を守るために剣を取った。だが、こんな契約で縛りつけられたら……」
彼の脳裏に浮かぶのは、森の中で交わしたあの言葉。
――『俺に証明してみせろ。言葉じゃなく、行動で』
魔王を名乗るあの青年の真剣な瞳が、今も胸を突き刺していた。
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### 4
その時、扉の外から重い声が響いた。
「迷うな、アレン」
現れたのは王国宰相リュシオン。
彼は威圧的な笑みを浮かべ、契約書を指差した。
「お前は国に仕える剣。疑念を抱く余地などない。
署名せよ、それが勇者の役目だ」
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### 5
アレンは宰相を睨み返す。
「……もし俺が拒めば?」
「裏切り者として処刑されよう」
その答えは、あまりにもあっけらかんとしていた。
宰相は続ける。
「だが心配するな。魔族が契約を破れば、奴らは自滅する。
お前はただ見届ければいい。血に縛られた“勝利”を」
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### 6
アレンの喉が焼けるように乾いた。
契約に署名すれば、確かに戦は一時的に避けられる。
だがその先に待つのは、魔族の奴隷化と勇者自身の鎖。
(俺は……どちらを選ぶ? 国か、自分の信じる正義か)
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### 7(ラスト)
やがてアレンは深く息を吐き、契約書に視線を落とした。
赤黒い文字が、血に飢えた獣のように脈動して見える。
ペンを取るか、拒むか――決断の瞬間は、目前に迫っていた。
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