第3章 勇者の影
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和平の使者が去った夜。
地下神殿の外、森は濃い霧に包まれていた。
その静けさの中で、異様な気配を感じて僕は立ち上がる。
(……誰かが、近づいている)
兵を呼ぼうとした瞬間、黒い影が木々の間から現れた。
月明かりに浮かぶ姿は――勇者アレンだった。
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咄嗟に身構える僕に、アレンは剣を抜かなかった。
代わりに右手を挙げ、静かな声で告げる。
「安心しろ。今夜は斬りに来たわけじゃない」
「……なら、何しに来た」
僕の問いに、アレンは短く息を吐いた。
「確かめに来たんだ。王国の“和平”が、本物かどうか」
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### 3
その言葉に、胸がざわつく。
「お前も……気づいているのか」
「火矢の件だ。俺は兵を守るため戦場を駆け回っていたが……あれが偶然じゃないことくらい分かっている」
アレンの瞳には苦悩が宿っていた。
「王国は、俺さえも囮にして魔王を討とうとした……そうなんだろう?」
答えられなかった。だが、沈黙が答えに等しかった。
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### 4
「……じゃあ、俺は何のために剣を振っているんだ」
アレンの声は掠れていた。
「祖国のため? 民のため? それとも……権力者の都合のためか?」
その問いに、僕は思わず叫んでいた。
「お前が守ろうとしたものは、確かにそこにあったはずだ! 兵士も、民も……!」
互いの声が森に反響する。
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### 5
アレンは俯き、長い沈黙の後で小さく呟いた。
「……もし、お前が本当に人間を滅ぼす気がないのなら」
顔を上げたその目は、真剣そのものだった。
「俺に証明してみせろ。言葉じゃなく、行動で」
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### 6
言葉を返そうとした瞬間、遠くで角笛の音が響いた。
森に緊張が走る。
「……王国の追手か」
アレンは振り返り、剣を抜いた。
「今は、ここまでだ。また会う」
そう言い残し、霧の中へと姿を消した。
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### 7(ラスト)
残された僕は、胸を押さえながら立ち尽くす。
勇者は敵か、味方か――まだ分からない。
けれど確かに、彼の心にも揺らぎが生まれている。
(いずれ、決断の時が来る……俺も、アレンも)
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