第2章 和平の使者
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翌朝、まだ宴の余韻が漂う広間に、一報がもたらされた。
「王国から……使者が参っております!」
ざわめきが走る。
王国軍と血で血を洗ったばかりの魔族に、和平を持ちかけるだなんて――常識では考えられなかった。
「罠に決まってる」
「いや、和睦を装った刺客かもしれん」
幹部たちが口々に言い合う中、僕は小さく頷いた。
「……会おう。ここで背を向ければ、弱みになる」
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やがて現れたのは、白い外套を纏った壮年の文官だった。
その背筋は伸び、薄い笑みを浮かべている。
「初めまして……“魔王陛下”。人間王国、特使のセルヴァンと申します」
言葉にこそ敬意はあるが、その瞳には冷たさしかなかった。
僕は無言で手を示し、続きを促す。
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「王国は、無益な流血を望んでおりません。
互いに戦いを続ければ、ただ民草が疲弊するばかり……」
甘い響きの言葉。
だが、どれほど飾られても、その裏に毒があるのは明らかだった。
幹部の一人が怒鳴る。
「貴様らが火矢で同士討ちを仕組んだのを、我らは知っている!」
しかしセルヴァンは微笑を崩さず、さらりと受け流した。
「戦場では混乱がつきもの。真実など誰にも断定できません」
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### 4
僕は問いを投げた。
「和平を望むなら、なぜ勇者を前に立たせた。彼は駒じゃないはずだ」
一瞬だけ、セルヴァンの笑みが強張った。
けれどすぐに、穏やかな声で返す。
「勇者様は、国の誇りにして象徴。その御方を危険に晒したことは……遺憾であります」
(嘘だ。こいつは、アレンのことなど道具としか見ていない)
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### 5
沈黙が広がる。
やがてセルヴァンは懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
「これが王国からの和平条約案です」
それは、“停戦”の二文字を大きく掲げながら――裏面に膨大な条件を連ねていた。
領土の割譲、資源の献上、人質の差し出し……。
和平などではない。隷属の証文だ。
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### 6
幹部たちが激昂し、剣を抜きかける。
その空気を、僕は手を上げて制した。
「……一度、預からせてもらおう」
セルヴァンが口元に薄笑いを浮かべる。
「賢明なるご判断、感謝いたします」
そう言い残し、使者は悠然と退いていった。
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### 7(ラスト)
残された羊皮紙を睨みながら、僕は拳を握りしめる。
(和平を掲げながら、これは支配の鎖だ……)
そして脳裏に浮かぶのは――勇者アレンの姿。
彼は、この欺瞞を知っているのか。それとも……。
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