第3章 初めての人間遭遇
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# 第3章 初めての人間遭遇
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魔王城での最初の夜。
ふかふかすぎるベッドに寝かされながらも、僕は一睡もできなかった。
部屋の窓からは赤い月が覗き、闇の森に潜む獣の遠吠えが響く。
シーツの肌触りは最高だし、料理も豪華すぎるほど用意された。なのに……落ち着けるわけがない。
(やばい。僕、完全に魔王扱いされてるんだよな……)
思い出すだけで胃が痛くなる。
四天王と名乗る連中は、どう見ても人間じゃない。ひとりは巨人、ひとりは甲冑の怪物、ひとりは妖しい魔女、ひとりはカリスマ性全開の美青年。
あんな連中が全員、僕を「次代の魔王」だと信じて疑わない。
しかも魔族の大群までが「陛下バンザイ!」って……。
(……いやいや。なんで僕がこんな役をやらされてんの?)
何度も現実逃避しようとしたけど、赤い月の光が無慈悲に「逃げられないぞ」と突きつけてくる。
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翌朝。
「陛下! 大変です!」
部屋の扉が勢いよく開き、ゼフィルスが飛び込んできた。
「わっ!? ノックくらいしてよ!」
心臓が跳ねる。寝間着姿なのにいきなり入ってこられると、ほんと困る。
しかし、ゼフィルスの顔は深刻そのものだった。
「人間の斥候が城の結界を突破しました。このまま放置すれば内部に侵入します」
(……人間!? いきなり遭遇イベント!?)
「陛下、ご下命を!」
ゼフィルスが片膝をつき、真剣にこちらを見上げてくる。
(や、やめて! そんな期待の目を向けないで! 僕なんて人間側だから!)
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しぶしぶ連れて行かれたのは、魔王城の中庭だった。
空気が張り詰め、魔族の兵士たちが武器を構えている。
「……っ」
その中心で、剣を抜いたひとりの青年が立っていた。
人間だ。僕と同じくらいの年齢。茶色の髪に、硬い表情。革鎧を身に着け、必死に警戒を崩さない。
「くそっ……ここは魔王城か……!」
彼は息を荒げながら、辺りを見回している。
(あ……やばい。普通の人間だ。こんなところに迷い込んだら、確実に殺される)
「陛下、命令を!」
ゼフィルスが囁く。
「え、えっと……」
僕は固まった。命令って言われても……どうすればいいんだよ!?
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青年の視線が、僕に突き刺さった。
「お前が……魔王か!」
ビリッと背筋が震える。
違う! 違うから! 僕ただの高校生だから!
叫びたいけど、叫んだら終わりだ。
「……そうだ」
声が勝手に出ていた。喉が渇いて震えているのに、なぜか低く響いた。
兵士たちが息を呑む。青年の顔に、はっきりとした恐怖が浮かんだ。
(うそ……今の信じた? 完全に bleuff だったのに!?)
とにかく、次の言葉を紡ぐしかない。
僕はできるだけ威厳を込めて、宣言した。
「立ち去れ。さもなくば――貴様の命は、この場で消える」
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沈黙。
兵士たちも青年も、息を呑んで動かない。
……実際、僕は何の力もない。消すどころか、素手で殴られたら死ぬ自信ある。
でも――次の瞬間。
「ひ、ひぃぃっ!」
青年が後ずさりし、剣を落とした。
そして必死に叫ぶ。
「お、覚えていろ……魔王め!」
彼は踵を返し、結界を突き破って走り去っていった。
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「……お見事です、陛下」
ゼフィルスが恍惚としたように呟いた。
「え、いや、あの……」
「ただ一瞥しただけで敵を退けるとは。やはり我らが魔王様は桁違い」
周囲の兵士たちも口々に賛美の声を上げる。
「す、すげぇ……魔王様の眼光ひとつで人間が逃げたぞ!」
「やっぱり伝説は本当だったんだ!」
……いやいやいや! 今のはただの脅し文句だよ!?
必死に否定したかったけど、もう口を開く勇気がなかった。
(……マジか。僕、完全に“本物”だと思われちゃってるじゃん……)
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