第5章 揺らぐ勇者の心
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夜の王都は静かだった。
歓声と祝賀の喧騒は遠ざかり、城壁の上でアレンは月を仰いでいた。
(勇者は、魔王を討つために選ばれた存在……そのはずだ。
けれど、あの“魔王”は……)
剣を握る手が震える。
敵を前にしたときの高揚感ではない。心の奥底にまとわりつく違和感だった。
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「アレン?」
背後から声をかけてきたのは、僧侶エリナだった。
彼女はランタンを掲げ、柔らかな光で闇を押し返す。
「また悩んでいるのね」
「……ああ」
アレンは正直にうなずいた。
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「俺は……勇者として、魔王を討たなければならない。
だが、あの男は……人を守ろうとしていた。少なくとも、ただの怪物には見えなかった」
エリナは目を伏せ、静かに言葉を紡ぐ。
「神殿で学んだ教義では、魔族はすべて敵だと教えられてきたわ。
でも……もし、それが“間違い”だったら?」
その問いが、アレンの胸に鋭く突き刺さる。
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### 4
そこへ、仲間の戦士ライガが現れた。
「何を話している?」
アレンは一瞬言葉を飲み込んだ。
だが、ライガの瞳はまっすぐで、隠し事を許さない。
「……魔王は、討つべき相手なのか。俺には、それが分からない」
告白に、ライガはしばし沈黙した。
そして低く言った。
「お前が迷えば、俺たちも揺らぐ。だが……勇者として選ばれたのはお前だ。決めるのもお前だ」
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その言葉の重さに、アレンの胸はさらに締め付けられた。
王国の命令と、仲間の期待。
そして――あの“魔王”の瞳に宿っていた、抗いがたい誠実さ。
(もし俺が刃を振るえば……本当に正義なのか?)
答えのない問いが、胸の中で渦を巻く。
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やがて夜が明ける。
城下の鐘が鳴り響き、王国軍の召集が告げられた。
アレンは深く息を吸い、剣を腰に下げる。
(俺は……勇者だ。だが、勇者である前に――一人の人間でもある)
その想いが、彼の心に小さな決意の芽を残していた。
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