第5章 勇者の決断
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夜明け前の薄闇。
野営地の丘で、勇者アレンはひとり剣を振っていた。
振るたびに冷気が頬を刺し、肺に鋭い痛みが走る。
(……迷っている場合じゃない)
剣の切っ先に宿る光は、彼自身の心を映すかのように揺らいでいた。
魔王の姿が脳裏に蘇る。
圧倒的な光、兵士を奮わせる声……だが。
(あれは……本当に“魔王”だったのか? それとも……)
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背後から声がした。
「アレン。……また一人で鍛錬か」
振り返れば、仲間の騎士ライナスが立っていた。
短く刈り込んだ金髪に、頑強な体躯。常にアレンの右腕として戦ってきた戦友だ。
「お前は考えすぎる。魔王は魔王だ。それ以上でも以下でもない」
ライナスは岩に腰を下ろし、淡々と言った。
「だが……」
「だが、なんだ?」
アレンは唇を噛む。
「もしあれが……“本物”じゃなかったとしたら?」
その言葉に、ライナスはしばし沈黙した。
やがて低く答える。
「本物だろうと偽物だろうと、民を脅かす存在なら討つ。それが俺たち勇者一行の役目だろう」
その言葉は鋭く、迷いを斬り捨てるようだった。
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その夜。
アレンはセリナと共に小さなテントで火を囲んでいた。
「アレン……」
セリナは小さく呟いた。
「君が迷ってるの、分かる。私だって同じ。でも……」
彼女は焚き火の炎を見つめた。
「戦争は待ってくれない。決めなきゃいけない時が来る」
アレンは黙っていた。
セリナの横顔は、強くも脆くも見えた。
守りたい――その気持ちだけは、迷いなく胸にあった。
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翌日。
王都からの使者が到着し、国王の命が伝えられた。
「――勇者アレンに告ぐ。速やかに魔王討伐の先陣を切れ」
兵士たちの間にどよめきが走る。
アレンは使者の目をまっすぐ見据えた。
「……分かった」
その声は迷いを含んでいなかった。
仲間たちが驚いて振り向く。
「アレン……!」
「お前、本当に――」
アレンは剣を腰に差し直し、静かに言った。
「俺は勇者だ。魔王を討つ。それが……俺に課せられた宿命だ」
炎のように揺れていた瞳が、今は鋼のごとく固まっていた。
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