第2章 勇者の影と記憶
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夜風が吹き抜ける丘の上。
人間軍の野営地では、焚き火がちらちらと揺れていた。
勇者アレンは火を見つめながら、静かに剣を磨いていた。
刃に映る自分の顔は、疲れと迷いに濁っている。
(あの魔王……本当に“魔王”なのか?)
戦場で対峙した時の光景が、脳裏から離れなかった。
確かに圧倒的な力を見せつけられた。
空を裂く光、兵士たちを鼓舞する存在感――だが。
(あの眼……本物の魔王にしては、あまりにも……人間的だった)
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「アレン、また眠れないのか?」
声をかけてきたのは仲間の魔法使い、セリナだった。
栗色の髪を三つ編みにし、穏やかな目をした彼女は昔からアレンの幼馴染でもある。
「……ちょっと考え事だ」
「魔王のこと?」
鋭い。アレンは言葉を詰まらせる。
「私も見たわ。あの魔王……確かに強かった。でも、あの場で剣を振るわなかった」
「……」
「本当に人間を滅ぼすつもりなら、あの時私たちは全滅してたはず」
セリナの声は優しいけれど、核心を突いていた。
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アレンは剣を鞘に納め、火を見つめる。
「……俺には、守れなかった過去がある」
言葉は重く、胸の奥から絞り出すようだった。
「幼い頃……魔族の襲撃で村が焼かれた。父も母も……」
セリナは黙って頷いた。
彼女もまた、同じ村で生き延びた数少ない人間だ。
「だから誓ったんだ。俺は勇者として魔族を討ち、世界を救うって。だけど……」
アレンは拳を握る。
「……あの魔王を見ていると、自分の憎しみだけで剣を振るっていいのか、分からなくなる」
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### 4
その時、背後から軍の司令官――人間国の将軍が現れた。
「勇者殿。貴殿の迷いは理解する。しかし魔王は魔族を束ねる王である以上、討たねばならん」
アレンは振り返り、問いかける。
「……将軍、本当にあれが“魔王”なのですか? 俺には……」
「疑う必要はない」
将軍の声は冷徹だった。
「たとえ偽りだとしても、魔族を導いているのなら、それは魔王と同義だ」
アレンの胸に、重い鎖が絡みつくようだった。
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その夜。
焚き火の光に照らされながら、アレンは一人つぶやいた。
「……俺は勇者だ。魔王を討つために生まれた。
……でも、本当にそれでいいのか?」
夜空の星々は、答えを返さなかった。
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