第8章 陰謀の影
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王都の夜は、ひどく騒がしかった。
昼間の聖女の宣言にもかかわらず、民衆の心はひとつにまとまることはなく、酒場や路地裏での囁きは増すばかりだった。
「聖女様の言葉も絶対じゃない……」
「なら、俺たちは誰を信じればいい?」
「勇者は二人いる……いや、もしかすると――」
そのざわめきを、鋭い目をした者たちが静かに観察していた。
それは貴族派閥に属する密偵たちであり、また異端審問を避けて地下に潜んでいた者たちだった。
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### 2
王城の一室。
豪奢なカーテンの下、円卓を囲む影たちが集っていた。
顔の半分を仮面で覆い、互いの素性を隠したその会合は、密かに「夜会」と呼ばれている。
「……聖女の権威が揺らぎ始めたな」
低い声が響き、別の者が笑った。
「この好機を逃す手はない。神託を絶対とする秩序を崩せば、我らの望む新しい時代が訪れる」
「レオンという若者は利用できるか?」
「いや、奴は真っ直ぐすぎる。操るには向かん。
だが、彼の存在は“揺さぶり”には最適だ」
闇に包まれた部屋で、陰謀は静かに形を成していった。
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### 3
一方その頃、ユリウスは王城の別室で傷を癒やしていた。
彼の表情は険しく、焦燥に満ちている。
「なぜ……なぜ奴も光を得た……!」
彼の拳が壁を叩き、血が滲む。
その横で、聖堂騎士の一人がひざまずき、囁いた。
「勇者様、どうかお心を強く。聖女様はまだあなたを信じておられます」
ユリウスは荒々しい呼吸のまま、己を抑え込むように目を閉じた。
――だが、その胸の奥底では、焦りが憎悪へと変わりつつあった。
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### 4
レオンは、宿の窓から王都の夜景を見下ろしていた。
人々のざわめきが、暗闇の中でも絶え間なく響いてくる。
仲間の一人が背後から声をかけた。
「レオン。……この空気、危険だわ。
揺らぐ信仰を利用しようとする連中が、必ず動き出す」
彼は静かにうなずいた。
「わかってる。けど、俺にできるのは……守ることだけだ」
その言葉の裏に、深い迷いと決意が入り混じっていた。
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### 5
翌日、王都の一角で突然火の手が上がった。
放火だった。
駆けつけた市民たちは恐怖と混乱に包まれる。
「神が見捨てたのだ!」
「勇者が二人いるから罰が下った!」
混乱をあおる叫び声は、すべて仕組まれたものだった。
民衆の動揺は広がり、怒りと恐怖が交錯する。
その混乱の中、フードを被った影が囁いた。
「さあ……崩壊の始まりだ」
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### 6(ラスト)
燃え広がる炎を背に、王都の秩序は静かに揺らぎ始めていた。
聖女の言葉も、勇者の存在も、人々の心をひとつにはできない。
――そこに生まれる隙を狙い、陰謀の影は着実に広がっていく。
そしてその影は、やがて聖堂そのものを呑み込もうとしていた。
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