第7章 揺らぐ信仰
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夜が訪れても、王都は眠りにつくことができなかった。
昼間に繰り広げられた「勇者同士の激突」は、民衆の心に深い爪痕を残したのだ。
家の窓辺や酒場の隅々で、人々は小声で囁き合う。
「……二人とも光を放っていた」
「神は一人を選ぶはずでは?」
「じゃあ、聖女様は嘘を……?」
疑念は夜風に混ざり、王都全体へと静かに広がっていく。
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### 2
聖堂の奥深く。
灯された燭台の明かりの中で、セラフィナは祭壇に跪いていた。
その唇は必死に祈りを紡ぎ出すが、返答は訪れない。
「どうか……答えを。神よ、なぜ二人に力を与えられたのです……」
祈りを続けても、彼女の胸に満ちるのは焦燥と恐怖だけだった。
――“もし、私の信じる神託が間違っているとしたら?”
その思いを振り払うように、セラフィナは両手を強く握りしめる。
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### 3
一方その頃、レオンは仲間たちとひっそり集まっていた。
宿の一室で、彼は傷を癒やされながらも、不安を隠せない表情を浮かべる。
「俺は……人々を守りたいだけだ。
けど、信仰そのものを揺るがせてしまったかもしれない」
仲間の一人が首を振り、力強く告げた。
「揺らいでいるのは、偽りの信仰よ。
レオン、あんたの戦いは人々に“考える勇気”を与えたんだ」
その言葉に、彼の胸に重くのしかかっていたものが少しだけ和らぐ。
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### 4
翌朝。
王都の広場には、信徒たちが集められていた。
聖堂騎士たちが整列し、セラフィナが姿を現す。
白い法衣に身を包んだ彼女は、声を張り上げる。
「人々よ! 昨夜の戦いを見て惑わされてはなりません!
神は唯一にして絶対! 勇者はユリウスただ一人!」
だが、群衆の中から微かなざわめきが起こる。
「……でも、レオン様も光を……」
「どちらも勇者ではないのか?」
その声は小さくとも、確かに広場を揺らしていた。
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### 5
セラフィナの胸に、冷たい戦慄が走る。
これまで、彼女の言葉は常に絶対であり、誰もが従ってきた。
けれど今――その絶対は揺らぎ始めている。
彼女は必死に祈りを込め、再び高らかに叫んだ。
「信じるのです! 神託を疑うことは、滅びを招くことと同じ!」
だが、その声に応えるような民衆の歓声は、もうどこにもなかった。
広場を覆うのは、沈黙と疑念だけ。
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### 6(ラスト)
――信仰が揺らげば、権威も揺らぐ。
そして権威が揺らげば、聖女もまたただの人間に過ぎなくなる。
その夜、王都の裏通りでは新たな噂が囁かれた。
「本当に神は我らを見ているのか」
「勇者は、神ではなく人が選ぶべきではないか」
静かに、しかし確実に。
聖女の絶対なる支配は、崩れ始めていた。
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