第1章 目覚めたら魔王城
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――目が覚めた瞬間、僕は異様な圧力に包まれていた。
柔らかい絨毯。鉄と血が混ざったような空気。全身に刺さるような視線。
ゆっくりと目を開くと、真紅の絨毯が果てしなく続き、その奥に黒曜石の玉座がそびえ立っていた。
天井は高く、無数の燭台が怪しく揺れる。
そして僕は――その玉座の前に立っていた。
「……え、ここどこ?」
思わず口をつく。答える者はいない。だが、周囲を埋め尽くす影がざわりと動いた。
角を持つ巨人、漆黒の翼を広げた魔族、赤い瞳をぎらつかせる魔女。数百の化け物たちが、一斉に僕を見ていた。
「新しき魔王様に、万歳!」
「ついにお戻りになられたか!」
その場にいる全員が、地を震わせるほどの声で跪いた。
……え? 魔王? いやいやいや、ちょっと待ってくれ。
「ま、魔王様?」
僕は自分を指さした。
「僕のこと……?」
「はい! 先代陛下のご遺言により、次代を継ぐ御方!」
「闇を統べ、世界を覆す御方!」
いやいやいやいや。昨日まで普通の高校生だったんだけど!?
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### 2
ほんの数時間前、僕は「結城蓮」――ただの男子高校生だった。
授業を受け、放課後は友達とゲーセンで新作アクションRPGを遊び、ラスボスに瞬殺されて「もうちょっとバランス考えろよ」と文句を言った。
帰宅途中。横断歩道で響いた急ブレーキ音。眩しいライト。
そして、視界は真っ暗になった。
「やあ、すまないね」
闇の中に現れたのは、白髭をたっぷり蓄えた老人だった。背後には光のパネルが浮かんでいる。
「き、君は?」
「神様だよ。いや、世界の管理者と言ったほうが分かりやすいかな」
神様。……なんだこの唐突なイベント。
「実はね、転生システムにちょっと不具合が発生してしまってね。本来なら平和な村に送る予定だったのだが……」
老人は額を押さえ、光のパネルを見つめた。
《リスポーン地点:魔王城・玉座の間》
「……は?」
僕が声を上げた瞬間、意識は再び闇に沈み――。
そして気づけば、魔族に囲まれて“魔王様”と呼ばれていたのだ。
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### 3
現実に戻る。目の前で無数の魔族たちが僕を讃えている。
「お言葉を! 魔王様!」
「これより、人間どもに報復の火を!」
……どうしよう。完全に逃げ場がない。
(バレたら殺されるよな……)
体中から汗が噴き出す。けれど、ここで「ただの高校生です」とバラした瞬間に、僕の命は確実に終わる。
仕方ない。……ここは、ハッタリで乗り切るしかない。
「……よくぞ、待っていたな」
低い声を意識して、玉座の間に響くように言った。
ざわ、と広間がどよめいた。魔族たちの目が一斉に輝く。
「やはり……本物の魔王様だ!」
「その声、威厳に満ち溢れている!」
う、嘘だろ。今の一言で信じるのか!?
「人間どもを……滅ぼす」
試しに、それっぽく続けてみた。
すると――。
「「「万歳!!」」」
大地が震えるほどの歓声が響いた。
あまりの勢いに、僕は思わず尻もちをつきそうになったが……なんとか踏みとどまった。
(……やばい。これ、もう後戻りできないやつだ)
こうして僕は、**偽りの魔王**としての第一歩を踏み出してしまったのだった。
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