表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

俺の復讐は、法で裁けるか? 〜異世界からの帰還者が魔法で人を殺した場合〜

作者: 小鳥遊ゆう


法廷の静寂は、いつもながらの重苦しさを伴っていたが、この日ばかりは異質だった。


被告人席に座るのは、和人、三十歳。一見すれば、ごく普通の青年だが、彼の経歴は普通ではありえなかった。


彼は三年前に失踪し、二年後に突然、自宅の玄関に現れたという。その間の空白を、彼は異世界で過ごしていたと語った。




検察官が第一声を発する。


「被告人、和人。あなたは、一年前、東京都世田谷区で発生した、佐藤一也氏の殺人事件、および田中誠氏の重傷事件、さらには複数の暴行事件について、否認するわけですね?」


和人は静かに答えた。


「否認する。私は罪を犯していない。私をいじめていた者たちへの、正当な復讐を行っただけだ。あの時、誰ひとりとして私を守ってはくれなかった。その裁きを行っただけだ」


検察官は嘲笑を隠そうともしなかった。


「正当な復讐に裁き、ですか。しかし、あなたが行った行為は、日本の刑法に照らし合わせれば、れっきとした犯罪です。あなたは、異世界で習得したと称する魔法を使い、佐藤氏を爆死させ、田中氏を脳に異常をきたす重体に陥れた。これは、常識では考えられないことですが、あなたはこれらの行為を認めましたね?」


和人はさらに静かに答える。


「爆発させたのは、彼らが私に対して過去に行った暴力と嫌がらせ、罵詈雑言に対する、精神的苦痛への報復。私が使ったのは魔法。異世界で習得した、この世界にはない魔法。でも、日本の法律で、魔法を使うことは犯罪とされていない。」


弁護人は立ち上がり、検察官に向かって強く語り始めた。


「検察官、あなたの主張には、重大な瑕疵があります。我々は、被告人が行ったとされる行為と、被害者たちの死の間の因果関係が立証できないという点で、徹底的に争います。物証もなければ、証言も曖昧。そもそも本当に被告人の犯行なのでしょうか?」


弁護人は、さらに畳みかけるように続けた。


「加えて、我々は、被告人の精神状態に焦点を当てた弁護も行います。長年にわたる過酷なイジメ、そして三年間の失踪という極度のストレスが、彼の精神に大きな影響を与えた。その結果、彼は『魔法で復讐した』という妄想を抱くようになった。被害者がたまたま亡くなったことを知り、それを自分がやったと思い込んでいるに過ぎない。つまり、被告人の自白は妄想ですし、仮に何らかの罪に問われる行為を行っていたとしても、心神喪失による無罪を主張します」


その言葉に、検察官は嘲笑を浮かべる。


検察は、次の証人を呼び出した。被害者の一人、田中誠の友人だった。彼は顔に恐怖を滲ませながら語り始める。


「和人が突然、窓から現れたんです。そして、田中の座っていた椅子に手をかざした。すると、椅子の周りの空気がゆがんで……いや、空気が溶けた、と言うのが正しいでしょうか。田中は、悲鳴をあげて倒れました」


その時だった。


証人は突然、顔を蒼白にさせ、口から泡を吹き、全身を激しく痙攣させ始めた。


書記官が駆け寄るが、彼はそのまま事切れてしまった。法廷は騒然となり、裁判は休廷となった。


休廷中、弁護人は検察官ににじり寄った。


「検察官、まさかこれも被告人がやったなんて言いませんよね? 『魔法』で証人を殺したとでも言うつもりですか?」


検察官は、その問いに答えられなかった。




そして、判決の言い渡しの日が来た。


法廷は、異様な緊張感に包まれていた。裁判長は、判決文の読み上げを開始した。


「…よって、被告人、和人が行ったとされる一連の行為は、刑法第百九十九条に定める『殺人罪』に該当するものと認められる。その行為は、被害者の生命を奪い…」


その時だった。裁判長は、突然言葉を詰まらせた。彼の顔は、まるで血の気が引いたかのように真っ青になり、口から微かに泡を吹き、ガクリと体を震わせたかと思うと、そのまま崩れ落ちるように椅子から滑り落ちた。


法廷は再び地獄と化し、判決の言い渡しは中断された。




数日後、同じ法廷で再び判決の言い渡しが行われることになった。しかし、裁判長は変わっていた。


前任者の死に恐怖を覚えたのだろう、後任の裁判官は、その重責を担うことを拒否したのだという。


別の地方裁判所から急遽、ベテランの裁判官が呼ばれた。彼は毅然とした態度で法廷に臨んだ。


「…改めて、判決を言い渡す。被告人、和人。あなたは、その犯行を否認しているが…」


彼の言葉は、そこで途切れた。彼の顔に、前任者と同じ恐怖の表情が浮かび上がる。口から泡を吹き、痙攣を起こし、そして、同じように椅子から崩れ落ちた。




この異常事態は、日本の司法界を震撼させた。判決の読み上げ中に、裁判官が二人も死亡する。


後任の裁判官は、誰もがこの裁判から逃げ出した。判決を読み上げることが、死の宣告のように感じられたからだ。


そして、再び判決の言い渡しの日が来た。


法廷は、異様な緊張感に包まれていた。新たな裁判官は、前任者二人の死に怯えながらも、判決文を読み上げようとしていた。


しかし、彼の口から発せられる言葉は、すでに和人の有罪を前提としたものだった。


「…よって、被告人、和人が行ったとされる一連の行為は、刑法第百九十九条に定める『殺人罪』に該当するものと認められる。その行為は、被害者の生命を奪い…」


その瞬間、和人の体に、淡い光が灯った。彼の存在が、まるで蜃気楼のように揺らぐ。


裁判官は、その異様な光景に目を丸くするが、言葉は続かなかった。


和人の姿が、法廷から消えた。




場所は永田町の中心部にある、政府の重鎮が執務室として使う部屋。男は、裁判の報告を受けながら、高笑いをしていた。


「検察が無能なせいで、有罪にするまでの手間が面倒だった。だが、構わん。我々が、『危険人物』として収監する。彼の能力を、この国の未来のために役立てるのだ」


その時、男の背後の空間が歪んだ。そして、和人が、そこに立っていた。


男は、驚きに顔を硬直させる。


「お前みたいなやつがいるから、弱者が救われない」


和人はそう呟くと、男に向かって右手をかざした。男は悲鳴を上げることすらできず、彼の体はまるで燃え盛る蝋燭のように、溶けていった。


和人の瞳は再び虚ろな光を宿していた。彼はこの国の法と正義を嘲笑うかのように、再び、その姿を消した。


彼の居場所を知る者は、もう誰もいない。





リアクション頂けると嬉しいです

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 魔法を実証できるかが争点なだけで凶器が何であれ殺せば殺人でしょ?そこらへんに落ちてる小石だって目に突き刺せばショック死するかもしれんのにわざわざ小石は凶器と認めるとか法に書かんでしょ、でも実際には凶…
魔法は思念のみなので、死ねと思うことは違法ではないので現行では無罪。 良かってね(笑)
藁人形を相手に見せて「〇〇しないなら呪ってやる」と言う場合は脅迫罪になる可能性がありますよってだけ 黙って呪った結果、相手が死んでも因果関係を検察は証明しようがないので無罪
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ