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短編まとめ

行方知れずだった聖女は保護された先の教会で愛と家族を知る

作者: よもぎ

聖女は、どの国にもいる。

しかし無限に湧いて出てくるものではない。

国の終焉が近付くにつれ、聖女は産まれなくなる。

あるいは、今いる聖女さえ失踪する。

牢に繋ぎとめたとて何の予兆もなく消えてしまうのだ。


聖女は神の力を欠片ほど与えられて産まれ来る。

故に、どこの国でも七歳の洗礼の儀式で、鑑定のスキルを持つものがすべての子を鑑定して聖女か否かを確認する。

念のためにも男児も確認される。

そこで聖女と分かればまずは通いで力を磨く修行をさせる。

親から引き離すは罪であり、力を失う恐れがある。

親が親たる存在でなければ話は別だが、健やかな関係を築いている親子を引き離すことを、神は望まない。


ある程度の年齢になれば、教会と聖女と家族とで話し合い、同意を得て教会に入る。

無論教会に入った後でも家族に会うに許可は要らない。

休日に実家に遊びに行くことさえできる。


聖女を王が縛ることも、王の命令で何かをさせることも、許されない。


神は王も奴隷も区別しない。

等しく人として見ている。

そして己と人との間の隔たりも理解している。

それを、たかだか王程度が、己の力の欠片を手にした娘の自由を奪うだなどと。

許すはずもない。


故に、聖女は教会の中で勤めを果たしながら己の心と向き合い、己の生き方を決め、好いた男に嫁ぐことで力を失う。

力は子へ渡らない。

いや、子を為す行為をする段階で力は神へ戻る。

純潔である間のみ扱えるのだ。

他なる生命の力を受け入れた体に神の力は馴染まない。

ただそれだけの話である。



さて、聖女は大体五年から十年に一人産まれる。

故に、先の聖女が見出されて四年ほど経過した段階で教会は新たな聖女を待っていた。

しかし洗礼に来る子供のいずれも聖女ではない。

まだ四年だからと考えている間にあっという間に五年が経ち、今は十二年目に突入しようとしている。


よもや国の終焉が?と思っても、そんな陰りは一切ない。

王は賢く、王妃も慎ましく王を支え、貴族たちも法を守り民を導いている。

じりじりと時間だけが過ぎていく中、王都の西部にある小さな教会に、虐待を受けた末に捨てられたと思しき子供を連れた商人が駆け込んできた。





骨折もしているが、何よりも衰弱が激しい。

何歳かは見当もつかない。背丈は七歳頃に見えなくもないが、それより幼く見えるといえば見える。

本来ならばふくふくとしているだろう頬や手足には必要最低限ほどの脂肪があるようにも見えない。粗末な服は恐らく成人のシャツを無理矢理袖をめくって使っているだけのものだ。靴など履いてさえいない。

貧民街が消えて久しいこの国ではまず見かけない状態の子供に、修道女たちが痛ましいものを見る目で治療を行っていく。


その間に教会を預かる牧師が真っ青な顔をした商人から話を聞く。


彼は貴族に野菜を納める商人で、顧客の家々に朝いちばんで野菜を届けた帰りだったという。

貴族街の路地を抜けて帰ろうと自ら御者をしていたところ、とある屋敷の裏手に倒れている子供を見かけて慌てて保護したのだとか。



「うめき声も出さないでひとりぼっちだったもんで……。

 あのう、あの子、大丈夫ですか?俺が抱えても何も言わなかったんですよ。

 あんなアザだらけで髪だってひどい有様で、俺ぁ……」

「大丈夫です。治癒術を使える修道女もいますからね。

 身寄りがないようならここで引き取って育てればよいだけですから。

 あなたの優しさが彼女を救うでしょう、感謝します」



微笑みを崩さない牧師に、商人はやっと安心したような顔をする。

そうして懐を探り、何枚かの銀貨を財布から取り出して牧師に握らせる。



「あの子の治療費だと思って受け取ってください。

 ここに連れてくる以外できなかったですから、せめて」

「……分かりました、受け取りましょう。

 もし心配でしたらいつでもここへお訪ねください」



「牧師様、あの…!」



赤毛の修道女が扉を壊しそうな勢いで駆け込んできた。

商人も牧師もきょとんとしている。

この修道女は鑑定持ちである。治癒術は微弱だが優秀な娘だ。



「聖女様ですっ」

「は?」

「あの子っ、さっきのっ、あの、怪我がひどいから、鑑定したら怪我が分かると思ってっ」



つっかえつっかえの言葉を聞く間に理解出来てしまい、牧師の顔色はどんどん悪くなる。商人もだ。



「あの子はまだ七歳頃に見えますが」

「鑑定では十一歳でしたっ!!」



悲鳴のような声を修道女は出す。

涙目で、声も涙で掠れている。



「…………神よ……」



天井を仰ぎ見るようにしながら、牧師は呆然と呟いた。





隅々まで治癒術を掛けられ、白い寝台に寝かせられた聖女は三日目覚めなかった。

その間、少しでもと吸い飲みを使って栄養のあるスープを冷やしたものを飲ませたりして修道女たちは甲斐甲斐しく面倒を見たし、牧師も唯一の男手として手伝えることはなんでも手伝った。


そうして目覚めた聖女の目には感情がなかった。


目覚めたことを知らせにいった修道女が皆を集めて戻ってきた時、彼女は一応で残されていた汚れたシャツに着替えようとしていた。



「そ、そんなもの着なくていいのよ!寝間着のままでいいの!」

「おしごとで、よごしてもいいふくです」

「仕事なんてまだ、いえ、まだまだ早いわ。

 大丈夫?つらくない?お水は飲める?」

「おしごとがさきです」



言葉がたどたどしい。

まるで、言葉を交わす必要性もなく生きてきたかのよう。

その様子に修道女たちは涙ぐみ、その中でも老いた一人が跪いて背丈の小さな聖女と目線を合わせる。



「ここでは、あなたは休むことが仕事です。

 ですから、そのシャツは禁止です。分かりましたか?」

「やすむことが、しごと」

「はい。寝て起きたらまずお水を飲んで、それから食事です。

 食事が終わった後は、おとなしくすること。

 できますね?」

「はい」



頷いたりの動作もなく、淡々と返事をする聖女に、老修道女は笑みを深くする。

二人の会話から、修道女たちは聖女の扱い方をなんとなく理解した。

聖女は、仕事だと言えば大抵のことには従ってくれそうだ。

ベッドから出て「仕事」をしそうになったら、他の仕事――絵本を読むだとか、昼寝だとか――を与えればいいのだ。

健康になってきたら、教会の本部から聖女教育の係を呼んで、勉強を仕事としてやってもらえばいいのである。

もちろんその間に意識改革を行っていくつもりだが、聖女が今の生活を受け入れて自然体で生きていけるようになるまで、どのくらい時間が掛かるか。


こそっと食事を準備しにいっていた修道女見習いが戻り、柔らかくなるまで煮こまれた野菜と溶き卵のスープを聖女に差し出す。



「たまわります」



食前の挨拶は知っているのか。

ほっとした一同。

少しずつ木匙でスープを掬い、食べる姿を見守る。

急いで食べようとするのを押しとどめ、ゆっくり食べるのも仕事だと教えたので、その動きはゆったりしている。


本当なら肉を食べさせたかったが、三日も寝ていたので固いものは消化に悪いと判断してパンもまだお預けしなくてはならない。

東方のアマツ諸島から輸入しているコメはスープの具材によいと言う話を聞き、牧師は特別予算を切り崩していくらか仕入れてきた。


そう大きくないスープ皿に半分ほど注いだものがなくなる。


見習い修道女はその皿ごとお盆をそっと取り、問う。



「まだありますよ。召し上がれますか?」

「ごめいれいなら」

「お腹に入りますか?」



こてん、と首を傾げる。

なので、失礼します、と腹部に手をそっと添える。

スープの分胃袋はきちんと膨らんでいるように思う。

それで苦しそうな顔もしていないのだから満腹と思っていいのだろう、と、頷いてみせる。



「少しずつお食事を増やしていきましょうね。

 たくさん食べて、たくさん寝て、体に肉をつけるのもお仕事ですよ」

「はい」







聖女はフランと名付けられた。

聖女が見いだされた日に、教会でちょうど見ごろを迎えた花の名前だ。

ぱさついていた白髪が銀髪だと分かり、髪を切りそろえたことで分かった瞳の色もフランの花と同じ深い蒼であったことで、より名前に違和感がなくなった。


フランの部屋にはフランの花の鉢植えと、修道女たちお手製の様々な動物のぬいぐるみがある。

手先が器用な修道女は刺繍や繕いもの、ドレスの仮縫いにレース作成など、お針子のような仕事もして糧を得る。余った端切れはたくさんあるので、ぬいぐるみなど一日もあれば仕上がってしまった。


フランは猫のぬいぐるみをどうも気に入ったようで、ベッドに抱えて入り、一緒に眠っていることが多い。

ぬいぐるみに使った端切れの肌触りの問題もあるだろうが、もしかすると同じ蒼を目としてのボタンに使ったからかもしれない。

彼女は、孤独だ。



その孤独を癒すためにも、修道女たちは時間のあるものはフランとともに食事をする。

食べるものとて同じスープだ。

量こそ体の大きさで違うが、ゆっくりと、同じように食事をする。

そうして食べ終わったら旬で安い果物をむいて、また一緒に食する。


そうして、おいしかったわね!と微笑みかけるのだ。

おいしいを知らないフランに、自分はおいしかった、フランはどうだ、と問うている。

分からないことがもどかしいような、そんな目をするフランの頭を撫でるのは老修道女がよくすること。

修道女たちは、手を握ったり抱きしめたり、肩を抱いたり、フランにスキンシップを取る。



全ての修道女は姉たらんとしてフランに接するが、友人となろうとしているのは唯一の修道女見習いのベロニカである。

彼女もまた孤独である。


年は九歳。平民街の、貧しい一角で生まれ育った。

父親を知らず、家族は母だけ。その母も、娼婦と給仕を兼ねたような飲み屋の店員をして生計を立てていた。

毎日のように酒を仕事で飲む日々で母は壊れていき、七歳で洗礼を受けて帰宅すると、倒れて死んでいた。

手には酒瓶を握っていたので、飲み過ぎで心臓が壊れてしまったというのが町医者の見解だ。

そうして孤児になったベロニカを、教会が保護してくれたのだ。


ベロニカは教会に感謝している。

母は決して冷たい人ではなかったし、悪い人間でもなかった。

ただ、酒が抜けかけてくると、壊れかけた精神は酒を求めて暴れ狂った。その狂乱にいつも巻き込まれていたベロニカは大人が怖かった。暴力を恐れ、狂ったような言動を恐れ、理不尽を恐れた。


その深い心の傷が癒えたのはつい最近のこと。

頭では分かっていた恐れなくてよいという現実を、肉体が受け入れてくれたのだ。

だから、フランにも同じように、癒されて欲しい。

ここにはフランが背負ってきた仕事はない。子供として扱われるまま育っていいのだ。

ベロニカも見習いと子供を兼ねて生きている。

牧師を父、修道女たちを母や姉として育ってきたし、今後もそうだろう。

フランにはたくさんの家族が出来たのだ。

それを、分かって欲しい。



ベロニカは絵本をフランに読み聞かせることが多い。

いたずら猫ミャーナの大冒険シリーズは登場率が多い。

おてんばでいたずら好きの白猫がいたずらをしてはこっぴどく叱られるというコミカルな絵本なのだが、ミャーナのやらかすいたずらが子供のよくすることなので、親からしても前以て説教できるようなものだと人気のシリーズである。

この二人に限っては大人しく物わかりがいいので本当は必要ないかもしれないが、ミャーナが可愛いので一緒に絵を見ている、に近い。



「おかあさん猫は、ミャーナにげんこつを落としました。

 とっても痛くて、ミャーナはもうやらないぞ、と決めたのですが、違う悪さをして怒られるのはまた別のお話……」

「悪い事すると、げんこつなの?」



フランは随分子供らしくなり、言葉のたどたどしさが抜けた。

蒼い瞳を不思議そうに煌めかせている彼女に、ベロニカは、う~んと悩んでみせる。



「姉さまがたはおげんこの前にお説教だものね。

 牧師さまもお説教だし。げんこつは、最終兵器なのよきっと」

「さいしゅうへーき……」

「フランや私がよっぽど悪いことしたらげんこつなの、きっと。

 でもミャーナはいっつもいたずらしてるから、最初からげんこつなのかも?」

「そうなのかな」

「フランはげんこつってされたことある?

 私、一回だけナンシー姉さまにされたことあるわ。とっても痛かったなあ」



頭のてっぺんをさするベロニカに、フランは頭を傾げる。



「頬をぶたれたことなら、たくさんあるけど、げんこつはないかも」

「……そっか。でも頬も痛いよね!」

「うん。だから、ここは痛くなくて、好き」



あの日、教会に来た時のフランは、ベロニカでも抱えられそうなほど小さかった。

そんな小さいフランの頬をぶつだなんて、世の中にはなんてひどい人がいるのだろうと、ベロニカは憤慨する。

実際にはフランの方が産まれた年齢は早いのは分かっているが、まだ十歳にも満たない年齢にしか見えないので、扱いは妹だ。


なので今も、頬をむにむにと揉んでじゃれている。

ベロニカは、フランとじゃれたいのだ。



「ほっへ、はひ?」

「フランのほっぺ、むにむに出来るようになったなって。

 も~っともちもちにならなきゃね」

「もひもひ」

「うん」



実は、このもにもにはフランの表情筋のマッサージも兼ねている。

老修道女や牧師がベロニカを止めないのは、長年無表情を強いられたフランの表情によい影響があるようにと願ってのこと。

さすがにみんながもにもにすると辛いだろうので、ベロニカに任せているのだ。


そうして遊んでいると、教会で販売している素朴なクッキーの余りをおやつに持ってきてもらえる。

売るには規格外になってしまう小さすぎるクッキーや、割れてしまったクッキーが彼女たちのおやつになる。

飲み物はミルクで、運んできた修道女も一緒にテーブルを囲んで三人から五人程度で食べる。


食べ終わったら二人は庭で日向ぼっこをすることが多い。

洗濯ものを回収する修道女たちは、時々二人の頭を撫でていく。

ゆったりとした動きで沈んでいく太陽を、日差しで温まりながら眺める時間は沈黙に満ちているが、フランとベロニカはどこか満足気だ。

そうして空が橙色から深い青に変わる頃、夕食の時間ですよとお迎えが来る。


夕飯だけは可能な限り皆で食べる。

大体の仕事を終えた修道女たちが食堂に集まることが出来るからで、昼間や朝は各々の仕事で空いた時間に起きてきて自分で配膳するのだ。

食堂には四人掛けのテーブルが幾つか並んでいて、フランとベロニカとの相席は人気なので交代制。

今日は老修道女と牧師と一緒だ。



「今日はご厚意で白パンをいただいたから、スープに浸して食べてごらん。

 柔らかくなるからね」

「はい」



賜ります、と、一言呟いてから、フランは小さな手で白パンを一口分ちぎる。

それから湯気の出るスープにそっと浸し、食べる。

柔らかく、小麦の香りの強いパンに、野菜と干し肉の味がしみ込んで、とてもおいしい。

この、口が喜ぶ感じが「おいしい」なのだ、と、フランはここにきて知った。

温かいスープは塩気がまろやかだし、きちんと煮込んでもらった野菜は頑張って噛み砕く必要もなく柔らかい。

一匙ごとにお腹に熱をもたらすスープを大事に食べるが、どれだけゆっくり食べても皿の上からスープは消える。



「おかわりが必要なら言うのですよ、まだありますからね」

「はい。今日は、大丈夫です」

「そう?……果物がありますものね、スープだけでお腹いっぱいじゃもったいないわね」



よしよし、と、老女の手が頭を撫でる。

長らく働き続けた老修道女の手はかさついているが温かく、フランは胸が温まるのを感じた。



「今日は桃よ。皮が傷付いた分だからいっぱい買えたわ」

「まあ!豪華ね!」

「わたし五切れ食べちゃおう」



わいわいと食堂が賑やかになる。

果物は日によっては少ないこともある。

今日は随分多いので、皆嬉しいのだ。


切り分けられた桃がまずは二切れ、フランとベロニカの前に置かれる。

初めて見る桃に、フランは慎重にフォークを刺す。

そうして小さく齧り取って、その果汁の多さと柔らかな甘みに驚いたように目を見開く。

大きい蒼い瞳がきらきらと輝いているようで、彼女の前に座った老修道女は微笑みを深めた。



「桃はおいしいですか?」

「はい」

「たくさんお食べなさい」



老修道女が手ずから剥いてくれる桃を、フランは結局五切れ食べた。

食欲旺盛になってきて、ねだることも出来るようになってきたことは幸せなことだ。

このまま健やかにフランが育ってくれたらそれでいい。

何も知らないままでも、フランが幸せならそれで――

食堂に集う者たちの共通見解である。



体のしっかりしていない、体を作っている最中のフランは、食後お茶を飲んでいる辺りからうとうとし始める。

そうしたら気付けた修道女がそっと抱きかかえて部屋に連れていく。



「おやすみ、私たちの可愛い妹」



頬にキスをして、そのまだ細すぎる腕に猫のぬいぐるみを与え、布団を肩まで引き上げて。

そうして、フランの一日が終わる。








そうして三か月が過ぎた頃、とある家の使用人が懺悔にやってきたと、南の教会から連絡があった。


ベルチェル伯爵家に仕えるその使用人は、当主の妻が出産の際に亡くなり、その時産まれた娘が虐げられているのを止められず、死なせてしまったと懺悔した。

助けようにも洗濯係でしかなかった使用人はうまい策が思いつかず、誰も起きていない明け方にこっそりと黒パンを寝床に隠してあげるくらいしか出来なかった。


いつもおなかを空かせたまま、年齢よりずいぶん幼くしか見えない令嬢が、小間使いのように働かされて育ち、洗礼さえ受けていない。

彼女は皿を割ってしまった罰としてひどくいたぶられ、屋敷の裏口に死体を捨てられたと号泣した。

しかもその日からは令嬢がいなくなったことで仕事を増やされ、今日はやっとの休日なのだとか。


言うまでもなくフランのことであると知った、懺悔室担当の修道女は、その娘の名前を聞いた。

しかし使用人は、そんなものは与えられていなかったと更に泣いた。

お嬢様は貴族院に届け出ることさえされなかった存在です、と。




懺悔の内容を共有された西教会の修道女たちは隠れて泣いた。

何も持たずに生きてきたフラン。名前さえ自分たちが与えなければ手に入らなかった。

出産は命懸けだ。母が亡くなる事は貴族であっても珍しくない。

それを産まれてきた娘の罪にして虐げる親がいてたまるか。


いや、そんなのは家族ではない。


修道女たちは改めて覚悟した。

フランの母となり、姉となろうと。

ここにいる皆はもともと家族なのだ。その末妹にフランを加えて、幸せに生きていくのだと。

その日、フランは次々と現れる、目を赤くした修道女たちに何度もハグをされ、頭を撫でられた。




ちなみにその懺悔は密かに王家に報告された。

機密事項など聖女を虐げた大罪の前にはないも同然である。

速やかにベルチェル伯爵家は取り潰しとなり、一族郎党は処刑された。

使用人は懺悔した使用人を残し、全てがフランを虐げていたと判明したので同じく処刑され、屋敷も取り壊された。

残った土地は最初からこうでした、とばかりに公園になり、ベルチェル伯爵家は完全に消えたのだった。

公には重大な違法行為があったためとされており、周囲もあの家ならもしかすると、と疑う言動があったので納得した。




王家は西教会へ依頼をした。

フランの家族となり、支えるようにと。

命令ではないぞ、と。


その言葉の重たさを居合わせた重鎮一同は理解していた。

西の教会に寄付をすることはしても、露骨な支援はしないほうがいい。

出来ることは少ないが、それでも僅かでも聖女フランの幸せになるのなら、と。

その年から、王都の四つの教会への寄付が増えたのだった。



国として、新たな聖女が見つかったという告知はしたが、どの町のどこでとは告知しなかった。

しかし元々聖女の居場所を告知することはしていないので、見つかった幸いに皆感謝するのみで終わった。

教会に真否を問い合わせても、新たな聖女はきちんといますよ、ちょっとした行き違いで発見が遅れましたが今は教会で教育を受けているところだそうです、と返されるのみ。


無論、王都の西教会でもそうだ。

孤児を教会が引き取って育てることは珍しくないので、フランとベロニカがいることは何も不審点がない。

なんなら、王都の北教会では八人ほど男女混同で育てている。年齢もそれらしい少女が一人紛れてさえいる。


なので、聖女フランが不埒な存在に知られることはないまま時は過ぎていく。









五年が過ぎた。

フランは結局年齢相応の身長にはならず、平均より少し背丈が低い状態で止まってしまった。

表情があまり動かないところも完治はしなかったが、微かに笑んだり、困った顔をしたりと、表情が一切出ないわけではない。


裁縫の才能があると分かってからは、フランもぬいぐるみを作る仕事を手伝うようになった。

その時に、針を持つ指先に光が毀れるのに気付いた修道女たちは、聖女の祝福が無意識に込められているのだろうと話し合い、フランお手製のぬいぐるみの販売先をどうするかを相談した。


結果、フランのぬいぐるみは、妊婦のいる家を優先して販売することとなった。


お陰で母子ともに亡くなる事例が減りつつあるようで、その祝福のぬいぐるみたちは産まれ来た子供たちと母の睦まじい様子を見守っている。

産みの母を知らないフランだが、世の母を救い続けているのだ。



今日もフランはちくちくとぬいぐるみを縫う。

聖女としての仕事は程々に。

潤沢に与えられる布と綿を使って、いたずら猫のミャーナをイメージした猫を、縫い続けている。


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