砂糖
俺の大事な大事なお姫様、優香の誕生日パーティーを行った翌日の朝。
誕生パーティーの招待客と言うのは大げさで、何時もつるんでいる仲間の1人である満がテレビを見ながら俺達に声をかけてきた。
「おい! 皆んな、 これ見てみろよ」
満に促されて俺と優香に数人の仲間たちがテレビの前に集まり画面に目を向ける。
目を向けた画面に映っていたのは、多数の老若男女が1人の男性を追いつめて寄って集って押さえつけ、その男性の身体に齧りついて肉を食っている場面だった。
画面が切り替わりスタジオでニュースキャスターが話し始める。
「この映像は映画やドラマなどの作り物ではありません。
今現在世界中で現実に起こっている出来事です。
襲っている人たちは何らかの伝染病に感染していると思われ、現在国立研究所が原因の特定を進めています。
また、政府は自衛隊に出動命令を下しました。
外出中の方は危険ですので、速やかに屋内に退避してください」
一緒にテレビを見ていた清治と剛がベランダに出て、マンションの眼下に広がる街の中を見下ろし始める。
剛が何かを見つけたようで清治の肩を叩きながら話す。
「オイ! あれテレビでやっていた感染者の群れじゃないか?」
その声でテレビを見続けていた俺たちもベランダに出て、剛が指差す方に目を向ける。
そこには逃げ惑う人たちを追う多数の人たちがいて、逃げ惑っていた人が追いつめられ取り押さえられて身体の肉を喰われていた。
その人の肉を食っている奴等に向けて警官がパンパンパンと発砲している。
だが、人の肉を食っている奴らは発砲に怯む事もなく警官に襲いかかって行く。
奴らは獲物を見つけた1人が走り出すと周りに屯していた他の奴らがその後を追い、最初の奴が見つけた哀れな犠牲者を追い詰め寄って集って食らいつく。
隣で一緒に惨劇を見ていた優香が身体を震わせて俺の腕にすがりついた。
「槙ちゃん怖い」
俺は優香を優しく抱きしめ安心するように声をかける。
「大丈夫だよ、ここは90階建ての超高層マンションの最上階だぜ、奴らもここまで上がって来られないだろうさ」
優香は俺の言葉に安心したのか何時もの表情に戻り震えも収まった。
皆んなと一緒に眼下の惨劇を見ていた有紀が、ベランダで惨劇を見続けている俺たちに声をかける。
「当分槙の部屋に籠城しなければならなくなるだろうから、このフロアの安全の確保と武器を集めましょう」
有紀の提案に満が賛同の声を上げると共に補足の提案をした。
「そうだな、あと水の供給が止まった時の為に風呂や桶に水を溜めておこう。
槙! 食料は大丈夫だよな?」
「ああ、食料と飲料水は災害に備えて、此処にいる俺たち全員が半年籠城できるくらいの量を備蓄しているから、大丈夫だろう」
俺は雪がチラつき始めた空を見上げながら話しを続ける。
「雪が降って来やがった、寒いから 中に入ろうぜ」
皆んなも空を見上げて頷き暖かい部屋の中に戻る。
このとき人食いになった化け物の1人が俺たちに気が付き、マンションに向けて走り寄って来た事に気が付く事も無く。
部屋の中に戻った俺達は手分けしてマンションの非常階段に通じるドアやエレベーターの前にバリケードを築くと共に、金属バッドや木刀など武器になりそうな物を集める。
一通りの準備が整い皆んながリビングに戻って来た時だった。
突然リビングのベランダに面した窓にバアン! と衝撃が走る。
俺たちは衝撃が加えられた窓を見た。
そこには先程眼下に見えていた奴ら1人がいて、窓のガラスに齧りつき引っ掻いている。
俺は一瞬訳が分からず棒立ちになったが直ぐ我に返り皆んなに指示を出す。
「窓ガラスは特殊な防犯ガラスで簡単には割れない。
それより鍵がかかっているか、全ての窓を確認しろ」
皆んなは部屋中の窓の鍵を確認するためリビングから駆け出して行く。
皆んながリビングから駆け出して行った後、リビングの隅に置かれている監視モニターのスイッチをいれて、俺はベランダの庇に設置されている防犯用の監視カメラの映像を見る。
監視カメラに映っていたのは砂糖に群がる蟻のように、マンションに向けて四方八方から続々と走り寄って来たり最上階を目指し這い上がって来たりする奴らの姿であった。
奴らは仲間を踏みつけ身体にしがみつき、我先にと上を目指し這い上がって来ている。
中には途中で転がり落ちて行く奴も多数いるが、他の奴らはそんな事を気にする素振りも見せずガムシャラに上を目指す。
ベランダには俺たちの肉を求める奴らの姿がどんどん増え、窓ガラスに歯や爪を立ててガラスに圧力をかけている。
それを俺と仲間たちは武器を手にする事さえ忘れ、目を見開き身体を硬直させ窓ガラスが破られるその時を待つのだった。