ブラックキューブ
シャングリラ中央病院
新たにシャングリラ島に建てられた総合病院に、救出された元天使たちとグレイの遺体が運び込まれていた。天使たちは頭を少し打って失神していただけだったらしく、回復魔法を受けるとすぐに意識をとりもどした。
「ゆみこ!」
「お母さん……二度と会えないかと思ってた」
ゆみこは、連絡を受けてやってきた母親と抱き合って再会を喜んでいる。
ひとしきり喜び合った後、母子はそろって太郎に頭を下げた。
「太郎さま……娘を助けてくださって、本当にありがとうござしました」
「太郎おじさん。ありがとう」
感謝を捧げられて、太郎は苦笑する。
「まあ、助けたのは偶然なんだがな。だが、ここに居れば奴らを気にしないでいい。ゆっくり休んでいろ」
「うん。私にできることがあれば何でも言って。協力する」
太郎はそう告げて、隣の病室に行く。そこにはやつれた顔をした、潮風かおると光明寺さやかがベットに横になっていた。
「それで、お前たちはなんで攫われたんだ?力を封じられたお前たちなど、今更なんの価値なんてないと思うが」
価値がないといわれて、二人は悔し涙を流す。
「うるさい。元はといえば、お前のせいで『天使』なんてやらされることになったんだ。僕たちは、ただ人間として楽しく暮らせればそれでよかったのに……」
かおるはそういって、涙を流す。
「どうも要領を得んな。そもそもお前たちは何者なんだ」
そう聞かれて、かおるとさやかは自分たちのことを話し始めた。
「なるほど。お前たち元々は高天原の神々の一人だったわけか。人間として転生してきたというわけだな」
太郎は、二人から詳しい話を聞く。
「それで、お前たちを攫ってまで隠し通したい情報とはなんだ?」
「それは……」
かおるはちょっと言いよどんでしまう。
「別にお前たちが言わなくても、後で闇路ゆみこから聞いてもいいんだけどな。あいつは俺に協力的みたいだし」
そう言われて、しぶしぶ話し出す。
「僕たちはこの『地球』という世界に異世界から亡命してきた。しかし、既に元の世界でクローン転生を続けて肉体を交換することにより長い時を生きていた僕たちの本体は、地球の環境に耐えられなかった」
かおるはしみじみとつぶやく。彼ら神々は数千年前に、滅亡した別世界から逃れて地球に移住してきた異世界人である。
しかし、地球の環境にすでに劣化していた脆弱な肉体が耐えられず、あっという間に滅亡してしまった。そのため、仕方なく魂だけを記憶保存機械ー「柱」に保存して、今もなお存在しつづけている。
彼らはなんとか現世に復活を試み、転生の際にも記憶を完全に保ち、なおかつ地上で生きていける新たな強い肉体を生み出すために、人間をさらって人体実験を繰り返しているのだった。
「というと、あのグレイの体は?」
「現世で活動するときのための着ぐるみのようなものだ。すでにクローンの繰り返しで劣化し、本体としての使用には耐えられなくなっている」
それを聞いて、太郎も納得する。
「なるほど。道理で貧弱な体をしていると思ったぜ。あれじゃ、進化どころか退化している。とても地上では生きていけないだろう」
グレイの体は、生物として間違いなく劣化している。そんなものに魂を宿らせても、長くは生きられないだろう。
「つまり、今高天原の神々には宿るべき肉体がない霊体だけの存在ということだな」
重要な情報をゲットして、太郎はニヤリとする。
「いいことを聞いた。いくら科学技術や魔法に優れている種族とはいえ、肉体が存在せず現世でろくに動けないのならやりようはある。「高天原」に核ミサイルでもぶちこんでやれば、それで終わりだ」
それを聞いて、かおるたちは悔しそうな顔になった。
「それで、高天原の場所は?」
「……それは……」
高天原が存在する場所をきいて、太郎は顔をしかめた。
「そんなところにあるのか……困ったな。いや、今の俺ならたどり着けるかも?核ミサイルを引力魔法で浮かせて特攻すれば……」
地球からはるか遠く離れた場所にある高天原に、個人で特攻を仕掛けようとする太郎を、かおるは慌ててとめた。
「やめたほうがいい。もし地球人が高天原に攻撃を仕掛けると、「最終兵器」が発動することになるかもしれない」
「なんだと?その最終兵器とやらはなんだ!」
太郎の問いかけに、かおるは高天原の切り札を告げる。それをきいた太郎は真っ青になっていた。
「マジかよ。そんなことをされたら、人類滅亡どころか下手をしたら地球そのものが滅びるぞ」
「肉体がない彼らにとっては、この現世に思い入れもない。何もかも滅びてしまったら、また別の世界に移動するだけさ」
それを聞いて、太郎も考え込む。
「……だが、放置はできない。俺は日本とシャングリラ王国に対して、防衛の責任を持つ。奴らに国民を好き勝手に連れ去られるわけにはいかないんでな」
太郎の顔には、神々に対して徹底的に抗おうとする覚悟が浮かんでいた。
高天原 神々の間
「ツクヨミが囚われてしまったな」
地球のテレビ放送でやっている円盤墜落のニュースを見て、雄々しい男―日本三大神の一人素戔嗚は顔をしかめていた。
「これじゃあ、私たちの存在が世界に広がるのも時間の問題よ。万一、地球人に高天原が攻められたら、肉体を持たない私たちでは対抗できないわ」
優美な女性ー天照大神が悲嘆にくれる。
天使たちを捕えるためグレイの体に宿って地球に向かった月読は、太郎によって返り討ちにあい、囚われの身になってしまった。
さらに問題なのは、円盤とグレイの存在をテレビ放送されてしまったことである。
今までは未確認飛行物体としてその存在を曖昧なものにして追及の目をかわしてきたが、こうも明らかにされてしまったら、神々の存在は周知のものになるだろう。
そうなれば、当然人間を攫う高天原の神々は敵視され、いずれは高天原にまで攻め込まれてしまう未来が予測される。
「慌てるな。まだ現代文明は気軽にここに来れるほど発達してはおらん。まだ時間はある」
「だけど……あの太郎とかいう奴は、危険すぎる力を持つわ。もしかしたら、科学に頼らず自ら身に着けた魔法だけでここまで来れるかもしれない」
こうなる事態を避けるために、個人で強大な力を身に着けることができる「魔法」という技術が発展しないように、フィクションの存在として周知させてきたのに、太郎という異世界帰りの存在がその壁を破ってしまった。今後は大幅な魔法技術の発展が予測され、そうなれば生身で宇宙空間を超えて高天原に到達することもできるようになってしまう。
それを避けるためには、一度文明をすべてリセットする必要があった。
「……わかった。少々惜しい気もするが、現代文明をすべて消し去ってしまおう。『ブラックキューブ』発射」
素戔嗚が呪文を唱えると、「高天原」から真っ黒い正立方体が発射され、地球への周回軌道に乗る。
「せめてもの慈悲だ。現代文明が滅びるまで、数日の猶予を与えよう。そして大破滅を乗り越えて生き残った者たちに、神の怒りの恐ろしさを刻み付けるとしよう」
モニターに映る巨大な塊を見ながら、素戔嗚は悦に入るのだった。




