移民募集
太郎との講和により、日本は苦境に立たされる。
第二のGHQと称された太郎の占領統治は、戦前の地主階級が没落した農地改革の再現というべきものだった。
仮想通貨『アーク』を購入していなかった大企業たちは、戦後70年で蓄えた膨大な内部留保金のほぼ半分を召し上げられてしまう。
「これから、どうしたらいいんだ……」
「ああ、うちも「アーク」を買っておけばよかった」
そう後悔する経営者たちと対照的に、以前から『アーク』を買っていた企業には神風が吹いていた。
「シャングリラ王国のインフラ整備を、すべて『アーク』を購入していた企業に任せるんだって?」
「『アーク』を購入していた企業には、広大な土地が無償提供され、新工場を建てると5年間も法人税が非課税になるらしい。ここはひとつ、思い切って国内の工場をすべて移転させるか」
王国から施される莫大な公共投資と税制優遇により、日本を見捨ててシャングリラ王国に移転する企業が激増する。それに伴い仕事の数も増えて、王国は建国当初から空前の好景気を迎えようとしていた。
当然、人手不足になり、王国は積極的に移民を誘致する。日本全国の繁華街に、シャングリラ王国への移住を受け付ける相談所が設置された。
「えっ?移住するだけで支度金500万を貸してもらえるの?」
「ああ、その代わり職種の選択はできず、三年間は日本に戻れない『奴隷』としてだけどな」
とあるホテルの横に作られた案内所で受付をしている獣人族の騎士は、そう釘をさしているが、話を聞いていた少女は目をキラキラさせている。
「うち、学歴は中卒だけどいいの?それに、正直ちょっとやばいお薬のんでるんだけど……」
「大丈夫だ。わが王国は学歴は関係ない。それにどんなクスリを飲んでいても、マンドラゴラの葉から作られる『厄消草』で治る」
少女に迫られた騎士は、ちょっと顔を引きつらせながらそう答えた。
「行く!行かせて!それに向こうの国には『貴族様』がいるんでしょ。うまく玉の輿に乗れたら、人生一発逆転出し!」
その少女は、胸に野望を秘めながら移住を決意するのだった。
「俺みたいな、学校でいじめられている陰キャでも移住できますか?」
「心配ない。貴族になられた方の中にも、いわゆる「チー牛」という属性をお持ちだった方もいる。もっとも、今は結婚されて超リア充になられているがな」
騎士は、王国で国王の親友といわれているある貴族のことを思い出して苦笑する。
こうして、日本社会に見捨てられていた若者たちがこぞってシャングリラ王国に移住するようになるのだった。
シャングリラ王国を建国した太郎は、海外に生産拠点をもつ大企業の経営者を集めて命令する。
「海外に生産拠点をもつ企業は、徐々に撤退してシャングリラ王国に設備を移せ」
それを聞いた経営者たちは、なぜ無茶なことを言われて困った顔になった。
「あの……当社の経営方針にまで口を出されるというのは……」
「ああん?」
「ひっ」
経営者たちは、太郎に睨まれて恐怖のあまり口を閉ざす。
そんな彼らに、太郎は容赦なく告げた。
「逆らうやつは、潰す。物理的にな」
「そんな横暴な……」
「黙るがいい!」
太郎は一括すると、なぜそんなことを強要するのか説明を始めた。
「日本が一時期の発展から衰退したのは、お前たち企業の経営者が、他国の方が人件費が安いからだと目先の利益にとらわれて海外に生産設備を移転させたからだ。そのせいで日本に仕事が少なくなり、正社員の働き口が減って皆が貧しくなった」
一度言葉を切って、経営者たちを睨みつける。
「今までの日本は自由競争の名のもとに見過ごされていたが、俺が日本の支配者になったからにはこれまでのようにはいかぬ。国民の『仕事』は国家と民に富をもたらす栄養素のようなものだ。それを他国に流出させたままにしておけん」
「しかし……他国に対して商売をする以上、ある程度の利益の提供は必要でして」
そう反論する経営者たちに、太郎は静かな声で諭した。
「それはわかっておる。だから日本と友好的な相互依存関係を結んでいる国の生産設備は、残しておいてよい。しかし、反日国、たとえばC国やK国に作られた工場などはすべて移転させよ。これは強制である」
こうして、今まで外国に設置されていた生産拠点が、シャングリラ王国に移転されることになる。
太郎は移転してくる企業の工場用地を確保するために、自らの領海となった太平洋一帯の海底を隆起させて新しく島を作る。そしてそこで働く労働力となる新たな奴隷を手に入れるために、世界中に密かに手を伸ばし始めた。
「世界的にみて、奴隷にしやすい者たちが大勢いるのは、戦争当事国や独裁国、貧困国だな」
日本は落ち目とはいえ、世界レベルでいえばまだまだ安全で豊かな国である。貧しいのは若者たちだけで、中年や老人たちは食べる事も住むことにも不自由はしていなかった。
つまり、日本で既に生活基盤を築いている者たちにとっては、移民としてわざわざシャングリラ王国に来るメリットがないのである。
「欧州のU国や中東のG地区は、今まさに戦争の砲弾が飛び交う中で市民たちは命の危険にさらされている。奴らを奴隷にしてやれば、恩に感じてシャングリラ王国に忠誠を誓うだろう」
そうおもった太郎は、空を飛んで現在戦争が起こっている国に赴く。そこはミサイルによって街が壊され、生活を脅かされた避難民たちが飢えに苦しんでいた。
「哀れだな。一般庶民にとっては、宗教や主義思想の違いによる争いなんて関係ない。どっちも正義で悪だ。やりたい奴だけ殺し合っていればいいんだ」
手足を欠損させた若者や、ガリガリに痩せた親子を見て、太郎は同情する。
「そうだな。私もそう思うよ。抑圧からの解放の手段としての力は必要だが、他者への抑圧の手段としての力は否定されなければならない」
「権力者の勝手で、子供たちまで苦しむのは許せないわ」
同行していた土屋と水走、その他魔法が使えるようになった騎士たちも、太郎に同意している。
「まずは、彼らの心をつかむことだ。みんな、さっそく初めてくれ」
太郎の命令により、てきぱきと避難民たちへの施しが開始される。
しばらくすると、避難所にいい匂いが漂い始めた。
「なんだ?おいしそうな匂い……」
避難民たちが、固唾を呑んで見守る中、突然どこからもなく現れた東洋人の一団が、何か白い卵が入っているスープを作り出していく。
おそるおそる近寄ってきた避難民に、リーダーらしき坊主刈りの男は笑顔でスープを差し出してきた。
「腹がすいているだろう。食え」
おそるおそる食べてみると、塩味が効いていてとても美味しい。
「うまい!」
「土中イナゴの卵煮だ。塩味をつけてある。ほぼ完全に近い栄養素が含まれているから、元気がでるぞ。たくさんあるから、遠慮なく食え」
そういってスープを手渡してくる。避難民たちはたらふくスープを食べて、空腹を癒すのだった。
「はーい。ケガをしている人はこっちに来てね。私たち「マムの僕騎士団」が癒してあげる」
白衣をきた美人女医とそれを取り囲むマッチョ軍団が、ミサイルなどで傷ついた者を手当している。
「はい。動かないでね。今から足を生やしてあげるから」
部下のマッチョに砲弾で右足を吹き飛ばされた青年を押さえさせ、女医の水走はケースから肌色の細長い蛭のようなものを取り出す。
「え、えっと……それはなんですか?」
「寄生型魔物の、手足ヒルよ。ちょっと痛いけど我慢してね」
そういうと、水走は欠損した右足の部位に置く。するといきなりヒルの口が開き、傷口にかみついて血をすすった。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!」
激痛が走り、青年はベットの上でもだえ苦しむ。
「我慢しなさい。男でしょ」
「そ、そんなこと言われても……あれ?」
徐々に細長いヒルの形が変わっていき、失われた右足のようになる。それと同時に痛みも治まっていた。
「はい。これで終了。立ってごらんなさい」
そう言われて、青年はおそるおそる立ち上がる。新しくできた右足は自分の思い通りに動き、ちゃんと立つことができた。
「し、信じられない。足が生えてきた」
「この寄生型ヒルは、相手の血を貪りながら、同時に失われた四肢の代わりも果たしてくれるの。ちゃんと神経を接続してくれるから、思うように動かせるわ」
歩けるようになった青年は、涙を流しながら水走の手を握って感謝する。
「ありがとうございました」
「ふふ。もうそのヒルはあなたのパートナーよ。一生懸命働いて美味しいものを食べて、ちゃんと養ってあげなさい。はい、次の人」
こうして、現代医学では手の施しようがないけが人たちも、不思議な力で治していく。
人々はそんな彼らをみて、神の使いではないかと思い始めていた。




