天使出陣
「くそっ。太朗の他にもまだこんな奴が!」
首相が歯ぎしりしながらタブレットを見ていると、別の秘書が駆け込んできた。
「ご報告します。東帝大学にテロリストが出現!」
「NEEET通信会社の本社が襲撃されました!現在、ネット環境に通信障害が起きています!」
「東海原子力発電所が占拠されました。テロリストは山田太郎の釈放を要求しています」
「明治神宮に不審者が!」
「東京港の港湾にて破壊活動が行われています」
日本国の最終兵器と言われていた、元異世界管理局の士官たちによるテロ行為は、同時多発的に発生し、日本の重要地点を占拠していた。
慌てた岸本首相は、自衛隊の将軍に命令する。
「自衛隊を向かわせろ」
「すでにいくつかの地上部隊が制圧に向かいましたが、奴らの異能によって蹴散らされました。兵士が持つ装備では、異世界管理局の異端どもに対抗できません」
将軍の顔にも焦燥が浮かんでいる。指令室のスクリーンには、異還士たちの放った見えない風の刃で切り刻まれたり、妙な幻覚に襲われて同士討ちをしたりしている兵士やドローンの姿が映った。
彼らに対する発砲も行われたが、人間相手なら圧倒的な戦闘力を誇る銃などの携帯武器が、全く役に立たない。
「なら、戦車を向かわせろ」
「無理です。拠点防御とか、あるいは動かない施設を攻撃するのには破壊兵器は有効ですが、動く小さな的である人間相手には不向きです。動き回ったり隠れたりする蚊を大金槌を振り回して追いかけるようなものです」
将軍は、首相に対して首を振った。銃もだめ、兵器もだめと聞いて、岸本首相は癇癪をおこす。
「ええい。ならば、ミサイルでも打ち込んでしまえ」
「そのような無理なことを……相手は重要施設を占拠しているのですよ。施設ごと破壊してしまうつもりですか?」
テロリストごと施設も爆破されてしまうと聞いて、さすがの岸本首相も鼻白んだ。
「ぐぬぬぬ……なら、どうすればいい」
「戦車などの兵器は警視庁の防衛に専念させ、奴らを同じ異能をもつ天使様たちに鎮圧してもらうしかないでしょう」
万策尽きた将軍は、ついに天使たちにテロリストの鎮圧を依頼することを提案するのだった。
「わかった。すぐに呼び出せ!」
首相の参集に、夏美をはじめとする天使たちはすぐに現場に向かう。しかし、たった一人だけそれに応じない天使がいた。
「なぜ闇路ゆみこ君は応じてくれない」
「それが……国立先進病院から動こうとしなくて……『お母さんが心配だ』などと言い訳をして」
国家の一大事に、首相の命令より個人的事情を優先するゆみこに岸本首相は激怒する。
「ええい。庶民であるあいつの母を入院させてやったのに、その恩も忘れたか。追い出されたくなければ、さっさと出てきて戦えと伝えろ!」
命令を受けた秘書は、慌てて病院に向かうのだった。
少し前
シャングリラ島のゲートの前では、土屋が今回の太朗救出作戦に参加する隊員たちを集めていた。
「皆、いいか?私たちの目的は攪乱であって占拠ではない。危険を感じたら、すみやかに施設を放棄して撤退するように」
「はっ」
全員に「転移のペンダント」が配られ、いつでも戻ってこれるようにする。
「棋駒二尉は待機。天使たちと各隊員の位置の把握に努めよ」
元異世界管理局で、サブリーターの地位にいた眼鏡の男が頷く。
「そして千儀、お前の能力は天使たちの一人の持つ力と特に相性が悪い。奴に当たったら無理せずに、すぐに私に代われ」
「了解しました」
千儀が頷く。
「では、散会!」
各々割り振られた目標施設にゲートを使って転移していく。後には眼鏡の男が残り、卓上に東京全域の地図を拡げる。
「索敵魔法『基盤配置』」
眼鏡の男が魔法を振るうと、地図上に将棋の盤面のような図が浮かび、隊員たちや天使、戦車などか駒として表示される。
「さて、こちらの配置はこれでいい。あとは天使や自衛隊がどう動くかだな。それによって打つ手がかわってくる。残り三つの駒をどうするか……」
基盤外には、竜の駒が三体控えていた。
潮風かおると光明寺さやかは幼馴染で親友である。二人とも日本を代表する大金持ちの家に生まれ、今まで好きなことをして暮らしてきた。
かおるはフェンシングの名手であり、またその中性的な容姿を生かしてモデルの仕事もしている。さやかは日本を代表するファッションデザイナーの娘であり、自らも女優として芸能界で活躍していた。
2人は親に買ってもらったタワーマンションで、共同生活をしている。
「さやか……かわいいよ」
「かおるこそ……美しいわ。ふふ。二人でこうやって生きていけるなんてね。地上に転生してよかったわ」
2人は互いに見つめ合ってほほ笑む。彼らは元は天界である高天原にすんでいたが、そのころから恋人同士であった。
しかし、実体がない霊体だけの存在である天使では、互いに愛し合うことができない。それで高天原から堕天して地上に転生してきたのである。
「しかし、女として生まれるなんてな。僕は本来は男の設定なのに」
「いいじゃない。むしろどんなに交わっても子どもが生まれないから、都合がいいわ」
かおるの苦笑に、さやかは笑顔を返す。
「これで神々に反逆するムシケラの始末もついたし、これからも二人で生きていこう」
「ええ、二人だけで」
2人が微笑みあった時、けたたましくスマホが鳴る。
「なんだ?うっとうしい……」
邪魔されて顔をしかめながらスマホをとる。
「はあ?またテロリストが出たって?仕方ないな。面倒だけど」
スマホを切ったかおるは、さやかに告げる。
「出動命令だ。元異世界管理局の隊員たちがテロを起したらしい。鎮圧しろってさ」
「また出たの。ほんとに異世界からの帰還者ってうっとうしいわね。高天原からの命令がなければ、ほっときたい所だけど……」
不満そうなさやかを、かおるが宥める。
「まあまあ。我々が地上で安楽な生活を許されているのも、高天原の許可があってのことではあるし」
「仕方ないわね……」
しぶしぶ、二人はテロ鎮圧に向かうのだった。
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