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天使誕生

太郎による防衛省襲撃は、失墜しつつあった日本の権威に致命的な影響を及ぼしていた。

「テロリストに一国の軍の中枢が破壊されるなんて、何兆円も予算をかけた国防はどうなっているんだ!」

「警察も自衛隊も政府も当てにならない。私たちの生活を守ってくれるのは誰なんだ」

そんな認識が企業や金持ちの間に広がり、日本を見捨てて国外に脱出する者が富裕層の間に激増する。

それに対して、日本政府は海外への資産の持ちだしを禁止し、追い詰められた者たちは資産保全のために唯一の手段に縋り付いた。

「『アーク』を売ってくれ。金はいくらでも払う」

「日本円なんて信用ならん。山田太郎が価値を保証している仮想通貨を、今のうちに手に入れておかないと」

太郎が作り出した仮想通貨『アーク』の値段は爆上がりし、購入した者の支払った日本円が太郎の口座に振り込まれていく。日本政府は再び銀行に太郎の口座を凍結するように要請したが、もはや従わせる力をもたず、太郎の資産は一兆円を超えた。

太郎はシャングリラ島周辺にも、自らの配下となった亜人族たちの住む土地として新たな島を海底から隆起させ、その領土はどんどん増えていく。そして亜人族たちを通じて自らの資産で食料やモノを買い占めさせ、国民はどんどん貧しくなっていった。

この状況に困り果てた岸本首相は、最後の手段として神頼みにすがる。

密かに伊勢神宮を訪れた彼は、神社の奥深くにある神聖な祭壇に招かれた。

「御禊みそぎ祓はらへ給たまひし時ときに生なり坐ませる祓戸はらへどの月読神等おほかみたち、諸もろもろの禍事まがごと・罪つみ穢けがれ有あらむをば、祓はらへ給たまひ清きよめ給たまへと白まをす事ことを聞食きこしめせと、恐かしこみ恐かしこみ白まをす」

複雑な祝詞を払串を振りながら唱えると、祭壇に設置してある三種の神器に光がともり、壁に立体映像が浮かんだ。

「地をはう虫ケラどもよ。何用があって我を呼び出したか」

冷たい顔をかけてきたのは、怜悧な美貌の白い顔をした男である。男はまるでギリシャ神話の神々がきているようなローブを纏い、周囲には翼が生えた美女たちに囲まりていた。

「地に伏してお願い奉ります。高天原におわす神々よ。いま日ノ本は、汚らわしい異世界帰りの悪魔によって苦しめられております。なにとぞご助力を……」

「知らぬな。我らは地を這うムシケラのことなど関心をもたぬ。ただ贄を差しだせばよいだけだ」

土下座して頼み込む首相に、男ー日本三大神の一人月読はそっぽを向いた。

「そ、そこをなんとか。日ノ本の民から差し出す贄を倍に増やしますから」

日本国の年間行方不明者はおよそ八万人にも及ぶ。ほとんどは事故や借金、生活苦などによる自発的な失踪だが、中には彼ら神々に生贄として連れ去られた者も多かった。政府は日本の政権を彼らから委ねられることと引き換えに、あえて見て見ぬふりをしているのである。

彼ら神々は、地上の富も土地にも関心をもたない。彼らかが欲しがるものは、人間の体そのものだった。

「……よかろう。ならば、地上に転生した堕天使どもの力を貸し与えよう」

月読が顎をしゃくると、周囲にいた天使たちが小さくなって、羽が生えた妖精になる。

彼女たちは太郎に対抗する堕天使たちを覚醒させるために、地上に降りていくのだった。


太郎は単なる治安を乱すテロリストではなく、もはや日本国の公敵となっている。それと同時に、太郎を敵にまわしてしまった偽結婚式に参加した同級生たちに風当たりが強くなっていった。

その中で、最も苦しい立場に追いやられたのは、偽結婚式の主催者の一人である時藤夏美である。

上流階級や富裕層の子女だけで集められたアイドルグループ「高嶺の薔薇」の一員だった夏美は、太郎に英雄との結婚式をぶちこわされた後、ガラス片で怪我をして入院していたのだが、退院後、すっかりグループから干されてしまっていた。

「なんとか、私をグループに復帰させてください」

とある豪華なホテルの一室で、テレビ局の幹部をしている脂ぎった中年男に頼み込む。

「夏美ちゃーん。そうはいうけど、キミあのテロリスト山田太郎に目をつけられているでしょ。もしキミを復帰させたら、テレビ局まで襲われちゃうかもよ」

「そ、そんな……」

断られてしまい、夏美は涙を流す。

「でもねぇ。キミは大口スポンサーの大手時計製造会社の一人娘でもあるしねぇ。ボクだけじゃなくて、何人かの大物の同意があったら、復帰できるかもねぇ。でも、それにはキミの誠意が必要だよ。わかっているね」

いやらしい口調で、夏美の肩を撫でまわす。

「わ、わかっています」

そういうと、夏美は覚悟を決めて服を脱ぐ。

「ぐふふ。あの「高嶺の薔薇」の一人を好きにできるなんて、ボクは幸せものだぁ」

二人はもつれこむようにベッドに倒れこむのだった。

それから何人もの政財界の大物や芸能プロデューサーと寝ることで、必死に媚びを売ることになった夏美は、ベッドの上で悔し涙を流す。

「あんな男に関わるんじゃなかった……あの疫病神め……私をこんな生き地獄に落として……」

もがき苦しみながら太郎への呪詛をもらすが、まだ彼女の心は折れてなかった。

「わたしは負けない、泥水をすすっても、どれだけこの身を汚しても、きっと這い上がってみせる」

そう決意して、どんな嫌な男にも必死に愛想をふりまくる。その甲斐あって、やっとアイドルグループへの復帰が許された。

「でも、太郎が襲い掛かってきたらどうしよう」

今度太郎のせいで周囲に迷惑をかけてしまったら、二度と這い上がれることは、クラスメイトたちの悲惨な近況を知っている夏美にはわかっている。

恐怖に震える夏美の前に、光が差し込んできて、小さな妖精が現れた。

「高天原から堕天した天使よ。そなたに天使の翼を授けます。日本の敵、大魔王山田太郎を討ち取りなさい」

妖精から光輝く羽を受取ると、夏美が光に包まれていく。光が薄れると、真っ白い翼をもつ天使となった夏美が現れた。

「あなたは天上神ツクヨミ様のご加護を得た、天界の巫女聖天使。これからはエンジェルクロノスと名乗りなさい」

「エンジェルクロノス……これが私の力……」

夏美は、自らの体に宿った力に歓喜する。彼女の体からは、魔力がオーラとなって吹き出していた。

「見ていなさい。大魔王山田太郎。あんたなんか私の正義の力で倒してやるわ!」

生まれ変わった夏美は、改めて太郎打倒を誓うのだった。


数日後首相官邸に、四人の美女が招かれていた。

「よくぞあのにっくき悪魔、山田太郎を倒すために集まってくれました。聖天使の方々」

岸本総理が、豪華な応接室でソファに座っている四人の美女たちに頭を下げる。彼らは天の啓示により、天使として覚醒した者たちだった。

時藤夏美のほかには、亜麻色の髪をした中性的なショートカットの美女、潮風かおる。

金髪カールのゴージャスな美女、光明寺さやか。

そして暗い顔をした華奢な黒髪の中学生くらいの少女、闇路ゆみこだった。

「……僕はこんな面倒なことに関わっている暇はないんだけどな。モデルの仕事にも支障がでるし」

かおるが不機嫌そうに聞くが、まあまあとさやかに宥められた。

「かおるちゃんったら。そんなにツンケンしなくても。あいつを倒したら、日本政府もそれなりに配慮していただけるんでしょ?」

「は、はい。日本政府は全力で、あなた方を前面的にバックアップさせていただきます。それだけではなく、報酬も思いのままです」

岸本首相は、汗だくで彼からみたら何十歳も齢若い小娘たちに頭をさげている。

「……」

そんな首相を、ゆみこは覚めた目で見ていた。

「……私はそんなものはいらない。ただ一つ、癌になったお母さんを治してほしい。最新鋭の治療を受けさせてあげて」

「は、はい。すぐに最先端医療機器がそろった国立先進病院への入院を手配いたします」

首相はそういって、再び頭をさげた。

「それで、あのテロリストを始末するのに、日本政府は僕たちにどう協力してくれるんだ?」

再びかおるが不機嫌そうに聞くと、首相は計画書をとりだした。

「まずは罠を張りましょう。あいつが倒される様子が全国に報道され、国民の信頼を取り戻せるようにします。夏美さんがアイドルグループに復帰してテレビに映るようになれば、奴は必ず襲い掛かってくるはずです」

こうして、政府と天使たちによる山田太郎抹殺プロジェクトが開始されるのだった。


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