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陰陽寮末席先祖の底力

 ハッシュ達は虫の塊だったのか?

 彼らの出現こそ罠だったのか?


 私達五人は人型を作っていた硬い甲虫の襲撃に遭い、校舎へと逃亡する事になったが、唯一人間という私が逃げ遅れた。


 そしてその結果、堂上に大怪我を負わせてしまったのである。


 彼は私のせいで怪我をしたのに、私の為に土の盾を作り、なおかつ足の遅い私が校舎に辿り着けるまでサポートすると言い張るのだ。


 それはたぶん、一緒に走るには、彼の怪我が酷すぎるから。


 彼の右肩と脇腹には黒い甲虫がめり込んでいるし、服が破れて血が滲んでいる所は、同じ様に虫が穴を穿いているか皮膚を切り裂かれているかしているはずだ。


 彼はもう動けないから、私一人走って逃げろと?


「わた、ぼ、僕は足が遅いです。一緒に行きましょう。一緒に逃げて下さい」


「君は黙って走るんだ」


 膝を落した格好のくせに、堂上は私に微笑んだ。

 自分が盾になっているうちに逃げろと、映画のヒーローが必ず浮かべる笑顔だ。


 ぶぶぶ。


 ろくでもない虫は、堂上の脇腹と右肩に刺さっている癖に、まだまだ彼を抉りたいという風に身を震わせているとは。

 私は虫への脅えよりも、虫への怒りの方が勝ったらしい。

 だからか堂上の傷へと手を伸ばしていた。


 ぱしっ。


「いいから急げ」


 手を振り払った男は、私に初めて恐ろしい顔を見せた。

 本来の妖精の顔である、真っ赤なたてがみを持った獅子の顔だ。

 彼は妖精どころか、大地を守護するエンキアメル神族の末裔だったのか。

 私は彼に脅えるどころか、さらに近づき跪いて堂上の脇腹へと手を伸ばした。


「能渡井」


「お願い」


 今度の堂上は私の手を撥ね退けなかった。

 だから私は、彼の傷口へとその指を突っ込めた。

 指に触れた虫の感触に生理的嫌悪感ばかりだが、私は歯を食いしばって甲虫を鷲掴み、一気に引き抜く。


「うあわっつ!!」


 声をあげたのは堂上だった。

 私に虫を抉り取られたその痛みだ。

 しかし彼はすぐに自分を建て直し、虫が消えたために血が噴き出した脇腹に手を当てて押さえつけながら私を睨む。


「さあ満足したな?行け」


 引き出された私の手には、彼を苛んでいた黒い甲虫が握られている。

 必死で力を込めねば逃げ出してしまう、普通の虫ではない異世界の生物。

 私は甲虫を握ったまま、私の拳を赤くする堂上の血を舐めた。


「きみ!え?」


「エンキアメルの怒りを受けよ!!」


 私は拳を地面に打ち付けた。

 私が握る虫は地面で潰され、同時に私の周りで大きな空気の波動が起きた。


 ざざざざざざざざ。


 波動を受けた虫達は弾け、粉々となって地面へと次々落ちて行く。

 ほうっと堂上から溜息を吐く音が聞こえた。

 堂上の体に刺さった虫は消滅し、私が地面から引き出したエンキアメルの力を浴びたことで、受けた傷の少しくらいは治癒できたはずなのだ。


 魔力のドーピングを受けただけで、もしかしたら傷口など一つも塞がってはいないかも、だけど。


「何をしたんだ?」


「能渡井家秘術。高次の力を利用した呪を放ちました」


 死んだじっちゃん曰く、他人のふんどしで戦いましょう術、だ。

 能力が低い能渡井家がエリートな陰陽寮に潜り込めたのは、こうやって強い鬼や妖魔の力を自分の実力に見せる事が出来たからだ。

 他力本願な舳宇の性質は、実に能渡井家らしいものと言えるだろう。


「あなたの神族の力を使いましたから、少しは体力回復が出来たと思います。あの、一緒に走れますよね?」


 堂上はぷすっと笑い、それから口元をはにかんだみたいに平べったくした。

 どうしたの?

 いいから、動こう?

 もう元気なはずなんだし、置いて逃げる?


「て、うわあ!」


 気が付けば私は堂上の腕の中だ。

 抱きしめるではなく、抱き上げられていた。


「え?」


「君の言う通り、一緒に逃げよう」


「自分で走れます」


「俺の足の方が速い。虫は直ぐに来るぞ。親玉を潰すまで消えはしない」


「え、親玉、て、ええええ!!」


 堂上は走り出した。

 抱きかかえた私をさらに庇うよにして身をかがめ、落とさないように両腕で幼子を抱く様に、だ。

 自分こそ怪我人なのに、無傷の私を無傷のままに守りたいのか。

 私は落ちないように堂上のシャツにしがみ付くしかない。


 いいえ、しがみつきたかった。

 なんだか悔しいけれど、嬉しいのだ。

 守ってもらう状況が。


「急げ!!」


 狛犬の大声にさらに堂上の速度は増したが、それこそ私の望みだった。

 はやく堂上の手当てをしないと。

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