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兄の謝罪と冬弦

 兄もやっぱり男の子だった。

 一つの事に集中すると周りが見えなくなる、という男の子らしい感覚の持ち主ということだ。


 いやいや、単なる空気を読まないくんか?

 もしくは、妹がどうなろうが構いませんな、兄上様か?


 きっとどころか絶対に知り合いだっているはずの、不特定多数の眼ばかりなフードコートで、冬弦に契約解除のキスを試みた、だなんて!!

 絶対に絶対、冬弦にキスしたのが私の方だと思われてしまったに違いない。


「うわあああ。場所を選んでくださいよお!!」


「ほんの流れだ。謝罪もそこで行われた」


 あ、舳宇こそ策士か!!

 確かにひと目がある場所で、冬弦が激高など出来ないだろう。

 だけど、それは卑怯すぎないか?兄よ。


「そんな場所で謝罪なんかしてごめんなさい」


「確かに場所は悪いな。だが私は舳宇の謝罪を受け入れるしか無いと思ったし、そうするべきだと頭のどこかが私に言い聞かせてくるほどだった。舳宇を許したのは、人目を気にしてではないぞ」


「そ、そんなにも、舳宇の言葉はあなたの心を打ったのですか?」


「単純な言葉、だったのにな。単純な言葉だったからこそか。私は彼に騙されたと怒りを抱くどころか、受け入れてあげよう、それしかなかった。だが、彼を許したその後は、契約解除のキスの為に場所を移動するなんて、ひとかけらの考えも気力も湧かないぐらいに私はぐったりしていた。私はやっぱり自分が思っている以上に落ち込んでいたのだろうな」


 それは、宗近に何度も二分訂正をさせられたからでは無いでしょうか。


 冬弦の疲れ切った顔付の意味を理解した私は、私とアダムの話し合いの時に宗近がそばにいなくて良かったと、ぞっとしながら考えた。


「本当に、心に響く言葉というものは一言一句覚えているものだな。私を尊敬し慕うからこそ言い出せなかった。私を騙していることに罪悪感ばかりなのに、私に嫌われると考えたら怖くて行動を起こせなくなった。そこで、本物の妹と私を会わせて、全てが明るみになってしまう事を望みました。しかし、嘘の上乗りをしてしまっただけだった。許してとは言いません。けれど、私を慕う気持ちだけは本物だと信じてくださいとな。心にずっしりと届いたよ」


 マジで、一体何度リトライさせられたのでしょうか。

 私は冬弦への同情心のまま、彼の左手の甲を右手でポンと撫でた。


「あなたの器の大きさに感謝するばかりです。本当にありがとうございます」


「い、いや。そこまで自分を慕う相手を許さないわけにはいかないだろう。それだけのことだ。ハハハ、君と出会った時に君が舳宇じゃないって見抜けなかった私がまず悪い。いくらなんでも女の子と男の子を見分けられないなどと、情けない話だ。そうであろう?」


 それは男の子にしか見えない私のせいだと言いたいのでしょうか?

 っていうか、舳宇の台詞も良く考えてみれば、私のせい、とか言ってねえ?


 一日くらい誤魔化してってことだったはずだよな。


 アダムが目覚めて、次に兄について彼が不穏な声を出したら、私は兄を庇うのを止めようと心に誓った。

 本当に、私一番な人はアダムだけじゃないか。

 私はアダムの右手をぎゅっと握る。


「では、君の契約解除もしておくか。アダムが寝ている今のうちにな」


 冬弦は言うや立ち上がる。

 そしてそのまま彼は私の前を通り過ぎ、アダムの前にと立った。

 え?

 もしかして、今すぐ私にアダムにキスしろと?

 気絶している状態のアダムの脇腹に?


「え、えと、あの、冬弦さん。私は紋章があっても見えないし」


「安心しろ。舳宇と同じ破邪の眼は私も持っている。ちゃんと正しい位置を君に教えてあげられるさ」


「で、でも!!」


 男子高生が見ている前で、男子高生の裸の脇腹にキスなどできません!!


 私は冬弦に言い返すことができない代わりに、自分の膝に置いていたアダムの右手を持ち上げて胸に当てた。


 ど、どうしよう。


「え?まさか、肩傷の方だと思っていたが、腰だったのか?」


 冬弦が出した声は、少々安っぽい響きがあった。

 私は自分がしてしまった失態を考えながら、アダムの腕をさらに抱きしめる。

 冬弦はまるで路上で倒れた人間を介助する人みたいにして、慌てたようにしてアダムが着ているTシャツの裾を掴んで引き上げようとした。


 パシッ。


 冬弦の右手首がアダムの左手によって掴まれた。


「アダム?目覚めるのが早いな。もう少し――」

「俺に電撃を喰らわせたら、君の大事な妹分も気絶しちゃうぞ。海宇はそのつもりで俺の腕を抱き締めている」


 いや、そこは考えて無かった。

 え?冬弦の電撃って私にまで届いちゃうものなの?


「それで君はアダムの体を自分の膝に置きたがっていたのか。彼を守るために」


「ありがとう。海宇」


 違います。

 そこまで考えてませんでした。

 そしてそんな恐怖結果を知った今としても、今だからこそか、状況的にアダムの腕を放りだすことが私にはできなくなった、だけです。

 そんな嬉しそうな顔で私を見つめるな、アダム!!


「そうか。契約を抜く時の君が抜けた感じの様子を海宇には見せたくなかったが、君達が良いと言うならば良いのであろうな」


「――そんなに凄いのか?」


「一週間ぐらい溜まったものから解放された瞬間ぐらい、かな。かなりすっとした爽快感があったぞ。額で良かったと感謝したぐらいだった」


「ええ!そんなに影響があったのですか?すごく頭が痛かった?アダムは?本当はお腹が痛かった?そういう影響をちらとも考えて無くてごめんなさい。恥ずかしいとか言わずに今すぐ解除するから、あなたも冬弦さんの言う事を聞いて」


 冬弦とアダムは親友らしく同じ動作で私に振り返ると、再び自分達は親友だという風にして互いに顔を見合わせた。


「ごめん、冬弦。今度でいいか?」


「私もそう言おうと思ってた。小学生並みの感覚の子にさせて良い行為ではないからな。だが、ほっとしたな。小学生じゃ女の子も男の子も無いものな。私が海宇を男の子だと思い込んでしまったのも仕方が無いか」


 私はベッドから立ち上がると、床に落ちている枕を拾いに行った。

 とりあえず冬弦にぶつけてやるつもりで。

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