狭いお部屋でわちゃわちゃと
私はアダムの頭を叩いてやりたかった。
だから彼を跪かせたというのに、彼が私に向けた表情が憧憬とも読み取れるもので、私は簡単に絆されてしまったのである。
私は不甲斐無い自分自身への鬱憤を晴らすようにして、Tシャツのビニールパッケージを乱暴に破った。
しかしそこからTシャツを取り出した時には、それをアダムにぶつけるのではなくアダムの希望通りにしてやろうなんて考えた。
それは正解だったようだ。
私がTシャツのそれぞれの袖口に自分の腕を通した時、アダムの瞳がさらに煌き、私に向けていた余裕の笑顔がほんの少し照れのあるものに変わったのだ。
彼だってちゃんと小恥ずかしい気持ちじゃないか。
私は偉そうな顔つきを作ると、私こそ彼に命令を与えた。
「バンザイをしてくれる?坊や?」
「はい。ママ」
アダムは両腕を私に伸ばし、私は彼の左手首をまず掴み、右手が通している袖口から彼の左手を引き上げた。
次は右の袖口。
そして、両腕が袖から出たのならば、次は頭。
最後には、私はTシャツの裾を掴み彼の体に覆いかぶせる。
「あ、騙された」
アダムは私の一連の動作に私に何も言われなくとも体を動かして協力したが、その協力自体私を彼が思うように動かす目的だったのだ。
Tシャツの裾を降ろしきったその時、アダムは立ち上がっていた。
私が彼に腕を回して彼の胸に密着している、そんな状態で。
「あなたって」
私は彼から離れようと動いたが、彼が私の後頭部に手を添えたことで私は再び動けなくなってしまった。
押しつける手ではない。
大きな手は赤ん坊の頭を守る時のような手で、私はその温かな手の感触にとっても安心感を抱いてしまったのだ。
「ごめん。俺は君を見ると抱きしめたくてたまらなくなる。俺は誰にも君を渡したくはない。だから君を抱きしめてしまいたくなるんだ」
私は両目を瞑った。
安心感しか感じない彼の抱擁に身を委ねる為ではなく、彼に真実を話さねばならないという、今度こその覚悟の為だ。
私は彼と私の壁になるように自分の両手を彼の胸に置いた。
「海宇?」
「少し離れましょう。これではあなたに大事なことを言えない」
「それが答えか?」
アダムが出した声はとても不穏な響きのある、とても暗く低い声だった。
何も言っていないのに、と、私は慌てて彼の胸から顔をあげた。
笑顔など何もない思いつめた顔をアダムはしている。
「答えって?」
「君は付き合っている人がいる。俺のことは良いなと思ったが、やっぱり好きな相手の事は裏切れない、ごめんなさいって、奴だろ」
「ははは」
私は空々しい笑い声を上げながらアダムから離れた。
とある目的のために。
「はうっ」
アダムは腹を抱えて少々だけ屈んだ。
狭い試着室でそれ程離れる事は出来ないだろうが、彼にお見舞いする拳に威力を加えられるぐらいの距離はとらねば、じゃないか。
私の拳を鳩尾に受けたアダムは腹を抱えたが、しゃがみこむほどのダメージは受けなかったようだ。
こっちは手首がねん挫したみたいに痛いのに。
このシックスパックめ。
「大丈夫か?」
どうして拳を受けた方が拳を振るった方を心配するのだ。
結局私なんてアダムには羽虫が騒いだぐらいなものなのだろうか。
「海宇?」
「うるさい!大丈夫じゃない!!ものすっごく痛かった」
「見せて。痛めてたら大変だ」
腹を抱えていたはずのアダムが私に襲い掛かる!!
私は自分の右手を抱えながら、アダムから距離を取る。
狭い試着室で逃げ切ることなど出来ないが。
アダムは両手を壁に付き、逃げようとした私を閉じ込めた。
「海宇?」
「いいって。離れて」
「よくないでしょ」
「良く無いのはあなただよ。触んないで!!大体あなたはさ、私をそんな屑だって思ってたんだ。好きな男がいるのに?あなたが良いなって思ったから、彼氏がいるけど付き合お~ってな尻軽女?もう!!ふざけんなよ!!」
「――ごめんなさい。ほんとにすいませんでした」
あ、アダムがぱっと離れた途端に、思いっ切り私に頭を下げてきた。
こんな狭い場所だというのにアダムが頭を下げたせいで、私が壁にへばりつく格好はさらに継続中としかならなかったが。
そしてそんな壁の隅っこ人間の私に威厳も何もないけれど、とりあえずアダムに向き直して腕を組み、アダムを思いっきり見下す感じで顎を上げた。
頭を下げている人に私のこんな振る舞いなど、一切見えないだろうけど。
だけど形は大事だ。
「で?参考のため聞きたい。私が誰と付き合ってると思ってたんだ?」
「――兵庫」
「このおバカ!!」
私は怒りのまま足を繰り出していた。
それは悪手だった。
どうして私は学習しなかったのだろう。
再びアダムに右膝の下に左手を入れられ、蹴り上げた足を持ち上げられて固定されてしまったのである。
「ちょっと、ねえ、放して!!」
「蹴られるのに放す人はいないでしょ」
「蹴られる事をしてるんだから素直に蹴られてよ」
「いやだ」
アダムは私の足をさらに持ち上げ、私はそのせいで後ろへと転びそうだ。
だけど、今度こそは絶対にしがみ付いてやるものか。
アダムは私の意思がわかったからか、私の足をさらに上げてきた。
それが好きな相手にする事か!!
って、転ぶ転ぶ。
転ぶわけなど無かった。
私の背中にはアダムの右手が差し込まれ、私は彼に抱きかかえられた状態だ。
悔しい事に私は完全に狼狽しているのに、アダムは社交ダンスをしている人のようにして余裕綽々で私を見下ろしている、とは。
何て悔しい。
「悪党!!ごめんの気持ちはどこに消えた!!」
「悪い。もうハッキリさせたくてね。君は俺以外に好きな男などいなかった。では、君が告白したい話は何なのか?さあ、教えてくれ」
「この状態で?」
「この状態で。俺は君に逃げられたくはないし、意外と重い拳をもう一度鳩尾に受けたくはない」




