窮鼠は窮するだけである
「何を考えてるの!!」
アダムに抱きかかえられていた私は床に下ろされるや、アダムに対して思いっ切り蹴り込んだ。
抱きかかえられて運ばれた事への抗議ではない。
アダムが私を服屋の試着室に閉じ込めたことに対してだ。
二人きりになれたと彼は言ったが、ドアの向こうに服屋の店長と店員が見守っているというならば、思いっきりひと目がある状態という罰ゲームそのもの。
だから私はアダムを蹴った。
しかし、私の右足は宙を虚しく掻いただけだ。
アダムは片足立ちとなった私を、悠々と抱え込んで覆い被さる。
「大丈夫かな」
「あなたが足を掴んでるから転びそうなんだよ!!」
「転びそう?いくらでも俺を頼ってもいいよ」
悔しい!!
仰向けに反り返った私の両手は、自分に覆いかぶさるアダムを跳ねのけるどころか、彼に助けを求めるかの如く彼にしがみ付いているのだ。
それも、アダムが裸ん坊なばかりに、私はアダムの体に両腕を回して、だ。
彼が服を着ていたら、私は彼の服にしがみつけたというのに。
「これで二人きりだ。さあ気兼ねなく俺に打ち明けてくれ」
「あなたは私にもう少し気兼ねしようか?」
階段で打ち明け話は出来ないからと二人きりをアダムにお願いしたけれど、試着室という密室に連れ込まれてしまうとは考えていなかった。
アダムが遊び人だったのは事実だったみたいだ。
それなのに私の目には純朴な人としか映らなかったのは、アダムが本来の世慣れした自分を出せなかったからであろう。
やっぱり契約の弊害が出ていたのだ。
「好きな子には自分を全部知って欲しい、そうだろ?」
「好きな子の足を持ち上げてしまう人だなんて知りたくなかった」
「俺は今すぐに君の真実を知りたいからだよ。海宇。教えてくれないかな?」
「この体勢で真面目な話ができると思っているの?」
「思っていない。俺は臆病者だな。ってだけの話だ」
アダムを身を起こし、私も彼の動作によって立ち直せた。
でも、私の体に回されたアダムの腕はそのままで、アダムは私を真っ直ぐに見つめている。
数秒前に余裕綽々に見えたアダムなのに、今はとっても不安そう?だ。
唇を真一文字にきゅっと閉じている彼の表情は、辛い真実も受け入れるという覚悟だって見える。
彼はやっぱり誠実で誰よりも優しいから、私の気持を解すためにあんな行動を取ったのだろうか?
あるいは、躁鬱症状の人みたいに、契約の弊害で本来の彼と契約によって作られた人格が交互に出ている、としたら?
それはきっと自分が不確かになって不安なはず。
私こそ覚悟を決めなければいけない。
校庭に一人取り残された私を助けに戻って来てくれただけでなく、殺人虫の大軍に単身で飛び込んでくれた人だと言う事を忘れちゃいけない。
そんな彼を彼自身に戻せるのは、私の決断だけなのよ?
「海宇?言いたくなければ言わなくてもいい。俺に相談だと言って何度だって俺を呼び出していいんだよ。俺は君に会えるのはいつだって歓迎だ」
何ていい人!!
感動した瞬間に、私は再びアダムに抱き寄せられていた。
彼の胸板に私の体がめり込むぐらいの勢いだ。
「俺は君が好きだ。君の心が俺に向いていなくても、俺は君を思い続ける」
私の口からはふっと息が漏れていた。
胸がきゅうっと締まって苦しくなったから。
私は彼を私から解放してあげなきゃいけない。
いますぐに。
ほら、契約解除をしましょうって彼に言うのよ。
「まず、服を着て」
私の口は私の意思通りには動かなかった。
いいえ、意思通りだったのかも。
契約解除したその時、アダムが私を好きだと言わないのは分かっているから、私は少しでも時間稼ぎがしたかったのかもしれない。
彼に抱きしめられると、私は眠ってしまいたくなるぐらいに安心感が得られる。
彼がエンキアメル神族だから、彼の抱擁が大地に包まれているように私には感じるのだろうか。
「え?」
「どうした海宇?」
「な、何でもない。いえ、何でもある。ヤバイ、私も影響ありまくりだった」
「影響?海宇?」
「いいから。ちょっと離れて。服を着て」
「君は俺の体が好きなんじゃ無いかな?」
「真面目な話の相談相手が裸ん坊なのは嫌だ」
「わかった」
私はアダムの腕から簡単に解放されたが、目の前の男性が、かっては百戦錬磨だったらしい、という事実を覚えておくべきだった。
アダムは私と彼の頬がくっつくぐらいまで顔を寄せると、私の耳がくすぐったくなる囁きをお見舞いしてきたのだ。
「君が着せてくれるかな?」
確かに、服を着たくともアダムは着られない境遇にあった。
アダムのTシャツがパッケージされたビニール袋は、この私が握っている。
忘却魔法にかかってもいないのに、私は赤ん坊がガラガラを手放さないようにして、アダムから受け取ったそのままずっと右手はビニール袋の端を放さなかったなんて。
アダムに抱き上げられて混乱した時に、持ったままのこれでアダムの頭を思いっ切り叩いてやれば良かった、のに。
いえ、今こそお見舞いしてやるか。
「海宇?」
「跪いて」
「はい。お姫様」
私を見上げる格好となったアダムだが、ファイヤーオパールのような瞳はきらきら煌かせているし、期待した表情だって私に向けている。
それに対して私は不貞腐れた顔となっていると思う。
だって完全にアダムのペースだ。
アダムの表情に私は一瞬で絆された。
叩いてやりたかった私、一体どこに消えたんだ。
アダムの表情が私を崇めるものだからって、物凄く嬉しくなってどうする。




