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太刀打ちできない悪い男

 アダムは自分の濡れた頭を拭くのに、着ていたTシャツをタオル代わりにした。

 私はアダムのその小学生男児のような無頓着さに好感を持ったが、今は彼がつまらない大人になったなあと、彼への悪感情が湧くばかりだ。


 アダムが懇意にしていると言った店が悪かったのではない。

 そこは、私こそ懇意にしたい店である。


 黒を基調としている服達は、シンプルでも不要なポケットやベルトなどの装飾を持ち、赤や金銀という差し色が必ず入るという暴力的で排他的だ。

 パンクやメタルが目指す世界観のような。


 宗近がいれば、バイカーギャング系、と言われそうだが。

 自分こそヤンキー漫画大好きなくせに。


 さて、そんな店は優しく常識的で優等生なアダムには似合わないはずだが、上半身裸でカーゴパンツな上に真っ赤な長めの髪、という今のアダムには似合い過ぎているどころかぴったりだ。

 だからなのか、彼が店に一歩踏み入れたそこで、彼は店の店員らしき美女二人からほとんど悲鳴の黄色い声を受けたのである。


「も~う。ご無沙汰だよぉ」


 違った、普通に知り合いだった。

 この遊び人め。


 アダムの顔見知りだったらしい双子みたいな美女二人は、私よりも背が高く、グラビアモデルみたいに出ている所は出ているというエッチな体つきをしている。

 そしてどちらも腰までの長い髪をしているが、二人の髪色が青と緑で違うように、青い方はストレートで緑の方は細い束になった巻髪だ。

 しかしそれ以外はそっくりな彼女達は男の好みも同じなのか、アダムをまるで恋人のようにして出迎えた上に、アダムにベタベタし始めた。


 しようとし始めた、かな。

 彼女達はどちらもアダムに触れる事が出来ていないのだ。

 アダムは早足で店の奥へと行ってしまった、から。


「もう、待って。寒かったらあっためてあげるわよう。うふふ。悪い子はどこで濡れネズミになっちゃったのかしら」


「もっと濡らしてあげてもよくってよ。いつもながら美味しそう」


「リリア、あなたこそ自分の涎で濡れて来たわよお」


「アイリス、あなたこそ濡れ濡れじゃないの?」


「だって、アダムよ。思い出して濡れ濡れよ」


 ほう、アダムはあの二人と濡れ濡れだったのか。


 私は階段でアダムに真実を告げるべきだった。

 彼は純朴でも何でも無かったのだ。

 さっさと互いを解放し合うべきだったのだ。


 けれど美女になど一瞥もせずにさらに店の奥へと向かうアダムを眺めるうちに、私の中でアダムへの評価が少しずつ上がって来た。


 アダムの歩く後ろ姿が、勝手に触ろうとする見ず知らずから上手に身を躱している、気立ての良いゴールデンレトリーバーのようにも見えるからである。


 と、いうことは、アダムを追いかけるあの美女達にアダムは何の気持ちも抱いてもいない上に、関係だって持ったことが無かった?


「もう!冷たくない?アダーム!」

「もう合コンたってお願いされても、女の子を集めないからね!!」


 関係ありありだってことか!!

 私の口から、ほ~う、と低い声が漏れたと同時にアダムが立ち止まったが、別に私の声に反応したわけでは無く、そこが目的地であったようだ。


「ジャッシュ。何でもいいから着るものをくれ」


 アダムの前には下部がガラス棚のレジカウンターがあり、そこには黒いTシャツから出ている場所全てに入れ墨が入っている、この店の商品そのものみたいな痩せた男が立っていた。


「簡単に言うなよ。うちはプレミアばっかなんだけど?」


「売れないプレミアだろ?商売っけはどうした?誰も買わない誰も知らないバンドTシャツでいいよ。売り上げになるんだ、適当なの早く寄こせよ」


 アダムは何て悪党だ。

 そして、なんて親のすねかじりさんだ。

 私は呆れてしまったが、女達はアダムの行動こそ好物だったようだ。

 彼女達はアダムに抱きついてやるという風に、アダムへと手を伸ばした。


「きゃあ!」

「痛い!」


 彼女達は小さな悲鳴を上げ、アダムを掴もうとした手を引っ込めた。

 あれは痛かっただろう。

 彼女達が触ろうとしたその時、アダムの体の表面に青白い炎が燃え立ったのだ。


「うちの店員をいじめないでよ。オーナー」


 なんと、アダムはオーナーだった?

 ジャッシュという名の店長らしき入れ墨男は、アダムの返事も待たずに、新品だと言いながらアダムにビニールパッケージ入りのTシャツを放った。

 アダムはそれを受け取ると、ようやく私へと振り向いた。


「海宇、おいで」


 アダムが店先から動かない私を呼んだではないか。

 犬を呼ぶみたいにして。

 私は腕を組んで顎を上げた。


「私は呼ばれて喜ぶ犬じゃない」


 そこでどうして男二人が大笑いするのだ?


「可愛い!どうしてどうして。どこで見つけてきたの?」


「言うか。奥を借りて良いな」


「この見下げ果てた不埒モノが」


 店主はアダムに何かを渡し、それを受け取ったアダムは、アダムは、え?

 一瞬で私の前に立った。


 満面笑みの上半身裸の男。

 彼は私に自分の荷物を差し出した。

 反射的に受け取ってしまう私。


「呼んでも来なかった君が悪いんだよ」


 私はアダムの台詞に何も返せなかった。

 それは、アダムに抱き上げられてしまったから。


 どうして抵抗しなかったのか?と。


 私の両腕はアダムのパッケージ入りの服を抱えていたから、彼に抱き上げられたこの状態に両腕を使って抵抗する事ができなかったのだ。

 もっと正直に言うと、混乱して体が硬直しちゃってるのよ!!


「そうそう。落ちないようにお俺にしがみ付いて」


 これは単なる脊髄反射の一つだ。

 落ちそうな人間は藁をも掴むのだ。

 だが、逃走本能こそ私は働かせるべきだった。

 アダムが私を連れこんだ先は、店の奥にある試着室、だった。


 アダムは器用に私から右腕だけ外すと、閉まっていたそこを鍵で開けた。

 パタンとドアは閉まり、アダムが内鍵をかけた音が私の耳に無情に響いた。


「さあ、君の望みの二人きりだ。君の秘密を教えてくれ」


「普通に無理だよ」


 こんな状況で言えるわけ無い、私達の関係を終わらせるためにキスしましょう、なんて!!

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