面倒なしがらみ?
ハーニバルは初対面の女の子達に注文通りのフードを持ってきてもらえたばかりか、トレイに彼が頼んではいなかった食べ物も乗っていると喜んだ。
「なんて優しいんだ。僕の後輩達は外国暮らしだった僕をほったらかしにするばかりなのに!!」
すごい。
女の子達は、ハーニバルに自ら連絡先を手渡し、いつでも役に立ちますなんて言ってから去って行くでは無いか。
でもその後にはびっくりだ。
当のハーニバルが、女の子達が消えてすぐに彼女達から貰ったメモを面倒くさそうに一瞥したあとに、ビリっとメモを破いたのである。
「酷くないですか?」
「僕は下僕を飼う気は無い。面倒でしょう?」
「え、ええ?」
私は隣に座る宗近を引っ張った。
すると私の疑問を理解している彼は、私が知りたいことを教えてくれた。
「あのメモ自体がハーニバルさんを取り込む呪いなの。さっさと処分しないと繋がりがどんどん深くなるんだな」
「じゃあ、見ず知らずに気軽に話しかけんなよ」
私はハーニバルに対して右手を差し出した。
ハーニバルは私の意図がわかったという風に、私に小銭を渡して来た。
「違う。あなたが破いたメモを下さいって奴です。それが呪ならば彼女達に呪い返しが起きちゃってるじゃ無いですか。クリアにします」
「必要ないよ」
ハーニバルは破いたばかりのメモをぐしゃッと握りしめ、それからその握った手を私に向かって差し出した。
私がハーニバルの手の下で手の平を開くと、彼は手を開き、私の手の平には真っ白のモンシロチョウが落ちた。
それは私の手の平で二度三度羽ばたき、すいっと宙に浮いて消えた。
「呪い返しも道ができる。僕はそんな柵は何一ついらない」
「それなのに声をかけるのですね」
「可哀想?理解したかな?では、君がする事は?」
私は腕を組んでハーニバルを見返すだけにした。
ここで彼の小間使いになってしまったら、今後の舳宇の学校生活に関わってしまうではないか。
「君は全く可愛く無い。教育が必要かな」
「上司は部下に作られるって、ご存じですか?」
私とハーニバルはしっかりと目線を合わせ、険悪だろう笑い声を上げ合った。
いや、途中でハーニバルが吹き出し、本当に楽しそうにくすくすと笑い始めてしまったでは無いか。
もともとすごい美青年である彼だ。
笑い出した彼は周りに花が咲いたような華やかさとなり、彼の姿に見惚れた客が次々とトレイを落す音で私達のテーブル周りは騒々しくなった。
「ああ、いいな。あの遊び人だったアダムが君に執着するのがわかった。柵を君と作るのも楽しそうだ。今日から僕の奴隷をしてみないかな」
「するか、馬鹿。奴隷が欲しいなら合コン行けよ」
「酷いな君は。合コンは恋人探しの場じゃないか」
「あなたこそ僕に酷い事を言っているってわかってますか?」
ハーニバルはにっこりと微笑むと、ずいっと私に向けて身を乗り出した。
そして、私にだけに聞こえるような囁き声で私に脅しをかけてきたのだ。
「僕の大事なトーゲンとアダムを騙している君こそ罰が必要では無いのかな?ねえ、海宇ちゃん?」
ハーニバルが私に突っかかるのは、彼の大事な先輩を私が騙していることによる義憤だったのか。
私はハーニバルに義侠心があった事に驚き、そして嬉しくなった。
冬弦とアダムが彼のお世話係なんて関係なんかよりもずっといい。
「先輩想いなんですね。ハーニバルさんは。僕が、いいえ、私が今日アダムに会いたかったのは、彼にこの状況について相談したいからです。だから、ええと、傷つける気など無いので、そこはごあんしん、安心、え?」
ハーニバルは苦虫を噛み潰したような顔に変えたじゃないか。
舌打ちをしたような気もする。
「ハーニバル、さん?」
「ここはね、何でも言うこと聞くから内緒にしてって懇願するところじゃない?」
「お前はいい加減にしろよ。一瞬でもお前に感動した私を返せ。って」
私は隣の宗近に引き寄せられた。
服や腕を引っ張るのではなく、珍しく私の頭の側面に手を当てて、だ。
珍しいと思いながらもいつものように彼を振り払おうとしたが、宗近がいつもと違ったのは理由があった。
ばしゃん!!
私がいた空間に湯気が立つ茶色の液体がぶちまけられたのだ。
紙コップが私がいない代わりとしてテーブルに落ちてひしゃげ、辺りはコーヒーの香りと染みが広がっていく。
私は宗近のお陰で直撃を免れた上に、熱いコーヒーのしっぱね一つ受ける事はなかった。
私を庇った宗近の腕が全てを引き受けてくれたのだ。
「宗近、あ、ありがとう」
「いいよ。君は家族だからね」
「冷やさないと!!」
「大丈夫」
宗近は私から腕を外し、私を庇った左腕を私に見せつけた。
白いシャツには染み一つない。
私はテーブルを見返した。
私と宗近のコーラとポテトが乗っているだけの、キレイなままのテーブルだ。
「修正の二分間。ありがとう」
「御礼はいいよ。このせいで君のナイトが単なる暴行魔になってしまったから」
「はへ?」
「きゃああああ」
後ろで起きた悲鳴に、私は慌てて振り返る。
Tシャツにカーキ色のカーゴパンツを履いた男性が、誰かを殴り倒したすぐ後という情景がそこにあった。
殴られて倒れているのは、舳宇にしつこく嫌がらせをしていた中学の時の同級生では無いか。
真赤な髪がまだ濡れたままのその人は、私の視線を感じたかのように私へと振り返った。
「大丈夫か?」
私は立ち上がるとアダムへと駆け寄った。
そして彼の腕を掴むと、彼に向かって声をあげていた。
「逃げるぞ」
「どうして!」
「いいから!」
私へのコーヒー襲撃がキャンセルされているならば、アダムが何もしていない人を殴ったってことになるじゃない。
あんないじめっ子にアダムが悪者にされたくない。
「って、わああ!」
アダムの抵抗どころか、彼こそ私を引っ張るようにして駆け出した。
いつの間にか私達は手を繋ぎ合っている。
そして、いつの間にか私達は声を上げて笑いながら走っていた。
目的地なんか何も考えずに。




